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◆182◆

「折れたな」


「折れました」


轟沈(ごうちん)だ」


「まあ、そうです」


 丁度アッパーカットを食らったように、機雷の爆発に船首を弾き上げられた海警船は、その後海面に叩き付けられ、船体がVの字状に折れた。その上にのし掛かるように落下してきた海水の大質量に叩き伏せられ、ほとんど何もできないまま、海の底に呑み込まれてしまう。


 少し離れた位置にいた揚陸船の船体も、触雷とその後の沈没の余波に、大きく動揺していた。それが落ち着いて、曲がりなりにも救助活動を始めようとした頃には、付近の海面に沈没船の乗組員と思われる姿は見つからなかった。


「ロシア製新型機雷か、半端ない威力だ!」


「単に炸薬量が多いだけでなく、化合薬剤や燃焼順序の構成に何らかの新機軸が採用されているはずです」


「近年は主に対潜兵器として開発されてきた魚雷だが、こうなるとまた違った使い方ができそうじゃないか」


「それは多分、逆だと思います」


 気楽に口にした俺のアイデアに、双弓が制止を掛ける。


「ん、どういう意味だ?」


「あの魚雷を製造したのはキルギスの国営工場ですが、設計はキエフにある国立特殊設計局eGSKB-24でした。旧ソ連時代から開発が始まり、製造計画が動き出しています。ところが、ソ連崩壊とその後の独立国家共同体(CIS)やユーラシア諸連合などの再編騒ぎの混乱の結果、このとんでもない代物の在庫が積み重なってしまったのです」


「ありそうなことだが?」


 双弓が現代史の講義を始めた。ソ連崩壊とか、一九九一年以降のことじゃないか? ベルリンの壁が物理的に壊され始めたのが一九八九年十一月のはずだ。


「ロシアには、現在開発中の原子力推進核(ポセイドン)魚雷や、VA-111(シュクヴァル)スーパーキャビテーション魚雷などという(トンデモ)兵器もありますが、この魚雷の方はあくまでも通常魚雷の範疇に入ります」


「炸薬の爆発力が非常に大きい以外は、速度もセンサーや誘導装置も、他国の魚雷と同レベルということか?」


「そうです。天然資源と兵器の輸出だけでほとんどの外貨を稼いでいるロシアにとって、この在庫を死蔵してしまったり、売れない製品として廃棄してしまうのは、ゆゆしい問題でしょう」


 そう言えば人口一億四千万のロシアの経済規模は、日本の三分の一以下、世界十二位で、日本の隣の半島半分国家より下だ。


 天然ガスの輸出量は世界第一位、石油はサウジアラビアに次ぐ二位である。ただし原油価格が下降すると、たちまち財政が傾く。あのソ連崩壊も、一九八五年から一九八六年に掛けて起きた価格急落が、引き金を引いたと言われる。


 この他にも豊富な鉱物資源や林業などの輸出もロシアにとって重要であるが、何と言ってもこれらは一次産品だ。


 これらに対し、製造部門で世界からの信用が高いのが兵器産業である。銃器製造の長い伝統があり、科学大国でもあるロシアは、兵器製造に欠かせない技術全般のレベルも高い。冷戦期には、この国の主要な“科学・技術”資源は“世界最強の兵器”を開発することに向けられていた。


 現在ロシアは、米国に次ぐ世界第二の武器輸出国(生産では中共が第二位になったが、購入先は大部分が人民解放軍だ)であり、兵器産業は財政面でも、また政治の道具としても、重要な価値を持っている。


 ロシアにとって、この産業が効率的な経営を続けていくことは重要であり、だからこそ大統領権限で、国内の主要な航空機製造会社(スホーイ、ミグ、イリューシン、ツポレフ、等)を統合した国策企業“統一航空機製造(ПАО)”が作られたりするのだ。


 つまり、あの魚雷の在庫処分は、関係者にとって喫緊(きっきん)に解決処理しなければならない課題だった訳である。


「かと言って、大幅に値下げして投げ売りにすれば、赤字が(かさ)む。だいたい魚雷、それも短魚雷ではなく、高威力の長魚雷なんか必要とするのは潜水艦を運用している限られた国家だけ」


「はい、しかもこの魚雷の直径や長さに適合した発射管でなければ使用できません。顧客が限られている以上、足元を見られて更なる値引きか条件を求められるのがオチです。そこで彼らが考えたのは、この商品に“付加価値”をつけて売ることです」


