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205/227

◆205◆

 空自のスクランブル機が、尖閣付近の接続水域上空で見失った二機の中共の無人機の内一機が、宮古島にあるレーダーサイトに捉えられた。もう一機がどうなったのかは、この時点で不明である。


 宮古島には陸自の駐屯地及び分屯基地があり、高射砲特科連隊を含む第十五旅団の一部が駐屯している。ここに防衛省の進める南西諸島防衛の一環として、陸地から艦艇を攻撃する地対艦ミサイル(SSM)や中距離地対空ミサイル(中SAM)が配備されていた。


 陸自のミサイル配備は、台湾島により近い石垣島に建設中の駐屯地にも計画されている。こちらには、警備部隊、地対艦ミサイル部隊、地対空ミサイル部隊で、総勢六百人規模の駐屯が想定されていた。


 中共海軍にとってみれば、鹿児島南方の馬毛島から奄美大島、沖縄本島、宮古島、石垣島を経て台湾島に至る第一列島線の位置に、日本側の防堤が築かれることとなる。


 宮古島にはまた、航空自衛隊南西航空警戒管制団隷下の第五十三警戒隊と情報本部隷下の大刀洗通信所宮古島分室が置かれ、対空レーダー及び電子関連情報を収集する地上電波測定装置による電波哨戒が行われていた。


 つまり宮古島は現在のところ、日本の西南端に位置する国土防衛の最前線なのである。


 現代の航空機としては超低速と言える二百二十キロメートル毎時で、しかも低空からの接近であったため、無人機の接近が探知されたのはすでに領海上空に入ってからだ。実は宮古に短SAMである十一式短距離地対空誘導弾がまだ配備されておらず、基線から最大十二海里(約二十二・二キロメートル)という領海の範囲にまで入られた場合、まともな迎撃手段は無かったのである。


 もっとも百メートル以下という超低空で飛来する機体に、短距離対空ミサイルを発射して当てることができるかどうかは、非常に微妙なところであったから、配備されていたとしても結果は同じだったかも知れない。


 最終的にこの無人機を撃墜したのは、平良港(ひららこう)に寄港していた巡視船りゅうきゅうの、多銃身二十ミリ機銃JM61-RFSであった。有効射程が一千五百メートル未満とされる対空射撃での迎撃という事実に、いかに切迫した状況であったかがうかがえる。


 これに関して、そもそも相手が無人機とは言え、巡視船による航空機の撃墜など前代未聞であり、本来の任務外であることから、射撃命令を出した船長の責任が後で問題になった。しかし領海内への無人機を許した政府・防衛省へ世論の批判が高まり、炎上を避けたい政権は、結局この処分を有耶無耶にしている。


 その後、港内に墜落した無人機の残骸から、一定量以上のストロンチウム90検出されたという情報が漏れ、島内は大騒ぎになった。ストロンチウム90は、半減期が約二十八・八年と比較的短く、自然界にはほとんど存在しない放射性の核分裂物質である。


 一次崩壊後、半減期六十四時間の娘核種の崩壊を起こし、高エネルギーで透過性の高いβ線を放射する危険性の高い物質で、例えば高レベル放射性廃棄物やいわゆる死の灰中に、多量に含まれている。


 カルシウムと化学的特性が類似するため、摂取されると動物の体内では大部分が骨に取り込まれ、長期に渡って放射線を出し続ける。このため、人体に入り込むと内部被曝により、骨腫瘍を発症させることが、一九五四年の第五福竜丸の事例などで、よく知られていた。




「馬鹿げたことに、あの機体には放射性同位元素を利用した発電器が搭載されていたようです」


 電話口に出ているのは上田代議士で、俺は政府が掴んでいる情報を得るため、彼を呼び出したのだ。


「はあぁ?」


 それを聞いて、俺は次の言葉が出なかった。何で、低速の無人機にそんな物組み込むんだよ?


「確かに、リスクが高すぎます。一九六〇年代には長寿命だからと心臓ペースメーカーの電源に使われたこともありますが、コストや被爆の危険性を考えれば、全く割に合いません。設計上から見て、衛星に向けた指向性の高い電波を、長時間、特に夜間に、高出力で発するのが目的だったようですが……」


 何そのトンデモ発想は? どう考えてもおかしいだろう!


