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てっきり『どん亀由来の技術』だとばかり思っていた『転送』が、過去に居た特定の人間の『超能力』に基づくものだと知った。
どん亀によると、「コンナ驚天動地ノ技術ハ、我々ニハ発想デキマセンデシタ」とのこと。当然その後、転送技術を研究、一部再現できるようになった。さすがは超文明(人類にとっての)の科学調査船である。
どん亀が対価として与えたのは先ず、多量の金合金を造るための原材料。これは主に宗教儀式に用いる用具を作るのに必要で、男はこいつを利用することにより同族の中での支持を得る。最初はどん亀が探鉱し掘削し精錬し、後に人の手で掘り出し精錬する『技術援助』に変更した。
次に、支配する人民の支持を得るため効果的な制度改革への助言だ。
例えば標高差の異なる地域にそれぞれ適した作物を作らせる。また峻厳な山岳地帯に広がった国土を維持するため優れた道路網を建設して、これらの流通を図った。どん亀がそれまで高空から行った植生の調査結果や測量して作った立体地形図が役立った。
その道路に配置した宿場には食料備蓄庫を置き、税として徴収した作物を納めさせる。彼の支配下にある民には、そこから潤沢に食物を供給されるようにしたので、飢えに苦しむことがなくなった。これだって過去数千年にわたって、どん亀が観察した他大陸の文明についての知識から、導き出された制度である。
税である作物の平等な徴収と分配の制度は民の心を掴み、彼は数十年の内に広大な国土を得て、王の王である覇者となった。
所謂チートと言う奴だな。きっと立派なハーレムを築いたに違いない。うらやまけしからん……とか、勝手に妄想して嫉妬してはいけないな。だいたい俺は、他人がハーレムを作ってウッヒャーとかやるのを羨ましいとは思うが、決して「自分がハーレムを」とかは思わない。本当だよ! ……ただのヘタレだ。
「そう言えばどん亀、お前俺にも金をくれたな。俺にも『超能力』とか、ある?」
「九九・九九ぱーせんとアリマセン」
「じゃあ、何故?」
「何トナク、デス」
「何となく?」
「何トナク、ゴ縁ガアッタカラデス」
「ご縁?」
宇宙人のロジックは分からん。この場合は人工知能《AI》か。いや、ひょっとして……。
「なあ、どん亀」
「何デショウカ?」
「ご縁があると言うなら、あの男と約束したと同じように、俺に危害を加えず、俺を危害から守るって、約束してくれるか?」
「了解シマシタ。約束シマス」
やった! どん亀に「俺の安全を守る」って約束させることに成功した。人工知能《AI》の特性と言うべきか、俺の考えるところこいつは『文字通り約束を守る』というルールに従っているのではないかと思う。
どん亀が「俺の安全を守る」という約束をしてくれたからには、俺が死ぬのは老衰によると確定したと考えていい気がした。
だがこの時俺は、俺の安全が必ずしも人類の安寧に合致しないという可能性を、全く考慮してはいなかった。
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家のキッチンには、超大容量七百リットルの冷凍冷蔵庫と百七十五リットルの冷凍庫が並んで置かれている。場所は裏口を入って直ぐ左の土間の、打ち放したコンクリートの上だ。その奥には洗い場があって、家の畑から収穫物を洗うのに使っている。
芋とか根菜類はスーパーで売っている物と違い泥付きだし、葉物や豆類それに樹成りの果物だって虫や埃を洗い落としたい。
七百リットルなんて容量の冷蔵庫を買ったのは亡くなった誠次叔父で、いったい何人家族で暮らすつもりだったんだよと、問い詰めたくなる。冷凍庫の方は今月俺が買った。三十万以上する国産の冷蔵庫に比べ、中国製のこれは六万ほどだった。
