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◆153◆

 「嘘から出た(まこと)」という言葉があるが、ひょっとすると俺は本当に戦争をすることになるかも知れない。いや実際に戦うのは俺じゃあないけど、それに真面目に戦争する気も無いけど、まあ行き掛かりだ。


 俺だって戦争なんかしたくはない。どう考えても、後始末が面倒臭いだろう! 本気になれば負けることは無いけど、勝てるかと言われればね……。


 あれ、いや、うーん。白状するけど、俺はビビり捲っていた。戦争怖い! 戦いたくない!


 だいたいこの場合の勝利条件て何よ?


 戦争が国同士の戦いだと考えるなら、日本が有利な条件で終わらせれば良いのか?


 二〇二〇年に世界銀行が出した統計では、為替レートに基づく中共のGDPは二兆九千六百億ドルだ。同年の米国GDPは五兆二千六百億ドルで、まだまだ大差があるように見える。


 でもPPP(購買力平価)によるGDPで比較すると、中共十九兆六千億ドルに対し米国十九兆五千億ドルと逆転する。つまり市場としての活力という面では、すでに米国を追い越しているのだ。


 中共が十四億三千万、米国三億三千万という人口の違いから一人当りのGDPを考えたら、「中共は世界最大の発展途上国」と言うのもまた真実である。確かに個人の消費支出は、世界水準に比べまだ低い。しかし国内総生産の総額でも、十年以内に米国を追い越すという英国シンクタンクの予測がある。つまり今は、勢いがあるのだ。


 確定している二〇一九年の軍事費では、第一位米国の七千三百二十億ドルに対し、第二位の中共は二千六百十億ドルだが、それでも第三位インドの七百十一億ドルの三・五倍である。


 国として普通に考えれば、日本単独ではあの国に戦争で勝つことはもう不可能だ。いや核を持たない中共以外のアジア諸国が結束しても、全く無理だと言える。経済規模と軍事予算の総額が大幅に違う。


 え? インド? あそこは、まーね……色々と抱え過ぎてるだろ? 中共以上に。


 そういう中共が世界の覇権を目指して軍拡を続けているのだから、この地域で圧倒的な軍事力を持つのは当然なのだ。


 それでも俺が使えるどん亀のパワーを正面からぶつければ、中共の意図を阻止するのは簡単である。


 下手にどん亀に全力を出されると、人類ほとんど全滅(オーバーキル)とかになる怖れがあるから、取り回しの効く戦力だって準備してある。これは前にも、少し説明したはずだ。


 現在、日本海溝陸側スロープに設置した海底ドーム型工廠で、疑似AIを組み込んだ数種類の大きさの無人潜水艇、自律型魚雷・機雷、スーパーキャビテーション式水中ミサイル等を生産している。


 このドーム型工廠の外殻は、最初に作った八千メートル級の水圧にも耐えられる一体形成の耐圧殻とは違って、ナノカーボンチューブと金属の複層素材で形成した曲面充填タイルだ。つまり曲面のジグソーパズルで作った卵の殻のような物である。


 潜水艇みたいな、やや大型の物を建造するために作った構造物で、深度千五百メートル付近に設置した。前より浅い深度にしたのは、どうも人類の水中探査能力は見かけ倒しらしいと気付いたからだ。


 更に日本国内の企業に製造させているモジュールをかなりの割合で利用することにより、当初に比べ海底工場の生産能力は大幅に向上している。ただモジュールの搬入や一部製品の搬出時に、発見されるリスクは増えていた。


 簡易核融合炉を搭載し長期任務に投入できるステルス無人潜水艇は、既に百隻以上が建造され、主に太平洋西側の海域で活動している。彼ら(?)は現在、海底地形や海流、海中音や水温分布等の調査、その海域で活動する各国の艦船等について、情報収集に当たっていた。


 これら潜水艇の生産・補給・修理のための母港は工廠とは別に、深度千メートル程度の海中にあり、衛星軌道からでも彼らの出撃・帰還点を見つけることは困難である。今は未だ存在自体が知られていないため、探そうとしている国さえ無い。




 俺は六角グループ所有のビジネスジェットで、サンフランシスコに向けて飛んでいた。新にマイクロマシン洗脳を施した大河内技官と出口海将も同乗している。


 うちのジェットはナロウボディのACJ三二〇に追加燃料タンクを装備しており、航続距離は六千海里(ノーティカルマイル)以上あるので、目的地までは約十時間、無着陸で飛ぶことができた。


 ただキャビン幅が三・七メートルしかないから、それ程広いとは言えない。しかし海外出張にもエコノミーしか利用したことがないという大河内には、ラグジュアリーに改装されたキャビンのソファ・シートや豪華なローテーブルに、戸惑いしか感じられないようだった。


「無人潜水艇のAIは、作戦遂行に当たって高度で幅広い判断力を発揮するが、任務を受け取りそれを果たすだけのために作られた擬似人格ヒューマンインターフェイスしか持っていない。自律型魚雷・機雷のAI機能は、更に限られていて、こっちの方はナノカーボン技術で作られた高性能蓄電池を基本的な動力源としている」


