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◆160◆

 コーリー副大統領は共和党内でも保守の、いわゆる右派(ライツ)だ。中共の宗教政策に関して「共産党政権は牧師を拘束し、聖書の販売を妨げ、教会を破壊した」と厳しく批判するなど、以前から反中派として知られている。だから中共と関わりを持つウーラムに好意的でないのは理解できる。


 けれどシンガポールで三大メガチャーチと呼ばれ、他の二つの教会と競争関係にあるジョーゼ師のニュー・クリーチャー・チャーチが、かの地でウーラム財閥と関わりを持たないでいることは難しいだろう。ある意味でメガチャーチやその牧師というのは、地元の支持を得なければやっていけない人気商売なのだから。


 ウーラム・グループはGNペイント・ホールディングの四十二パーセントの株を持つ筆頭株主で、GNペイント総売上高の六割以上が中共を中心としたアジア事業だ。元々彼らは華僑系財閥であり、現代表のウー・リンミンも潮州系の華人なのだから、彼らの事業が中国共産党政権と水面下で繋がりを持つのも、またやむを得ないことである。


 だからコーリーがサミュエル師の指摘を取り上げ、ことさら問題視するのには、それなりの意図があると見るべきだろう。


 俺はさっきジョーゼ師の標的がステファニィだと考えた。しかしひょっとして、その標的は俺自身だということがあり得るのか?


 俺とウーラム・グループとの間には、いささか因縁がある。鈴佳が過去の記憶全てを失った誘拐事件の主犯は、現代表の息子であるウー・シェーレンだった。そして事件の際、俺はシェーレンをあの貨物船ごと海の藻屑として沈め、始末したのである。


 証拠は一切残していない。だが前後の状況からすれば、生き残った俺が息子の仇であると、間違いなくウー・リンミンは考えているだろう。


 ただウーラム・グループ側の不法行為が切っ掛けである以上、公には俺を告発することができない。いやそもそも、リンミンはそんな手ぬるいことを望んではいないと思う。


 七十代に入って引退を見据え、後継者として準備した二十歳年下の息子を失った父親の恨みというのは、生半可なものではないはずだ。あの民族が血統を重視することから考えれば、なおさらである。


 俺が日本国内で表立った動きを極力控え、企業体としての保安措置に万全を尽くす理由の一つは、彼らからの報復の可能性を慮るからである。


 そして合衆国の諜報機関もウー・シェーレンの失踪について、状況証拠から俺を有罪(ギルティ)であると判断しているはずだ。


 コーリーが俺に、「ジョーゼ師はウーラムと関わっている」と告げたのは、警告なのだろうか? 俺がウーラムとのトラブルに巻き込まれ、六角(うち)とトライデントとの取引に支障が出るのは、現在の合衆国にとって都合が良くない。それで注意を促しているのか?


 俺はジョーゼ師の腹を、探ってみることにした。


「ウーラムの総裁を務めているウー・リンミン氏は高齢と聞いていますが、お元気なのですか?」


「二年ほど前、ご子息が行方不明になって、めっきり力を落とされました。私たちの教会が、少しでもお心の支えとなればと、いつも思っております。ところで、えー、あなたは?」


 ジョーゼ師は俺の問いに答えてから、俺が誰かと聞いた。本当に俺を知らないなら、彼に対する俺の用心は、疑心暗鬼に過ぎないということになる。


「日本の六角産業という会社で、CEOを務める岡田英次です」


「六角産業ですか?」


 浅黒い顔にクリッとした眼が、興味深そうに動く。なるほど、この愛嬌は人誑(ひとたら)しだ。ご婦人方に人気がありそうだし、モテるのを(そね)まれなければ男にも受けるだろう。


「素材産業には興味が無いか? だが製造業向けの取引高では、世界的にも群を抜いた成長株だぞ」


「それはたいしたものです」


 コーリーの言葉に感心した様子で笑い顔を見せるジョーゼ師の心中が読めない。こいつは牧師というより役者なのか? 説教師というのは、幾分か演技者でなくては、勤まらないのかもしれない。