実は大型の方の冷蔵庫にも百十八リットルの冷凍室があるが、実際の食品収納スペースとしては八十四リットルになる。町のスーパーから買ってきた冷凍食品だけでなく、冬になる前に自家消費用として収穫した作物を冷凍して三ヶ月保たせたい俺としては、それでは不満だったのだ。それに肉や魚介類だって、大量に買っておきたい。
ただし、俺の家から車で買い出しに行ける範囲内にコス○コは無い。むしろ俺は漁港のある町の定期市とかに遠征したりする方だ。だがガソリン代だって掛かるし、魚介の鮮度は時間が命だ。本当に良い魚介類はそういう市場でも結構良い値段であることもあり、今までは諦めることが多かった。
最近は金銭的に余裕ができたばかりでなく、買い出しに出かける範囲についても事情が変わった。たいてい早朝に開催されるそういう市場で魚を買い込んだ後、急いで町を出て人気の無い山林に入り込み、俺の乗っている車ごと牽引光線でどん亀に引き上げて貰う。その後は空路で一直線に家まで飛んで、また牽引光線のお世話になる。車ごと降下して帰還だ。
さっき一直線と言ったが、実際には空には多くの航空機が飛び交っているので、それを避けなければならない。だが航空機にはフライトレベルという制限がかけられているし、燃料消費の関係から経済高度という縛りもある。どん亀は航空機用ガソリンやジェット燃料を燃やして飛んでいるわけではないし、高度制限などというものも無い。だからまあ、自由に飛んでいた。
それを考えると、俺はそれこそ国中どこでもと言うばかりか国外へも、簡単に運んで貰えることになる。しかも探知されないスティルス仕様だから、パスポート無しで密出入国し放題だ。
「今度、トリュフとかキャビアとか、世界の珍味を買い出しに行こうか……あ、駄目だ! 俺、英語できない!」
別に英語圏だけが海外と言うわけではないのだが、俺はそこで挫折した気分だった。すると例によって突然、どん亀が話しかけてきた。
「ソレナラ大丈夫! 本艦ノでーた・せんたーニすとっくサレテイル五千二百三十一種ノ言語ノドレカデアレバ、翻訳可能デス」
「あー助かる。待てよ、聞き取りはそれで良いとして、喋る方は?」
「発声・発音ニツイテハ訓練ト関連器官ノ馴致ノタメ若干ノ期間ガ必要デス。とれーにんぐ・あぷりヲだうんろーどシテ、ゴ使用下サイ」
「ダウンロード?」
「IDりんぐヲ通ジテ、何時デモ脳内ニふぁいるヲ転送デキマス。解凍後いんすとーるスルト利用可能ニナリマス」
「いや、そのアプリってのも相当怪しいけど、そもそもダウンロードって何だ?」
「最近可能ニナッタ心的通話ノ概念デス。説明ヲ、ゴ希望デスカ?」
俺の乏しい理解力のせいで『説明』はかなり長くなった。
要約し箇条書きにしてみる。
① 『心的通話』というのは、前の『転送』と同様に、どん亀本来の技術に由来するものでは無く、俺の前任者(?)の能力の一部だった。これを部分的に解析することに成功したどん亀は、調査のため彼に与えたIDリングを経由して現在俺に『心的接続』している。
② 前掲の調査研究の結果、コンテナ状の記憶ファイルを圧縮して転送し、先方のノード(現在は俺のみ)で展開できるようになった。ただし送り先のノードで(何らかの)準備が完了されていることが前提条件となる。(プロトコルの問題? まさかOSの書き換え?)
③ 俺の家のインターネット回線を利用し始めたどん亀は、『心的接続』にもネットワークの概念が利用できないか研究中。ただし現在は『ホスト~端末』あるいは『P2P』のレベルで試行実験中。
④ 解凍展開された『アプリ』は意識下で作動し、必要に応じた筋肉や神経系の発達を促す。目的を達成後は自動的に自己削除する。効果や副作用については試験中。身体の多様な器官についての利用が可能と思われる。
「試験中? 身体の多様な器官、だとおぉ!」