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◆174◆

「“水増し”をするなら、もっと欲しいものがある」


「何ですか?」


「AIM-9Xと言ったら、何か分かるかね?」


「確かレイセオン製の第四世代空対空熱感知誘導ミサイルですね」


「そうだ。この系列の空対空ミサイルは、空自でも相当数調達されている。しかし消耗品だし、信頼性が低い古い物も含めての話だ」


「なるほど。そういう搭載兵器が、不足する可能性があるのですね」


「かが一隻だけの分なら何とかなるだろうが、それだって相手次第だ。何しろ中共は“飽和攻撃”を仕掛けて来る可能性が強いからな」


「だとすると、同じレイセオンのAIM-120Cアクティブ()レーダー()ホーミング()ミサイルもですね」


「ああ、だがそのAMRAAMはまだ百五十発ぐらいしか納品されていない」


「そんなの気にすることはありません。バレやしませんよ」


「できるのかね?」


「ついでに、ASM-3の改良型と、コングスベルグ製のJSMジョイント・ストライク・ミサイルも準備しましょう」


「いや、それはまだ、導入されておらんぞ!」


「構いやしませんよ。どうせ使うのは、正面にいるかがの搭載機じゃなくて、後ろに隠れている“影の艦隊(シャドウズ)”の攻撃機です。あと、精密誘導装置(JDM)を装着したGBU31とかGBU38とかも必要ですね。F-35にはGBU-53でしたか?」


「その他、意外に不足しそうなのがチャフ関係の消耗品や、搭載機器の部品だ。これらは運用する機数に見合うだけ準備する必要がある」


「そう言えば、F-15やF-2には、まだ二十ミリのバルカン砲を搭載しているんでしたね。その弾丸も必要ですか?」


「F-35にだって、二十五ミリの機関砲ポッドを取り付けられるんだぞ!」


「まさか、使いやしないでしょう! ガンポッドの機関砲で、艦船を攻撃するんですか?」


「とにかくそういう消耗品を正規ルートで都合することは、予算的にも難しい。自前の調達になることを、覚悟して置いてくれ」



 いくら六角グループが世界企業であり膨大な利益を上げていると言っても、国家規模の予算を必要とする戦費を賄うことは現実には困難である。だから出口海将が理性的であるなら、これらの補給品の出所に疑問を持たないはずがない。


 俺が提案した補給品や兵装の出所は、月面にある秘密基地の工廠に金星から調達された原材料と地球上で調達した部品を供給し、そこで製造させているコピー製品である。とは言っても性能はオリジナルと同等か、それ以上だ。ハードの面でもソフトの面でも、どん亀の製品解析力と製造加工の能力は、人類のそれより先に何百世代もかけ離れて進んでいるのだ。


 どん亀の持つこれらの生産力が無ければ、この艦隊の運営は成り立たない。当然一度戦端が開かれ結果が出てしまえば、計算が合わないこの日本の“戦争力”に気付く人間が、間違い無く出てくるはずである。


 一番可能性のあるのは、いわゆる“死の商人”と言われる欧米やロシアなどの武器製造業者たち、あるいはその流通を担う商社だろう。勿論その他、世界に存在する各種のシンクタンクなども日本の勝因を分析し、数の優位を覆したその不自然さの謎を解明しようとするはずだ。


 今はそんなことに(こだわ)っている余裕が無いが、ある程度中共の侵攻を食い止めた後には、表面だけでも日本が一方的に勝ったと見えないように配慮するつもりである。それは国内の馬鹿なお調子者たちを暴走させないためにも、必要になるだろう。


 つまり決定的な敗北感を持つのは、中共の政治的指導者と軍首脳だけで十分だ。そのレベル以下の官僚や軍人たちには、「五分五分であった。日本は意外と強かったので、押し切れなかった」程度の認識を与え、民衆には「実は勝ったのは中共(わがくに)であるが、勝ちすぎると世界の中共(わがくに)を見る目が厳しくなるから、ある程度で許してやった」と思わせることが適当だろう。


 上手く誘導すれば、あの国の指導者たちもこの流れに乗るはずだ。何と言っても、“自分たちが負けた”などということにでもなれば、政権の継続どころか国家秩序の維持さえ難しくなる。少なくとも現在の主席は、責任を取って辞任しなければならなくなり、命の保証もままならなくなるだろう。中共の主席の亡命先なんて、そうなればあるはずも無いからな。


 ただ、この考えをHWRI(六角世界研究所)のナラ・マダヴィタ研究員に話したら、「政治、特に中共のそれは予想外の力学で動く場合があるから、彼らが戦争の継続を選択するという想定で欧米の勢力との連携を図っておくべきだ」と注意された。


 彼によると、「中共の現指導者には、“中共が世界の一部である”という理解が無い。むしろ、“世界が中共(中華)の一部なのだ”との根拠の無い信念があり、彼自身が属すると思っている“歴史に冠たる民族”の威勢が世界の全てに及んでいないことを、“徳がまだ足りない”せいだと感じている」そうだ。


