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204/227

◆204◆

 二子玉川のオフィス・ビルで寛いでいると、岡のおばちゃんから電話が入った。彼女はまだワシントンD.C.の大使館にいて、合衆国(むこう)の政府との交渉に当たっていたのである。


 その途中で、電話では話せない同盟上の安全保障案件を相手側からねじ込まれ、俺と相談するため急遽帰国して来たと言う。具体的な事は口にしないが、間違いなくレールガン・シップの件である。


 予想していたより、米国の動きが早い。どう考えても、防衛省か内閣府内に合衆国(あっち)サイドへの内通者がいて、「恐れ乍ら(おおそれながら)」と御忠進に及んだに違いない。


 いくら同盟国だとは言っても、所詮は他国である。にもかかわらず自国の国防に関する情報を漏らした。そいつは後々米国側が知った時、「何でお前は知らせなかった!」と責められるのが怖いのだろう。そういう人間は、今まで米国(ジャイアン)にすり寄ることで、散々甘い汁を吸ってきたのだろうから、弱味も握られているはずだ。


 容赦してやる必要があるか? 無いな、うん。


 「我が身可愛さに、祖国の防衛機密に当たる情報を安易に漏らす(やから)を、防衛省内(あるいは政府内)に、放置しておくことなどできない相談ですよね」と、まあ、そんなことを俺は、防衛省技官である田中と甲斐のコンビに電話して、吹き込む。


 ギアスの影響下にある連中を使って、戦犯捜しを始めろという示唆である。田中や甲斐と違って、ギアス・サークルのメンバーはどん亀と直接的に繋がっている訳ではない。だから二人を使って方向性を与えることはできるが、個々人がどう動いているかを常時追跡できないから、暴走する可能性はあった。この場合は、別に構わないけどね。


 上田代議士にも予め繋がりのある官僚を動かして、各省庁や政界筋の動きを探らせている。ただ今回は、彼のネットワークでは抑え切れないうちに、どこかから情報が漏れてしまった。間違えてはいけないのは、どん亀は、決して万能ではないということである。


「米中に知られることは想定内だが、こうも早いとは……」


 防衛省と空自のレールガン担当組織は、拙速を承知で人材を掻き集め、作り上げたものだ。現在は航空開発実験集団飛行開発実験団の下に置かれている『大型空中迎撃機試験隊』は、建前上航空幕僚監部の監察下にあるが、実際は防衛大臣の直属である。


 機体自体が試用試験中という中途半端な位置づけである関係上、人材は防衛省から派遣されているのに、間接的にしか総理大臣の指揮下にないという、微妙な位置づけにあった。これは当該部隊が建前上、対象機の採用を検討するため外部に派遣されているに過ぎず、“実戦運用など想定されていない”という、変な理屈からなのである。


 当面この『空中迎撃部隊(Japan Air Self-Defense Force Air Interceptor Unit)』は、管理部門である司令部が十一名(空将補の司令官を含む)、一機あたりの搭乗員(機長、正副操縦士、通信士二名、探査員二名、戦域管理員二名、迎撃手二名の計十一名)が四組で四十四名、地上整備・管理・補給部門に五十二名という、陸自だったら中隊規模にもならない員数である。


 航空支援集団隷下にはなく大臣直轄のこの部隊に配置された隊員は、全員以前からギアスによる精神拘束下にあった者から選抜されており、ここからの直接的な情報漏洩はまず考えられなかった。




「それがねぇ、たまたま海兵隊の尉官がホノルルに向かう便を利用するため、新千歳に居合わせたらしいのよ。本来は午後八時前に飛び立つ予定が、機材遅れで四時間以上待たされることになって、気晴らしにターミナルから出た。職業柄、西側にある基地の方を見に歩いて行ったら、どう見ても政府専用機には見えない変な大型機が離陸するのを目撃したというわけ」


 切っ掛けは本当に偶然らしい。まあ、いずれは知られるだろうとは思っていたが、初フライトで米軍関係者の目に留まるとは、運が悪い。


「人目を避けて深夜に離陸させたのが裏目に出ましたね。それにしても、暗い中で直ぐに違いに気付くなんて。所属は航空部隊ですか?」


「普天間の、第百五十二空中給油飛行隊のオフィサーらしいの。空自の滑走路から、大型機が飛んだから興味を惹いたのね。いつも見ているKC-130Jに比べて、翼幅で一倍半以上、全長は二・六倍もあるから、違いに気付いて当然よ。何だろうと不審に思って、直ぐに上司に報告したらしいわ」


 機体の灯火とシルエットだけで気付くかよ! さすがプロ、すがプロだな。えっ、さすプロ?


