◆02◆
話が違うって?
俺は「宇宙船を拾った」って最初に書いた。
それから、逆に「宇宙船に拾われた」とも書いた。
でもこれらは、みんな同じことだ。
その日俺は独り、エンジン・チェーンソーで家の近くの手頃な広葉樹を切り倒していた。
本当はこれはよくない。独りでやるにはリスクが多い作業だった。万が一事故が起こったら、周囲には誰も助ける人間がいない。使っている中古のチェーンソーを売ってくれた業者の人からも、さんざん言われたことだ。だが残念ながら、俺にはたのめるような知り合いがいなかった。
俺が誠次さんに残された家は『土間コン』あるいは『ベタ基礎』と言って、縁の下が無い。床下が直接鉄筋コンクリートになっていて、本来は平屋の建物には過剰な基礎構造である。
その分耐震性などは高いが費用は嵩む。多分誠次さんのこだわりの一つなんだろうと思う。それで家の台所にあたる部分は、裏口の風除室を入ってコンクリートの打ちっ放しとなっている。外から土足で入れるそこには、家庭用としては大型の薪ストーブが据えられていた。
調理用として別にプロパンのガスコンロがあるのだが、この鋳鉄製のストーブでも料理はできる。俺が広葉樹を切り倒していたのは、このストーブで来年焚く薪を確保するためであった。
素人仕事だが、斜面の下側に向かって樹が倒れるようロープを掛け、太さ二十五センチほどの根元に斜めに切れ込みを入れる。こういう仕事に使えるチェーンソーは排気量四十CCが必要でかなりの重量があり、エンジンが駆かっていると振動も激しい。
若いとは言え、それほど力仕事をした経験があるわけでもない俺にはかなりの負担だ。玉のような汗が生え際から次々と流れ落ちて額を伝う。そこで手を止め、エンジンを切ってタオルで汗を拭った。
ふと見上げると、上空に不思議な物の姿が見えた。
夏の青い空、白い雲の手前に見えるそいつは、なんとも不格好で、大きさもはっきりしなかった。
だがやがて、そいつの下側を何かの鳥が横切ったため、かなり大きな物体だということが分かってきた。
「ゴンドラのぶら下がっていない気球?」というのが、最初の感想だった。
『飛行物体』というには、そいつは最初の位置から不動で、しかも音も無く空に浮かんでいた。
「気球にしても、風に流されたりしそうなものだ」
それが次に考えたことだ。そいつは斜面の上の方の上空に、身動きもしないで止まっていた。
それから何となく、俺はそいつの方からの視線を感じた。「観察されている」という気配だ。
無意識のうちに俺は地面に散らばっていた道具を拾い集め、最後にチェーンソーのガイドバーにカバーを掛けた。ソーチェーンの刃をむき出しで持ち歩くのは危ないからだ。
それから荷物を持って斜面を登っていく。頂上まで達すると、上空にまだ止まっているそいつは、初めに考えたよりずっと高所にあり、かなり巨大な代物だということが分かった。
「あいつは、ひょっとすると男鹿で見た石油備蓄タンクよりデカいんじゃないか?」
俺がそのタンクを見たのは秋田県男鹿市にある国家石油備蓄基地で、地上式の最大の物は十二万キロリットルの容量があり、内径が八十メートル以上、高さは二十五メートルほどである。
あそこには三十万キロリットル入るもっと大きなタンクもあったはずだが、それは地下式なので、近くまで行っても大きさがよく分からなかった。
それで今現在俺の頭上に浮かんでいるのは、あの十二万キロリットル入りの地上式のタンクを二つ重ねたぐらいの大きさがあるように見えた。
形としては上と下の面が丸みを帯びているので、同じ大きさの電気炊飯器の内釜を二つ、開口部同士をくっつけ合わせたようなものをイメージしてくれるとよい。それで全体の色は鈍い銀色というか灰色で、あまり綺麗ではない。
それが晴れた夏空を背景に、山頂の上空に居座っているのだ。
「えーと、あれはユーフォーというやつか? これは第何次接近遭遇なんだ?」
俺は多分パニックを起こして、思考停止状態に陥っていたのだろう。逃げ出しもせず空を見上げ、立ち尽くしていた。
汗が染みた紺のトレーナーと汚れたジーンズ、安全靴に黄色い作業用ヘルメット、首に巻いたタオルと軍手という格好で、宇宙船からトラクター光線を浴びた俺が、地面からそいつの中まで引っ張り上げられたのは、それから間もなくのことだった。