◆17◆
『翻訳発話用アプリのダウンロード』という分かりにくい話題の説明から、心的通話をネットの回線並みに活用するらしい『新発想』について、俺はどん亀を問いただした。その結果が前に書いた、俺に理解できた限りの要約だ。
箇条書きにした内容の内、①はまだ良い。『心的通話』や『転送』はどん亀(や、その背景にある宇宙人の文明)由来のものでは無く、人類由来の『何か』に依存しているらしいこと。どん亀の研究の結果、IDリングを適合させた俺もそれらを一部利用可能であること。この能力は、バックグラウンドで人間(今回は間違いなく俺)の中枢神経系を利用するので、そこに何らかの負荷をかけると思われること、等々の問題点は取りあえず置いておく。
次に②、これだって俺という端末(?)のOS書き換え疑惑に波及しそうだが、今のところ自覚が無いということで、先送りする。
③は『心的接続のネットワーク』自体、どん亀も概念研究のレベルだと言うので追求のしようが無い。
だが④の『アプリ』、オメエは駄目だ!
何故ならこいつは(俺は意図的にではないかと疑っているのだが)、『コノあぷりハ肉体改造ニ応用デキマス』と、どん亀が漏らした代物だ。さらに『無論、ソノ改造ハ精神面ヘノ波及効果ガ期待デキマス』と、付け加えやがった。
俺って改造されてるの?
いや、自覚は無い。自覚は無いよ。だけど……自覚できないかも……。
「なあ、どん亀……」
「何デショウカ?」
「俺には危害を加えないって約束したよな」
「ハイ、『危害』ハ加エマセン」
「加えてない?」
「加エテマセン」
「『心的通話』とか『転送』とか『翻訳機能』とかは?」
「手助ケハ危害ニ該当シマセン」
「ひょっとすると、もうやっちゃった?」
「接続シタ時点カラ、現在モ進行中デス」
「元に戻せる?」
「…………」
「戻せない?」
「大キナりすくガアリマスガ、強ク希望スルノデアレバ、ヤッテミマス」
「リスク?」
「可逆的ナ過程トシテ設計シテアリマセンカラ、ばっくあっぷガ残シテアリマセン。復元ハ完全ナ模索ニナリマス。挑戦シテミマスカ?」
「いや、ちょ、ちょっと待て! 俺ってIDリング持っているから、バックアップ取ってあるって言ってただろう!」
「ソレハ記憶ダケデス。記憶モ直前ノモノダケデス。過去ニ遡行スルモノハアリマセン」
「おぉう!」
俺は怖くて、どん亀が俺のどこを『改造』したのか聞けなかった。
『どこの』『何を』『どのように』に『改造』あるいは『強化』したのか……やっぱり、怖くて……今は聞けない。
いずれは聞かなければならない。でも、あいつが『手助ケ』と考える内容だって、予想できる範囲だとは言えないのだ。
可能性としては、触手のようなものを俺に付け加えることが俺の『利益』になると、どん亀が考えることだってありえる。しかも俺がそれを喜んで受け入れるよう、精神的な変更を加えることも考えられた。
俺はとりあえず「復元は保留で」とお願いした。それから「これから大きな変更を加える時は、事前に相談してね」とも、付け加えた。
九月分としてどん亀がくれた金貨は三十四枚、例の木の葉のデザインの一トロイオンス金貨、発行国の法定通貨としての額面は五十ドルである。
いや、何故に二倍? 先月は十七枚だったはずだ。
「ソノ内半分ノ十七枚ヲ売却シテ作ッタ資金ヲ、投資ニ充テマス」
「投資?」
「外国為替証拠金取引デス。税務署ニちぇっくサレルりすくヲ考エテ、当面ハ複数ノ国内業者ニ個人口座ヲ開設シ、ればれっじ二十五倍デ取引ヲ行イマス」
「FXって、怖いって聞いたけど!」
「業者ノ相場開設指定時間内ハ常時うぉっちシマス。デモ、ドノ業者モいんたーねっと取引しすてむガ厳密ニりあるたいむニ対応デキテイナイノデ、りすくハアリマス」
「やっぱりリスクあるんだ」
「証拠金ノ範囲内デ収マルヨウ逆指シ値ヲ入レマス」
「ストップ・ロス? 何それ? いや、分からんけど、投資とか必要あるの?」
「コレカラ先、資金ノ出所ガ不明デハ不都合ナコトガアルカモシレマセン。投資デ稼イデ税金ヲ支払ッテオケバ、ソノ面ヲくりあデキマス。取引ヤ税務ニツイテハ、全テいんたーねっと経由デ、コチラデ処理シテオキマス。ゴ心配ナク」
はー、どん亀が投資で稼いで、俺はお手当を貰う。いよいよ、真性のヒモ状態だな。前からだけど。それとも男妾さん? ペット? もう何でもいいや。どうせ俺はヘタレじゃ!
その後、マイナンバーと銀行口座を用意しておけと言われた。それはあるんだよ。就職した時、給与振込先の口座を作る際に、個人番号のカードが必要だった。こんなとこで役立つとは思わなかったが。
取りあえず金貨を売りに行くのは後回しにして、手持ちの五百万から三百万を口座に入れることにした。これで俺は建前上、投資家になったのである。全部どん亀に、おんぶにだっこだけど。