「海自でも情報収集目的の自律型無人潜水機(AUV)開発には、着手しています。ただ自律型攻撃兵器となると、暴走した場合のリスクが大きすぎて、どの国でも実用化段階には……AIに判断を任せる気には、とてもならないでしょう」


 大河内にそう言われた。知性化されたロボットの運用に対する抵抗感は、日本が一番低いと思うんだが? 人類共通のコンプレックスなんだろうな。


「長いケーブルを使って、この自律型魚雷・機雷を数十発単位で潜水艇に繋ぎ、作戦海域まで海中を曳いて行く。ケーブルは牽引のためであると同時に、魚雷・機雷を充電するためにも利用している。自律魚雷・機雷は擬装ケースに収めた低機能状態で海底に数ヶ月、作戦開始まで待機させることも可能だ」


「米海軍のMk六〇キャプター機雷やロシア海軍のPMT-一型機雷も、敷設に関しては厳しい制限が課されていますよ。待機状態ではパッシブ、発射諸元はアクティブの捜索条件が聴音機(ソナー)に与えられているだけですからね。味方撃ちの可能性は常にあります。その辺の運用については、出口海将の方がお詳しいと思いますが?」


 自席でワイングラスを傾けていた出口が、眺めていた窓の外の空から、こっちへ視線を向け直した。この爺さん、飲み過ぎだな。まだ自分の中のマイクロマシンと、折り合いが付いていないんだろうか?


「うーん。機雷という物は、ただの係留型でも厄介な代物だ。今の話を聞くと、こいつらはそもそも存在が知られていない上に、海中での高度な(海棲の生き物と区別がつかない)ステルス機能を備えた、謂わば“見えない刺客”だな。米海軍(ネイビィ)のアレは、対潜水艦用深々度機雷だ。アメリカの沿岸機雷計画の一角だよ。使用期限後の回収も確実にする必要があるから、そうそうは投入できんのだ」


「まあ、味方や関係の無い第三国の船を撃沈してしまったら、目も当てられませんからね。潜水艦限定で攻撃する設定なら、その危険性は大幅に低くなるでしょうが。で、まあ、うちのその手の製品は、生産数のほとんどが低威力で、攻撃の際は推進機を破壊するように設定しています」


 出口には年齢とその地位から、俺も何となく丁寧な口調になってしまう。


「ふーん。潜水艦以外は生殺しか! しかし、AIで運用するとなると、単価が高そうだな?」


 潜水艦は、ダメージを受けた時点で、直ぐに浮上できなければ一巻の終わりだ。しかし水上艦艇なら、動けなくなるだけだ。少なくとも救命ボートに移乗することぐらいは、できるだろう。


「値段は、小さい物が軽トラ程度、大きいサイズでも大型バスぐらいです」


 俺がそう話すと、大河内が声を大きくして身を乗り出した。


「そんな馬鹿な! 量産化されたMk五四が一発百万ドルですよ! 訓練用のダミーじゃああるまいし! その人工知能システムが本物であれば、ノーベル賞どころじゃあ、ありませんよ!」


「そこは量産効果や、サイズダウンと民生部品の活用でね」


 そう言えば大河内技官も俺より歳上だった。やっぱり将官というのは、態度からして偉そうだからか? 俺が考えていると、出口が尋ねて、いや確認してきた。


「量産化でそれだけのコストダウンを図るためには、大手自動車メーカーレベルの生産数が必要なはずだ。単価を二百万としても、五千本作れば一千億。ドルに直しても十億ドルだ。一私企業のやる事じゃあないな」


「確か“いずも”の建造費が、その位じゃあなかったですか?」


 俺がそう言うと、大河内が溜め息をついて頷いた。


「なるほど、岡田社長が“戦いたくない”わけが理解できました。バレたらエライことです」


「そういう意味でも、ここは米海軍(ネイビィ)に表に立って貰おうじゃあありませんか。日頃から“思いやり”と称して、みかじめ料払っているんですから」

 魚雷の数え方(単位)って、てっきり「本」だと思ってたら、正式(書類上)では「個」らしいです。何か、様にならないですね。まあ、機雷なら「個」でも良い気がしますが。作中で「本」「発」など、数え方の単位が混乱しているのは、わざとです。 2021.02.25. 10:44  野乃

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― 新着の感想 ―
[一言] 何だか、アメリカ軍と中国軍が共倒れになるように誘導しておきそうですね。 なぜか、ロードス島戦記の灰色の魔女カーラさんをおもいださせますな。もしくは。銀河英雄伝説のフェザーンですな。まあ、どっ…
[一言] 全国人民代表大会(全人代)の開催中にピンポイントで隕石を落としたらどうなるだろうか。
[一言] 米国を、隠れ蓑にしての代理戦争ですね。今日はバイデン大統領が中国からの調達はリスクがあるとのことで買うことを控える大統領令をだしましたね。現実世界の戦争は勘弁ですが、小説内は好きなようにやり…
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