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俺はどん亀のステルス短艇に搭乗し、太平洋上空にいた。高度は約一万九千メートル、七千メートル下を二機の777-300ER改が、五百メートルの間隔で横並びになって、飛行している。
明るめのグレーと濃いめのグレーで濃淡を付けた、いわゆるコンパスゴーストグレイは、かつて空自の制空戦闘機に採用されていた塗装だった。洋上迷彩や陸上迷彩でないのは、この二機が通常、高度一万メートル以上で運用される予定だからである。
二機の二千メートル程後方には、それよりやや高度をとった四機のF-35Aが、エスコートとして付き従っていた。
ベースとなった777型機の仕様では、最高四万三千百フィート、(メートル換算で一万二千九百三十メートル)での運航が可能とされている。少し古いが、未だ現役である米空軍の大型爆撃機B-52Hが実用上昇限度四万七千七百フィート(一万四千五百三十九メートル)であることを考えれば、スペック上それほど悪いとは言えない。
更に機体改装に伴って、構造体の強化以外だけでなく、推力機構や与圧・空調部についても刷新されており、間違いなく実用高度は上がっているはずだ。
この改造機は電波吸収体塗装により、電波的観測に対する若干のステルス性能を付与されているが、そのレベルはあまり高くなかった。だから基本的には、制空優位が確保されている空域での運用が原則なのである。今もF-35による護衛が付けられているのは、そんな理由からだった。
今回の飛行は、太平洋上の通常の航空路から離れた海域での、レールガン・シップとしての運用試験が目的だ。俺も、その更に上空の見えない位置から、この実験を査察するためここに来ている。
俺の乗るステルス短艇は、二機の実験機を俯瞰する位置に陣取っている。標的機が飛ぶのはここから百キロ以上彼方であり、撃墜の瞬間を肉眼で視認できるような距離ではない。だから俺がここにいるのは、現場に立ち会いたいという一時的な感情によるものでしかなかった。
標的機は空自のF-15Jから発射される、ASM-3用の推進部を利用した機体である。固体ロケットブースターで加速した後ラムジェット推進に切り替え、マッハ三以上の超音速に達する予定だった。ECCM機能を搭載せず、簡易な慣性誘導装置しか組み込んでいないにしろ、標的機としては非常に高価な代物である。
F-15Jには既に、日本の準天頂衛星-静止衛星と連携した戦域管理システムによってIDが付与され、継続的に追跡される対象となっていた。
「標的機ガ発射サレマシタ。新タナID“E(敵性目標)02”ヲ与エマシタ」
音声での報告だが、心話と同じようなぎこちなさを感じるのは、どん亀が話していると思うせいだろうか?
「E02ノ速度ハ、間モナクまっは三ヲ超エマス。危険度れっど。撃破対象ト認定」
改造機の片方が微妙に変針したと思うと、コックピットの両側少し上の部分から前方に突き出したレールガンの二本の砲身から、飛び出す断続的な閃光が見えた。あれは、超音速の目標に向けて放たれた極超音速の弾体と、高空の稀薄な大気とが衝突することで生じた光だ。
「E02撃破ヲ確認。発射サレタ弾体ノ速度ハ、推定まっは五以上」
一分後、百キロ先に到達した弾体の内のどれかが、超音速で飛翔する標的機に到達し、撃墜した。
「撃破ノ瞬間ヲ、確認シマスカ?」
「見せてくれ」
標的機の上空にも別のステルス短艇がいて、超音速で飛ぶその姿を記録している。俯瞰位置から見たものだろう、画面中央に短い棒線のような黒い染みにしか見えない物があった。それが標的機である。画面の左上から、数本の光る線が向い通過した。その光る線の内一本が衝突する。一瞬、画面中央に火花のような光点が飛び散り、小さな黒い棒線はあっけなく姿を消した。
「結果は?」
「評価解析ニヨル詳細ナもでりんぐ動画ヲ、表示シマスカ?」
「……いや、破壊できたなら、必要ない」
モデリング動画というのは、データを基に作ったアニメみたいなものだ。実写ではないなら、わざわざ見る必要もないと思った。
「標的の残骸は回収可能か?」
「投影断面積ガ百平方せんちめーとる以上ノ破片ハ、観測サレテイマセン」
高度一万メートルでそのサイズまで爆散した断片を拾い集めるのは、現実的とは言えなかった。