「青森の車力通信所には米軍のTPY-2レーダーもありますし、日米で共有されている記録を見れば、……疑問を持たれて、探りを入れられても不思議は無いですか……」


 そこからカウンターパートの防衛省に探りを入れ、数日で試験隊の存在を炙り出した。さすが海兵隊、同盟国相手でも容赦無しで追及する。平和ボケしている日本とは、違うな。


「あたしが何も知らされていなかったことは業腹だけど、……大臣も総幕も知ってた訳でしょ。よく隠してたものね。だけど人事も予算も動いているんだから、特定秘密と言っても、その気になって調べれば一発よ」


「need to knowの原則はどうなっているんですか?」


 よく右手のしていることを左手に知らせるなって言うじゃないか。軍事機密の保持とか、日本って、その辺本当にゆるゆるだよな。


「制服組はともかく、事務方は“知らずにはいられない”でしょう。官僚にとって“自分だけが知らない”というのは、恐怖以外の何ものでもないから」


「で、一端知った情報は、それを利用せずにはいられない……と」


「つまり、誰かに喋ってしまうわけだけど、悪意は無いのよ。ほとんどの人はね」


「ほとんど……ね」


 その辺、実態はどうなんだ? マスコミも“秘密を暴露する”のは好きだが、“守る”って意識は無さそうだ。政治家だって似たようなものだから、公務員は右へ(なら)へか……。


「そう。あくまで“良かれ”と考えて、情報を利用するの。官僚というものの“(さが)というか、(カルマ)みたいなものよ」


「“良かれ”って、誰にとってですか?」


「あー、それは国のため……と言うか、国民のために……」


 おばちゃん、そこ、口を濁すな! 大事なとこだろ。俺が顔をしかめたのも、スルーしたな。


「それに、それが“ためになる”って、誰が判断するのかということですよ。まあ、結局は自分のためじゃないですか? 今回も、悪意は無いとか、同盟国相手だからとか、言い逃れでしかない」


 そう俺が言ったら、途中でおばちゃんが心外そうに遮った。


「ちょっと! そこまで言う? ほとんどの官僚は、お国のために身を削って働いているのよ! あたしが東海岸から十八時間も掛けて飛んで来たのだって、あなたのせいじゃないの! だいたい、前もってこのことを知ってさえいれば、あの交渉だって……」


「だからですよ」


「えっ?」


「あの交渉の駒に、アレを使われては困ります。こう言えば岡さんに知らされなかった理由は、ご理解頂けると思います」


「そんな! 合衆国(むこう)が知らないままでいるはず無いじゃないの! だったら……」


 ここでちゃんと釘を刺しておかないとね。何か勘違いしているが、アレは米国との取引材料になんて、できる代物じゃない。


「レールガン・シップを、いえ六角(うち)のレールガン・システムを、他国に渡すつもりはありません」


「それは一私企業が決めることではないでしょう。あくまで国の防衛政策上の、安全保障に関わる問題よ」


「誤解のないように言っておきますが、アレの所有権は六角(うち)にあります」


「馬鹿なことを言っているのはあなたの方よ。だいたい、あんな強力で危険な兵器を、国以外に管理させる訳にはいかないわ」


「だったら、破棄してしまいましょう」


「えっ?」


「アレは六角(うち)の物です。危険だから持たせられないと言うなら、使用できないように、跡形もなく破壊してしまえば良い。それで問題は無いでしょう?」


「ちょ、ちょっと、待ちなさい! 何でそうなるの? できるわけないでしょ、そんなこと! えっ、できるの? それにしても、何でそんなに極端に走るのよ!」


 おばちゃんは焦った顔で、俺を怒鳴りつけた。これは、アレが試用期間中であり、防衛省にレンタルされているだけだということを知らなかったか、忘れていたかの、どちらかだな。あー、この様子だと、知らなかったっぽい。


「岡さんのおっしゃっていることは、そういうことです。一私企業としては、そうお応えしない訳にはいきません。どんな製品でも、自社の利益にならないなら、提供するつもりはありませんから」


 実のところ六角(うち)は俺次第でどうにでもなるが、一般企業ならなおさらだ。株主に対する経営責任とかも、あるだろうし。


「じゃあ、六角さんは日本の国益より企業の利益を優先するというの?」


 腰に手を当てて俺に凄んでみても、駄目なものは駄目。妥協などしない。


「どんな企業だってそうでしょう? この時代に滅私奉公など要求して、(うなず)く経営者がいたら、正気を疑われます」


 おばちゃんも、そこの所は言っても無駄だと理解したらしい。上の方にいるキャリア官僚なら、馬鹿であるはずがない。俺もそこまで甘ちゃんだとは、見くびられていなかったようだ。