「いや、それにしたって、宇宙衛星でもあるまいし……そもそも、あの手の無人偵察機というのは、低予算での使い捨てが前提のはずだよね?」


「中華の発想は、理解できませんから」


 岡田代議士の説明では、放射性物質が検出されたのは撃墜された際、核種を使った発電装置(核電池?)が破損したせいだと言うのだ。


「それで済まされることじゃあないでしょう! 現に、離島基地に対する核汚染テロだという記事を、ジャーナリズムが書き立て始めてる。明日には、テレビのワイドショーが取り上げるだろう」


 確かに十四億の民を抱える中共は、雑多で多様な発想を産み出す人的豊かさを抱えており、リスクを冒して失敗しても、その被害を許容できるだけの規模(スケール)を持っている。だから民需の製品でも、海賊版やバッタもんの粗悪品上等でどんどん模造製品を作って臆面も無く流通させているが、不思議なことにその中から千に一つ、いや千三つの最適化が行われ、世界に受け入れられる成果が生まれているのだ。


 ある意味それが、あの国の強さに繋がっていることは、どうにも否定できない事実である。しかしだ……


「いや駄目でしょう。無人偵察機に核電池を使うなんて!」


「まさか、島民の不安を煽るため、中共側(あっち)が意図的に漏洩したということは?」


 思わず俺は、そうまくし立てた。「中華の発想は理解できない」で、放置するわけにはいかんだろう! 電話口の上田は、黙っている。あー息切れしてきた。


「大丈夫ですか、社長?」


「はー、はー、大丈夫なはず、ないでしょう」


「元々は、中南海の指示ではないと思います。いや、そもそも意図的に企んだことでもないようです。しかし彼らは、これを日本国民に揺さぶりを掛けるチャンスと見ているようです」


 これは外務省というより、防衛省側の見解だと言う。うーん、上田代議士のラインとは別に、俺も政治・行政関係の情報を整理統合するシステムを組まなければならないな。どん亀と相談することにしよう。


 今回の核電池の破損による放射能汚染は限定的なもので、すでに無害化というか、回収処理も終わっている。小型無人機に積まれた核電池部分の重量自体数キログラム程度で、外装の破損で密閉が破れただけなのだ。


 最初に調査に当たった自衛隊員が被爆し、空自の那覇基地にある自衛隊病院に搬送され、経過観察中とのことである。彼が破損していた核電池の正体に気付かなければ、汚染された人間が更に増えているところだった。


「撃墜命令が出ているのに内水への侵入を許した自衛隊には、与野党からの非難が集中しています。いやそもそも、港湾内ですからね。野党議員なんかいつもの不戦論を棚に上げて、自衛隊の弱腰を責め立てていますよ」


「ふーん。じゃあ国会の場で、今度領空侵犯が起こったら相手が有人機でも、容赦なく撃墜する。その時に、異論は出すなと釘を刺しておいてくれ」


「ははははっ、そう上手く言質が取れれば良いんですがね。それよりも離島基地の不安を抑えるため、北日本から八十七式自走高射機関砲を移送するという話まであるようですよ」


「えっ、あれ一両十五億円だろう? 調達は、二〇〇二年度契約の五十二両目で打ち止めのはずだ。全部の場所に配備できないなら、気休めかお守りにしかならないだろ」


「政治ですからね。仕方ありません」




 その六日後、久米島上空を飛行中のレールガン・シップが、宮古島の北北西十二海里まで接近した別の無人機を、無警告で撃墜する。日本政府はこれについて、一切コメントしなかったし、世界中のどの国もこれについて触れることはなかった。


 合衆国政府は、この無人機の“墜落事故”を事実として知っていたが、日本が沈黙を守っているため、公的なルートでの問い合わせを行うことはなかった。しかし水面下では複数のアプローチが始まっている。


 久米島から撃墜地点までは、百十海里(約二百四キロメートル)はあった。問題は、この距離の空対空での撃墜が、どんな予測技術に基づいているのか、どの国の研究機関にも解析できなかったということである。


 那覇空港からのスクランブル機は当日も飛んだが、無人機が撃墜されたのは、その二機のF-15が交戦空域に入る前だ。宮古島に最も近かった日本側の軍用機は、そのレールガン・シップだったのである。前回と違い、近くの海域に対空能力を持つ艦船がいるということも無かった。


 つまり本当に偶然、件の無人機が日本領空に入った途端故障して墜落したのでない限り、それを迎撃したのはそのレールガン・シップと思われる機体以外ではあり得ない。ただしこれは、あくまで状況証拠による判断でしかなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 核電池による海洋汚染とか放射能で島を汚染して日本人を退去させてその後、制圧するとかのプランを立ててそうですな。 それにしても、こんな安上がりなドローンで汚染地帯を増やされたら本気でヤバすぎで…
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