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◆19◆

 俺はどん亀に頼んで車ごと運んで貰い、遠出することにした。ただし大きな都市周辺などに直接行くことはできない。どん亀の『光学迷彩』というやつの性能が限定的で、人口密集地では着陸の際に目撃される可能性が高くなるからだ。


 どこへ行くことにしたかって。東京だよ、東京。この国で一番の人口密集地だ。


 どん亀は最近のウェブ・リサーチから、「人類ノ技術力デハ、本艦ニ損傷ヲ与エルコトハ不可能デス」という判断を下し、目視されても構わないと言いだした。だが俺は違う。


 どん亀には無害な人類も、人間としての生活を続けようと考えている俺にとっては、危険きわまりない存在になり得るのだ。


 考えても見て欲しい、もしあなたが謎の宇宙船(ユーフォー)からの怪光線に照らされて降りてくる軽自動車を目撃した場合、その正体について無関心で居られるかどうかを。あるいはあなたが目の当たりにしたその光景について、沈黙を守り通すことができるか否かを。


 俺にとって目撃者が零に近い方が望ましいということは、理解できるだろう。いや、その後当然起こるだろう様々なトラブルを避けるためにも、『近い』ではなく零でなくてはならないのだ。


 とは言うものの、俺は別に引き籠もっていたい訳ではない。金があれば買い物もしたいし、国内だけでなく海外も旅行したい。極端に臆病ではあるが、同時に欲塗れでもあるというのが俺という人間である。


 俺の住んでいる場所から新幹線の最寄り駅まで、車で三時間近くかかる。首都圏までは、そこから三時間。更にその間の待ち時間。やっぱり気が進まない。


 料金や宿泊費を考えると深夜便の高速バスという選択肢もあるが、大金を持った場合のセキュリティ面では考え物だ。それに高速バスのバスターミナルまでは、どのみち車で数時間かかるのだ。


 結局、どん亀に首都圏から車で三時間以内の山中に下ろして貰い、そこから最寄りのインターに向かうことになった。高速道路で三時間の範囲であれば、日本にはまだまだ車の通行が少ない道路が存在するのである。


 ちなみに交通量の少ない夜間、高速道路に直接降りることも検討したんだが、料金所を通過する際の問題を考え却下となった。




 東京に着いた俺は両国にあるシティ・ホテルにチェックインし、次の日から二日かけて都内十箇所の店舗を廻って金貨や金塊を換金した。受け取り総額二千五百万余り、前に仙台で買ったキャリーケースに収まった札束を確かめながら、正直俺はヘトヘトだった。


 一店舗二百万から三百万という換金額は、まあいろいろな意味で妥当なところだろう。それ以上になると、何かのチェックに引っかかる可能性が高くなる。だがいくら初めてではないと言っても、査定する店員との交渉はそれなりに緊張せざるを得ない。二日間で俺が体験したストレスは、半端ではなかった。


 だがヘタレの俺が綺麗なお姉ちゃんのいる店などに行って散財し、そいつを解消できる訳など無い。ルームサービスでちょっと豪華な食事を取り、高めのワインをボトルで注文するのが関の山だ。あれやこれや妄想はすれど、実行に移すことにはどうしても踏み切れなかった。



 三日目、俺は上京した二つ目の目的を果たすため、四百万円持って秋葉原へ向かった。


 スーツの胸ポケットに二箇所に分けて二百万、あとの二百万は黒い布製のウエストバッグに入れて腰に巻いている。大金を持ち歩くのは落ち着かないんだよ。


 ちなみに残りの二千百万円は衣類で包み、ホテルの部屋にキャリーケースで放置である。掃除のおばちゃんとか入って来る可能性はある。だが実はこのケースには、セキュリティ・システムが仕込んであるんだ。


 セキュリティと言えばもう一つある。外見はどこにでもありそうなスマホにしか見えない黒いそれを、どん亀は俺に持たせた。


 重さは百五十グラム程度、厚さだって一センチもない。有機ELのディスプレイに、裏側の角にはカメラレンズ。目立たないデザインのシリコンカバーが被せてあって、落としても大丈夫。どこから見ても某海外メーカー製のスマホである。


 だがこれは超小型の無人航空機(UAV)で、自分で判断して(インテリジェンス)動く()危険な兵器(ボット)だった。弱い(最大六百ニュートン程度で、動力源の関係で連続数時間)牽引・斥力ビームを利用して自分で空中を移動できる。抗衝撃性の高い構造で、人体のような軟目標であればそれ自体をぶつけることで打撃を与えることが可能。