「破片ノ散布ぱたーんニツイテ解析シ、報告シマス。周辺海域デ破片ノ回収ヲ試ミマス」
「ああ、報告は後で良いから。海域の調査も二十四時間で切り上げろ」
「了解」
眼下では、もう一機の方の改造機が前に出て、海上目標への試射を始めようとしていた。今度発射される弾体は一発だけで、さっきより少し大型である。もっとも発射速度が大きすぎて、その時点での違いなど、俺には見分けられない。単発で、発射時の閃光がやや長かったかなあと、感じた程度である。
実際には、今回の弾頭は時速約七千二百四十キロメートルつまりマッハ六以上で、二百キロメートル程先の海に浮かぶ、三千トンクラスの廃船に向かって発射されていた。
「命中デス。船体ガ中央デ折レテ、沈ミマス」
どん亀の報告する途中経過は聞き流したが、弾着までには百秒ほどかかっている。
二百キロメートル離れた位置から、一発で当てて轟沈させた。船の長さは百メートル以上あったが、船腹の中央下部に当り、船底をへし折るように破壊している。標的船は外洋向け貨物船であり、かなり頑丈な構造のはずだ。
今回使用された弾体は、射出時にはケーシングされており、その時点での長さは一メートル強である。こいつは射程の後半でケースが分離すると、露出した弾体の側面にある細長いストレーク(Side Fins eXtension)を動かすことで、飛翔経路の微修正をすることができた。無論この誘導制御機構は、高Gに耐えられる設計となっている。
従来、百海里を超える超長射程砲撃では、命中公算が極めて低くしか期待できず、それが発射後も飛翔経路を修正できる誘導ミサイルへと、投射体兵器の開発が向かった理由だった。仮に超長距離まで砲弾を飛ばせる砲があったとしても、なかなか命中させられないのであれば、無駄に砲弾を浪費するばかりでなく、危険でさえある。
しかしミサイルには射程距離が長くなるほど、目標到達時には消費され失われているであろう推進剤の、全体に対する質量比が大きくなるという問題点があった。つまり当然のことだが、製造コスト全体に占める推進燃料費の割合も高くなり、費用対効果から考えると最善とは言い難いのである。
この問題の解決を目指して(?)開発された米陸軍の一五五ミリ口径誘導砲弾M982エクスカリバーは、最大五十七キロメートルの射程(通常弾より十七キロメートル延伸)となり、更にその場合の半数必中界は五から二十メートル(複数の資料による)となった。これは従来の一五五ミリ口径通常砲弾の半数必中界が、最大射程の四十キロメートルでは三百メートル以上とされるのに比べて、桁違いの進化と言える。
レールガンの射撃管制でも、単に発射時のみではなく飛翔経路の終端側での誘導が、着弾までの距離・時間が大きくなるほど、より必要となる。特に動的目標であれば、未来位置修正が必須と言えた。
一回目のミサイル迎撃では、発射弾数を複数(今回は合計二十四発)とすることで、無誘導弾でも撃墜に成功した。しかし高速で進路を変えながら飛来する目標を、実戦で確実に撃ち落とすには、誘導砲弾を連射する必要があるだろう。
それを可能とするためには、レールガン用の誘導弾体(運動エネルギー弾であり、高速徹甲弾に近いが、装薬を必要としない)の改良、特に小型化が求められる。
「うーん、実戦化にはまだ時間がかかる。多分、下にいる連中は、大成功だと喜んでいるだろうが……。だが“非核”兵器として、虚仮威しにはなるか……」
「デハ、情報ヲ、上海トしんがぽーるニ流シマス」
「待て、今回はシンガポール・ルートだけにしよう。多分、奴らは裏を取るために、王佳麗を通じて大城に、情報を求めて来るだろう」
「ふぇいく情報ヲ掴マセル、ツモリデスカ?」
「いや、事実しか教えない。ただ、内容を絞って、奴らを焦らしてやることにしよう」
奴らが望むだけの情報を得ることができない、一種の飢餓状態を創り出すのだ。上手く誘導できれば、彼らは焦って失策を犯すことになる。
「東京のオフィスに戻る。仮眠を取るから、着いたら起こしてくれ」
「れーるがん・しっぷノ運用試験ハ終ワッテイマセンガ、良イノデスカ?」
「彼らは彼らで問題点を洗い出すはずだ。ただ、それをまとめるには時間がかかるだろう。その途中で防衛省から米軍に、嫌でも情報が漏れる。俺はその対策を、今の内に練っておくさ」
そのためには一休みして英気を養っておく必要がある。一休み一休み……と。