「はー、あなたが求めている利益は、あたしが提案できるようなものではなさそうね。と言うことは、大臣も、総理も、それで納得しているという事かしら?」


「まあ、そう考えて貰って良いと思います。総理としては、六角(うち)に他国へ行かれても困る、と言っておられました」


「そう言って、脅したの?」


「いや、とんでもない。賢明なご判断を、お願いしただけです」


 おばちゃんは唇に指を当てて考え込んだ。おい、ここで色気で説得しようとなどするなよ。俺は別に、熟女好きなんかじゃないんだ。


「ホントに、あなたって何考えているのか、分からないわね。それで、この始末はどうつけるつもりなの? それから、F-35の件は、手伝って貰えるのかしら?」


「どうって、何もするつもりはありませんよ。レールガン・シップを日常的に空に上げて、二十四時間対応できるように定期パトロールさせるためには、あと三機から四機の機体が必要です。運行経費と人材の方は国で何とかして貰うにしろ、ベースとなる777の手当が必要になるので、その目途をつけないことには、米国(むこう)にもいけないですね」


「確か、アレの護衛(エスコート)のため、F-35が必要だとか、言ってなかった?」


「まあ当面は、F-15に頑張って貰いますよ」




 ところが次の日には、事態が更に悪化というか、進んでしまう。沖縄県尖閣列島の北側、東シナ海にある日本の防空識別圏(ADIZ)を通過した中共の無人偵察機が、緊急発進したF-15Jの退去勧告を無視(?)し、我が国の領空を侵犯したのである。


 無人機は二機で編隊を組んでいたのだが、拙いことに日本側は近くに寄って視認するまで、それを認識していなかった。中共が過去の無人機運用で、複数の無人機を同行して飛来させるなどという例が、無かったからである。


 そもそも偵察用無人機はレーダー反射や赤外線輻射が微弱で、低空を飛行することが多いため、地上レーダーや早期警戒管制機(AWACS)により発見することが容易ではない。また速度の遅い無人機に対しては、空自のジェット戦闘機による追尾・追跡が難しかった。


 今回、早期警戒機がこの二機を発見できたのも、彼らが編隊を組むという変則的な行動を取っていたため、レーダー波に対する反応がやや大きかったからである。


 F-15の巡航速度が九百二十キロメートル毎時なのに対し、今回飛来した中共の無人機BZK-005の巡航速度は二百二十キロメートル毎時と、四分の一以下であった。


 こんな低速度に同調しようとすれば、F-15は失速してしまう。しかもこれだけ速度差があれば、左右への蛇行横滑りやハイ・ヨー・ヨーで追従しようとしても、燃料消費が激しくなり限度があるのだ。


 このため二機の無人機を一度見つけたスクランブル迎撃機も、退去勧告を発信したものの、それに対する反応を確認する間もなく、見失ってしまった。実は無人機二機は、空自の追跡機が近くを通り過ぎた後、絶妙なタイミングで分離し、別方向へと変針し逃れたのである。


 このため元の位置に空自の迎撃機が戻った時には、二機の無人偵察機の姿は、影も形も無かった。ただ幸い(?)なことにスクランブル機のパイロットの片方が、侵入機が機体後部に推進プロペラを備え、低翼配置の後退翼と二本のテールブーム後端の間にある水平尾翼という、特徴的な機体を視認していた(これは後に、搭載カメラに記録された映像でも確認される)。


 この機からの報告を得た那覇基地の南西航空警戒管制団は、二機の侵入機が無人機であると判定し、国際民間航空条約(通称シカゴ条約)の安全保護対象外であることを宣言した。


 これはこの二機の最終位置と飛行方向・速度から、日本領空に侵入する可能性が極めて高いと考えられたからである。しかもBZK-005は百五十キログラムの可搬能力(ペイロード)を持ち、派生型として武装バージョンのTYW-1があるのだ。


 この後、この二機が日本の領空(領土及び領水の上空)で発見された場合、国民と国土への安全に極力配慮した上で撃墜せよという、防衛大臣命令が発された。


 「さすがプロ」は「さがプロ」なのか「すがプロ」なのか、どっちでしょう?


 (2021.11.12. 13:11追記)

 「さすがプロ」は「さすプロ」だというご指摘を受け、ちょっとだけ手直ししました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 大抵 さすプロ ですね
[気になる点] プロペラ機KC-130でなく最近の空自の空中給油機KC-46ではないのかな、それだと プロならボーイング777とKC-46 の767の差ぐらいなら全長の差で判るかもしれないですけど 素…
[一言] さすぷろ ですね。 毎日、職場からみてます 産機で材料購買やってますが、中国が停電で大変です。
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