 だが刀身長一メートル程のビームサーベルと強力な閃光・音響発生器を搭載し、主な攻撃手段はこちらであった。ついでのように原型となったスマホの通信機能なども移植済だ。


 キャリーケースの方は某有名メーカーの商品を魔改造してあり、こちらにも自己判断機能が付いている。どん亀謹製のスマホと同様に、必要があれば自分で動き回ることができた。


 こいつはスマホと同じ攻撃手段の他に、数種類のガス攻撃機能を備えている。微量で即効性の、催涙ガス・麻痺性ガス・致死性神経ガスなどだそうだ。いずれのガスも超微細機構体ナノマシーンとの複合分子気体なので、現在の人類には検出不可能とのことである。


 この二つのセキュリティ・ボットは、俺の家(と言うより、どん亀の秘密基地)と同じく自壊装置付きだから、心配するなと言われた。何に心配するかは別にして、お前は俺のかぁーちゃんか?



 秋葉と言ったら東北では八戸市周辺に群がっている神社として有名だが、東京では台東区にある秋葉原という地名の由来として認識されているそうだ。どん亀に言われてパソコン部品を中心とするお買い物にやって来た俺が、事前に受けた背景説明がこれだ。


 俺はサブカル方面には少ししか興味が無い。その上、電気機器関係にもさっぱりだ。だからこの地区の地理には詳しくなく、どん亀に与えられたスマホを耳に当て、指示に従って歩いていた。


 そしたらメイドの格好をしたおねーちゃんに呼び止められ、ティッシュを渡された。次に腕を掴まれて、近くの店に引っ張り込まれそうになった。どん亀が止めてくれなければ、いつの間にか欲しくない絵とかを買わされていたかも知れない。やっぱり俺には保護者が必要だ。


 その後どん亀に言われるままに中央通りから西に曲がった俺は、今度は業務用らしい胸当てエプロンに名札を付けた、眼鏡の兄ちゃんに捕まった。俺を経由して、スマホごしにどん亀と兄ちゃんの遣り取りがあり、今度はお許しが出て店内に入って相談することになった。


 どん亀は事情があり秋葉原まで直接出向けない俺の友人という設定で、俺を介した商談が始まる。そもそもが俺にパソコンだのワークステーションだのの違いは分からない。ウィンドウズはまだしもリナックスがどうとかになるとお手上げだ。その内面倒臭くなったらしい兄ちゃんにスマホを渡せと言われ、どん亀に許可されて手渡した俺は、益々何がどうなっているのか、分からなくなった。


 何となく理解できたのは、てっきり高い物を売りつけようとしていると俺が思っていたその兄ちゃんが、どん亀が買おうとしているパーツがオーバースペックだと怒っているらしいことだ。どうやら無駄な部分に余計な投資をさせるのは、店員としての矜持が許さないようだ。


「分かりました。要するに将来に向けての秘匿性や転送量からクラウドは駄目。外部委託のデーターセンターも駄目。そう言いたいんですね。だからユニックスでサーバー組むと……えっ、独自OS? ……そういうのアリですか?」

「つまり独自OSで動くメーンフレームが、ユニックスで動く複数のユニットを指揮管理する。そんな風にしたいんですね。信頼性と耐久性を向上させるために冗長構成にすると……えっと、電源のバックアップはどうなるんです? ……自家発電と蓄電池……なるほど」

「……いやあ、ブレード型だと供給側の問題でウチでは扱えないですね。十九インチラックのユニットタイプだと、場所は取るかもしれませんが、後から好きに拡張できますよ。どうせ試行錯誤で発展させていくつもりでしょうし。弄れる方が面白いじゃないですか……」

「ユニットが少ない内は冷却なんてリテールのクーラーと部屋に扇風機で十分ですって……地下室かあ、換気はどうなってます? ……将来的には……専用ルームに冷房ですね」

「冷却の問題さえ解決できればギガフロップス・レベルのスパコン作れますって! その位出資して貰えればね……あっはははは」


 知らんうちに見積もりが出され、宅配便で商品を送るという話がまとまっていた。俺が半金として三百万を支払い、威勢の良い兄ちゃんの声に送り出されたのは、もう日が沈む頃だった。


 えっ、俺、いつの間にか六百万の買い物したの!


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― 新着の感想 ―
[一言] 半金で300万っ
[気になる点] どこまでもふわふわしてて、何と言うか情けない主人公ですね。
[良い点] 侵略されているのか、従えているのか微妙な物語は初めてなので、とても新鮮に感じてとても良いです。 ちょっとマヌケっぽい主人公がいつの間にか皆を従えるのかな? [一言] 物語からはどうでも良…
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