 俺に言わせれば、彼らが“中華民族の国”と称する日本の直ぐ西の大陸国家は、歴史的にいくつもの民族が流入し、未だ混ざりきっていない、かなり雑多な人間の集団である。現在は、優位な漢民族文化と都合良く改編した共産主義思想により、“自分たち”を中心に統一を図ろうと、周囲の他文化に対する過激な“同化政策”を強権的に進めている。その中心にいるのは、“数が多い”という以外は何の根拠もない自己肯定観に囚われた、自分優先の危険な衝動を持つ勢力なのだ。


 「現指導者は、天安門で中共の建国宣言を読み上げたかつての指導者と同じレベルまで、自分の権威を押し上げている。七十歳直前ですが後継者を育てる気配が無く、今後も政権を握り続けるつもりでしょう。彼は直近の党大会での政治報告で、“中共は未だに発展途上国だから、党に権力を集中して支配することで、国は安定し繁栄する”という趣旨の発言をしています。つまり彼の“路線”は、市場経済の西側モデルとは決定的に違う。まさに“東は東、西は西”ということになりましょう。いやむしろ、“東風が西風を圧倒する“という、かっての指導者の言葉を念頭に置いているのだと思います」


 厚い唇を少し歪めて、しかめっ面い表情で、画面の向こうから俺にそうレクチャーするマダヴィタ研究員は、中共の政治状況は結構危ないと言う。それは“統制を取ろうとすると益々おかしくなっていく”のが市場経済だからだ。「盤石のように見える現指導者のライバルは、党内にいる人間ではなく、市場経済そのもの」なのだそうである。


 ところで、この浅黒い肌に太い眉の男はタミル系スリランカ人ということになっているが、実はどん亀のペルソナの一つで、肉体を持たないバーチャル・キャラクターである。ただしかなり自由度を与えられた独立した存在で、どん亀によると「能力ハ高イデスガ、全面的ニ信用スルノハヤメテオイタ方ガ良イ」トリッキーな部分を持っているという。


 俺の政治分野の助言者的な役割を果たすため、どん亀が自分の資源(リソース)の中から抽出し、特別に製作したハードウェアの中に常駐させている人工知性だ。扱う情報量が(どん亀に比較して)圧倒的に少ない分、動きが軽く判断・応答が早い。前に防衛装備庁の田中と甲斐の指導を任せた、双弓憲資の同類だった。


 今後はインドや豪州との共同作戦も想定しなければならない。そのために集積した情報と、キャンペーン適性のある人格によって構成されている。必要があれば、出口たち軍事系スタッフにも、アドバイザーとして紹介するつもりだ。



「それでさっき希望した空対空ミサイルは、いつまでに準備できる?」


 出口が心配そうに尋ねた。そんなに差し迫っているなら、もう少し早めに言って欲しかったな。まあ司令官を任せることになったのも、つい最近のことである。無理は言うまい。


「そうですね、来月末から再来月の初めには第一ロットを提供できるはずです」


「その前は、空自の在庫に頼るしかないか。最初は出撃数を控えめに抑える。だがそうなると、中共の艦艇と対峙する洋上の艦船に負担がいく」


「最初は防空任務に徹して貰いましょう。空母を守ることを優先して、戦力を温存させるのです。どっちみち海警の船が沈んで、中共側は混乱するはず。次に漂流機雷を発見させて、向こうの艦艇が調べようとしたら爆発させる」


「そんなにタイミング良くやれるのか?」


「細工は流々仕上げを何とやらですよ。まあ大船に乗ったつもりでいて下さい」


 実際は、多くの要素に左右される綱渡りになるだろう。海中での任務は、こちらの無人潜水艇や深海用に改造した兵士ボットの能力から考えれば、概ね達成できるはずである。だがその結果、中共側がどう反応するかについて予測しきることは不可能だ。


 相手が動いてみないと分からない部分があるにも関わらず、その前に十分な準備ができるかと言うと、これは難しい。こちらの“即時に対応できる能力”が問われることになる。


 軍事予算の増大を求めて止まない中共軍部と、そこから甘い汁を吸い上げようとするロシアの軍需産業は、利益を求め、いつどんな方向に暴走するか分からないのだ。


 海自の正面戦力、その背後を支える見えない戦力である“影の艦隊”。ここまでで侵攻してくる中共軍を阻止できなければ、俺の隠しているボット軍団を出して、相手の策源地である中共そのものを叩くしかなくなる。


 つまり、どん亀の存在自体が露見しかねない事態に陥るわけで、今までの俺の方針を根本的に見直すことになるのだ。これって、実質的な敗北になるのじゃないのか?


 この“自分優先の危険な(迷惑な)衝動”のことを、別名ジャイアニズムと言います。ジャポニズムではないので、間違えないで下さい。

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