 今になって彼がドーランを塗り、メイク・アップを施しているのに気付いた。若そうに見えたのは、このためだ。近くで見るとステージ上で強い照明を浴びたせいか、汗でメイクの一部が崩れている。



「大統領に聞いたが、君は一万五千トンもあるメガヨットを、二隻も持っているそうじゃあないか」


「いや、あれはうちの製品を運ぶ貨物船ですよ、副大統領」


「大統領は、上甲板に豪華なペントハウスが載っていると言っていたぞ。それに貨物船を自社で所有する必要は無いだろう?」


「メートル単位の超長尺カーボン・ナノ・チューブを長距離運ぶには、高度な専門技術が求められます。太さと長さの比は十の九乗、つまり十億分の一です。太さ一センチで長さ一万キロメートルのロープを、互いにも自分にも絡まないようにして運ぶのと同じなんですよ」


 本当は太さがナノメートル単位であることから、難易度のレベルはさらに上である。ピンセットで掴めるような太さじゃあないからね。


 この場合、分散液を満たした長さ数メートルの細い管に向きを揃えて収め、振動や傾きを与えないように運搬しなければならない。素材自体に対し、容器のチューブと分散液、さらにその管を一定方向に保つ支持機材等の重さや容積が、何百倍にもなってしまう。


 他にも、容器と満たしてある分散液の中で、CNT同士を絡ませないため特殊な磁場と振動を与える機器等も必要だ。いろんなノウハウがあるから、この長距離搬送を外注するという訳には、いかないのである。


 その辺を製造の関係者以外に理解して貰うのは、難しいかもね。


「ほー、メガヨットを二隻も……」


 どうやらジョーゼ師も、俺が“お金持ち”であるという認識に達したらしく、見る眼が急に変わってきた。


「彼らはダビッド・レオナルド師に会いに来たそうだ」


 サミュエル師がまた爆弾を投げ込む。ここのオーナーのサミュエル師は別格として、ジョーゼ師には商売敵だ。シンガポールでは彼も、自分の教会を持っているかもしれないが、今は出稼ぎに来ている訳だからな。


「ダビッドですか?」


 案の定、ジョーゼ師の鼻孔がやや広がる。反発があるらしい。それとも競争心か?


「ええ、彼の説教の様子をネットで視て、礼拝に参加したいと思ったの」とステファニィ。


「しかし、彼の客層はヒスパニックの連中で、ここの会衆とは違う。正直あまりお薦めできないですよ」


 ジョーゼ師はまだ居残って三々五々会話を交わしている人々の方を片手で示して、そう言った。


 今日の礼拝参加者は郊外に住む中層階級以上の若い世代が中心だ。子ども連れも多く、どちらかというと穏やかで品が良い。リベラルでもある程度保守的で、普段騒ぎなど起こしそうもない雰囲気の人たちである。あるいは共和党で二十一世紀の茶会運動ティパーティ・ムーブメントの参加者だとしても、穏健派で銃など持ち出さないタイプだろう。


「確か彼は、今夜八時からの礼拝を計画しているはずです」


 ジョーゼ師がそう言うと、サミュエル師が驚いた顔になった。


「聞いてないぞ! 今夜はここにあるどの施設の使用許可も、彼には出してないはずだ」


「そうでしょうね。彼はこの教会の外で、礼拝を行うつもりですから」


「何だと! どこだ?」


 あ、サミュエルの奴、怒ってるね。裏切って、他の教会へ行ったのか、断りも無く……という訳だ。


「この近くの、ドライブイン・シアターだそうですよ」


「はーっ??」



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― 新着の感想 ―
[一言] ジョーゼ師はなんか行動がブレてると言うか行き当たりばったり?という感じになってるね。 多分ステファニィと副大統領を見て話術の作戦立てる前に突っ込んで泥縄になったのかな? >>ご意見お聞かせ…
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