「単純に考えれば、この長魚雷用の発射管を持つ潜水艦ごと売りつけるのがベストということになるが、それでは本末転倒だ。取引金額が跳ね上がり、商談をまとめるのが桁違いに難しくなるし、外交案件が絡むことにもなる。昔だったら安価な魚雷艇に搭載するという発想もあったろうが、現代では対水上艦攻撃にはミサイル艇の方が有利だからな」


 ミサイルに比べれば魚雷は“遅い”し“当り(にく)い”し“重くて扱いづらい”。近年、艦対艦ミサイル(SSM)の性能が進化すると、水雷襲撃などする国は無くなった。


「潜水艦も駄目、水上艦に対水上艦兵器として載せるのも駄目となれば、発想を転換してこのような使い方を提案する技術者がいても、不思議はありません」


「魚雷を缶体に入れて、探知システムとAI制御装置を組み込み、知性化された機雷に変身させるか。浮上機雷のパーツとして考えれば、オーバースペックと言っていい。発想の転換という訳だ。しかしそうなると……」


「この新型機雷なるものは、かなり即席ででっち上げた製品と言うことになります。多分十分な検証も行われていないはずです。中共としては、独自に開発するより、時間も開発費用も節約できると踏んだのでしょうが、このことを知ればロシアに対し強い姿勢で臨むに違いありません」


 海警船の犠牲により命拾いした形の揚陸艦は、しばらく救難者の捜索のためその場に留まっていたが、他にもオレンジ色の漂流物があるのを遠目に発見すると、慌てて撤退を始めた。二の舞を避けたいのは当然のことだろう。要救助者を一人も見つけていなくとも、お構いなしである。


「命あってのものだからな」


「他の海警船も、海域から離れるようです」


機雷の制御船(ゲートキーパー)は、沈んだあの船だけなのか?」


「予備の制御機器を搭載した船がいても、事前準備無しでの遭遇は避けたいでしょう」


「そうだな。次はどうする?」


「約半数の機雷に、検査信号への応答を停止させます」


「半数?」


「第一ロットの納品分です。製造番号が飛んでいますから、間違い無いでしょう」


「なるほど! 一部の不良品があったという設定だな。ロシア側はリコールの要求を、中共から突き付けられる……まあ、現実に回収するのは無理筋だが」


 深海対応の兵士ボットを使える俺たちと違って、深海調査船でも持ち込まなければ“現地調査”は不可能である。


 ロシアにはミール、中共には蛟竜とかいう潜水調査艇があるはずだし、遠隔操縦の無人探査機(ROV)もあるが、いずれも母船による直近での支援が不可欠だ。こんな危険水域に持ち込むのは無理だろう。


「彼らが何かするにしても、調整には時間が掛かります。その間の基地建設は不可能でしょう」


「できるだけ長く、揉めて欲しいもんだ」


 俺たちが考えた“ロシアの裏事情”を、大城のお友だち(ガールフレンド)に流してやろう。別に事実でなくとも構わない。こういう業界では嘘も混じった噂など、山ほどあるのが当たり前だ。要は中共側がロシアの企業に言い掛かりをつける材料になれば良いのだ。


 ロシア側にしてみれば、自国の兵器産業の信用に関わる事だから、放置することや簡単に譲歩することは、できないだろう。この遅延策は、上手くいくはずだ。




 影の艦隊(シャドウズ)無人機航空隊(ガイスツ)が実戦力として使えるようになるまで、時間を稼ぎたい。他にできることは無いだろうか?


 取りあえず空自には、田中と甲斐の仲介で試験導入される特殊塗装(ステルス短艇のそれの、地球材料のみによる劣化版)の提供を開始した。米国にも秘匿するという、申し合わせである。通常はレーダー反射を増加させる被覆部品を装着し、スイッチ一つで剥離させるという面倒な仕掛けが追加されている。


 さらに、我々(自衛隊と影の艦隊及び無人航空機隊)以外には傍受されない、統合管制システムの構築も急務だった。


 米国は同盟国なんじゃないのかって? 他国の軍隊に軍事的な秘密を持たない軍隊なんて、あるはずないだろう!


 中共のサイバー民兵(?)やロシアのハッカー集団、合衆国の政府系電脳機関、等々に対抗する組織(公安と連携し、当然その裏にはどん亀の手が入っている)も立ち上げなければならない。


 俺は忙しいのだ。


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[一言] ロシアは俺の真空管アンプの為に真空管を供給し続けてくれ(殴
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