◆20◆
どうやら六百万も出せば、そこそこの『省エネ・スパコン』なるものが近頃では作れるらしい。ただまあ、スパコンというものは『特定の目的にはとっても有能』な一種の天才みたいな物で、汎用性とか、武人の蛮用というか雑用とか、とにかく、どん亀の目的には向かないそうだ。
家へ帰って一週間後に届いたパーツ類を、一旦全て裏の納屋に運び込んで貰った。ここは元々農業機械類を仕舞っておくための建屋になっていて、誠次叔父が家を建て直す時に一緒に新築したものだ。
ところが内部はほとんど使用した痕跡が無く、現在は俺の軽自動車と叔父の遺した国産のピックアップ・トラックが入っているだけだ。このトラックは十五年以上昔に生産中止されたモデルで、四輪駆動のせいもあり燃費がリッターで五キロを切る。この前雪が降った後に運転したが、最近はエンジンをかけることさえ無い。
前の方に鋼鉄製の排雪板を装着するマウントが付いていて、冬には活躍することになるけどね。積雪があると下の県道まで除雪しないとならないんだよ。まさか人力で何キロも雪かきするとか、思ってないよね。
それで、どん亀がそのパーツの箱を牽引ビームで地下の秘密基地まで運び込んだ。梱包を解いて、部品を組み立て、ラックを設置し、ユニットを構成し、OSやアプリをインストールして、稼働状態まで持っていったのは、俺、ではない。
どん亀の指示に従い複数のボットたちが、一日もかからずにやり遂げた。疲れを知らないってスゲエ!
家の真下に筒型ヴォールト(板かまぼこの形)の大空間がある。床面は縦三十七・八メートル、横十三・五メートルの長方形。床面積で言えば、その上の地面に建っている俺の家の二・二五倍だ。
アーチ状の天井にはいろいろな太さのパイプが這い回っている。壁際の一画に高さ三メートル、縦横六メートルの、パネルで囲われたボックスがあり、そこに上から直径三十センチほどのパイプが下りてきていた。これは冷房兼換気用のダクトで、配電用の導線は床下に埋設してある。
ドアを開けて中に入ると、奥に一辺六十センチのボックスがあった。その隣にフルタワー・サイズのメインフレームがあって、これはどん亀が作った独自OSで動いている。その更に隣に二十四ユニット用のサーバーラックが置かれているが、今入っているのは十二ユニットだけだ。
どん亀の説明によると、これらはネットに干渉するための窓口になるのだそうだ。十二基のユニットは鵜飼いの鵜のようなもので、メインフレームは鵜匠でありネット側のターミナルである。それに対して奥のボックスは、どん亀側のターミナルで、ゲートの役割を受け持つ。
これからネット経由で人類社会にいろいろ干渉するつもりのどん亀は、匿名性を保持するため踏み台となる第三者コンピューターの乗っ取りや、クラウド内に設置する亡霊ノードの作成、ゾンビコンピューターを生み出すためのマルウェア散布などを、これらのユニットに実行させるつもりだと言う。
「で、いったい何を企んでるんだ?」
「取リアエズ、コノ国ノ世論ヲ誘導シテ、金儲ケヲシマス」
「またFX?」
「イイエ、株価操作デス」
「?」
「正確ニハ、例エバSNSノ『いいね』ノ値ヲ操作シマス」
「金融商品取引法百五十八条『相場の変動を図る目的を持って、風説を流布し、偽計を用い、又は暴行若しくは脅迫をしてはならない』ってのを知ってるか?」
「条文ヲ言エルトハ、珍シク詳シイデスネ」
「俺が職場を辞めた切っ掛けがそれだよ。ちなみに罰則は『十年以下の懲役若しくは一千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する』だからな」
「オヤ、ますたーハ犯罪者デシタカ?」
「ちげーよ! 『株価操作で利益を得なくても法令違反は成立する』から罰則の対象になる、『明確に虚偽とは言えなくとも、合理的な根拠を示せなければ罰せられる』って、脅されたんだよ上司に。根拠なんて出せるわけ無いだろう、俺に!」
「自己都合ノ円満退職デハナカッタノデスネ」
「相手が女だと思って、甘く見た俺が悪いんだよ!」
「会社の内情を知って悩んでいる」と相談を持ち掛けてきたそいつに騙され、俺は『真実だと思った会社に不利な情報』を複数の相手に漏らしてしまった。馬鹿で軽薄な俺を操るなど、簡単なことだったのだ。自分では仕事に慣れたと思った頃、少し歳上の女性に頼られたと思い込んで舞い上がった俺は、逃げ場の無い立場に追い込まれてしまったのである。
それで被害を被ったのは、間接的に俺からの偽情報を耳にし、安値で持ち株を売り払った株主たちだった。自社株を買い支えると言う名目でそれを買い集めた経営幹部を、彼らは非難するわけにもいかなかったから、俺が最終的に怨嗟の的となる。
何しろ結果的に損をしたとは言え、会社内部からの情報に基づき、あわてて持ち株を手放した元株主たちも、インサイダー取引で摘発されかねないのだ。だからこそ彼らとしては、恨み骨髄というやつだった。
結局俺を騙した上司は出世し、俺は遠回しなクレームや嫌がらせのせいで、周囲にまで迷惑をかけることとなった。居場所の無くなった俺は、最後にあの女に恨み言を言ったが、歯牙にもかけられなかったわけである。
「マア、本艦ハ機械デスカラ、罰則ノ対象ニハナリマセン」
「どうせ俺の名義でやるんだろう」
「復讐シタクハ無イノデスカ?」
「もう、どうでもいいさ。あんな女」
「惚レテマシタネ」
「んな訳無いだろ。今さら恨んでも仕方ない。無駄なことはしない。それだけだ」
「デハ、ソレハ置イテオキマショウ。SNSヤ掲示板ノ操作ハ、タドルコトガ困難デ、立証責任ハ立件スル側ノ検察ニアリマス。タダシ売買ハ目ヲ付ケラレヌヨウ分散シテ、ヒッソリトオコナイマス」
「税金を払う段になれば、どっちにしても目立つんだろう」
「ますたーハ優秀ナとれーだートシテ知ラレルヨウニナリマス。馬鹿ニシタ奴ラヲ見返シテヤリマショウ」
見返してやる……か。俺の実力でもないのに、そんな気になれる訳がない。どん亀は俺を何だと思っているのだ?
いや多分、どん亀にとって俺も他の人間も、どれも同じに見えるのかもしれない。優秀だとか、そうじゃないとか、みんな誤差の範囲内で同じ括りに入れられても不思議ではない。俺が『特別』になる理由は毛ほども見当たらないのだから。