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◆136◆

 うちがこの一年間で納めるであろう法人税は、四千九百億円程度にはなる。オフィスや工場があるのが東京二十三区内にある関係で、法定実効税率が三十一%なんだ。この納税額は、国内企業でベストテンに入るんじゃないか?


 利益を上げ始めたのはここ一年ほどのことだが、六角産業は広告・宣伝費なんか使っていないし、販売費や営業外費用も、ほとんど計上していない。収入金額に対する支出金額の割合が、極めて低い企業だ。つまり課税対象額である税引き前純利益が大きいんだ。


 売上げ原価や特別損失がどう会計処理されているか、その内訳をある程度掴んでいるのは桃花だけだろう。本当の数字については、どん亀がダミーに使っている会計事務所にだって、分かっている奴はいない。


 課税当局も過去のデータというものが全く無いから、何から手をつけて良いかの判断ができないでいる。現在のところ財務省と国税庁そして東京国税局は、この金の卵を産む鵞鳥だか鶏だかを、殺さぬようにしながらもギリギリまで搾り取る方法を模索しているところだろう。


 何と言ってもこの会社は、いきなり化けたというか、実質は生まれたばかりで、海の物とも山の物ともつかぬ存在なのだ。どう手をつけるべきか迷っているというのが、本当のところだろう。こう考えると六角産業というのは、限りなくグレーで怪しい会社である。


 今後うちの製造する製品は、日本という国家やその同盟国の安全保障上に不可欠な物資となるだろう。次年度以降の利益が更に増加していくことは、ほぼ確定していると言ってよい。ただ米国がこの現状をこのままで良しとすることなど、あり得ないと思う。


 六角産業の製品には、未だ輸出貿易管理令による網が掛けられてはいないが、それはうちの海外取引相手が、米国と英国及びユーロ圏に属する特定の企業に限定されていて、内閣府がそれらの国との利害関係を調整中であるからだ。


 今の内閣総理大臣である河見輝明という人物は、例のランフ大統領と一定の関係を築くことで合衆国との関係を安定したものにしている。政権に批判的な姿勢の人間に言わせれば、それは媚びているということだ。


 ただそういう批判勢力に、現状で日本にそれ以外のどんなスタンスを取ることができるのかと問うても、よりましで現実的な答えが出てくるわけではないのが残念なところだ。彼らにはそれができるだけの実績の積み重ねも、将来に対する展望も無いのである。


 万が一彼らが政権を手にし、下手にスタンドプレイに走られでもしたら、結果は目も当てられないことになってしまうだろう。彼らの過去を見てみると、そういう連中のほとんどが、実績つまり真の成果よりも人気取りの派手な演出(パフォーマンス)を好んで選択していた。


 いや日本の政治家やジャーナリストの主流の中には、おかしな空想というか白日夢に溺れ、己の実現したい内容と真っ当に実現できることを混同している者までいるのだから、あまり高望みをすべきではないのだろう。


 日本の現政権やそれを支えている官僚組織も、超大国である米国に唯々諾々と追従する今の立場に留まっていたいと、心から思っているわけでは決してない。それを拒否すれば、今や第二の超大国となった中共の属国に成り果てるしかないから、米国の覇権に甘んじているだけである。


 現時点で政府が六角産業(うち)に対し、強権的な姿勢で手を伸ばしてこない一番の理由は多分そこにある。


 もし日本政府が六角産業を完全に支配下に置いたと米国が判断すれば、あの国の政権は日本に対し、その支配権を米国側に譲渡するよう迫ってくるだろう。その場合、米国の圧力に日本が抵抗するのはかなり苦しいことになる。


 それに対して現状の宙ぶらりんのままであれば、大統領府からの要請があったとしても、日本政府には六角産業に対し米国企業の傘下に入るよう強制することはできないと、抗弁することが可能だ。黙っていれば何もしなくても、税収として六角産業から巨額の法人税が入って来ることを考えれば、あえて火中の栗を拾うこともないと考えても無理はないのである。


 ただしそれは無論、表向きだけのことだ。正田警視正の話から考えれば、今回の訪問は一種の瀬踏みであることがわかる。財界に顔を出すことに消極的な俺の態度を見て、痺れを切らした連中が、今後陰に日向にアプローチしてくることは避けられないだろう。




 俺はハウスの中で、鈴佳とトマトや胡瓜の世話をしながら、会話を交わしていた。


「鈴佳、この頃ステファニィは来ないのかい?」


「この前来たのは、二週間も前!」


「ステファニィが来ないと、つまらない?」


「うん」


 この程度の会話は、成立するようになった。再生(リボーン)後二年余りにしては、かなりの成長である。


 鈴佳はステファニィが好きだ。彼女は鈴佳のことを対等に扱うし、見かけ上の年齢も近い。鈴佳の世話をしている看護師たちと違って、あれこれ指示や制限をしてくることもないし、気楽なんだろう。


 ステファニィは鈴佳のことを「お友達(ミ・アミーガ)」と言う。一人っ子のくせに「(マイ・シス)」呼ばわりすることもある。二十代後半なのに妙にベタベタ抱きついたりしているのを見ると、日本人として違和感がある。


 レズビアンとかバイではない、はずだ。最初は米国人って、あんなものかと思ったりした。しかし帰国子女である山城智音に言わせると、それとは違うという。


「何か、小学生の女子同士のスキンシップみたいです」と、説明された。


 どうもステファニィは、鈴佳にそういう働きかけをしているらしい。


 それからステファニィは鈴佳に、聖書を読んでやっている。日本語のじゃあなくて、新国際版聖書(NIV)と呼ばれる英文聖書だ。「日本語もまだまだなのに!」と、俺なんかは思うが、多分英語を教えているつもりなんだろう。


 そのせいで元々の俺の意図した『鈴佳再生計画』とは、大幅に違ってきてしまっている。いやどことは具体的に言えないんだが。


 鈴佳は俺のことを「英次さん」と呼ぶ。これはどん亀の見せる映像記録の中で、昔の鈴佳が俺をそう呼んでいるからだ。彼女はそういう映像を熱心に眺め、姿見に映る自分と見比べながら、動作や話し方を真似ようとする。最初はたどたどしかったが、最近は随分良くできるようになってきた。


 ステファニィは近頃、鈴佳が映像の真似をするのに反対するようになった。そんなのはおかしいと言うのである。


 だが担当医師が驚くほど早く、鈴佳が自分で歩いたり話したりできるようになったのは、あの記録を見ているからだと俺は思う。医師もそれを否定しない。だからステファニィの反対を押し切り、この記録を見せることは続けている。


 会話をしていると、鈴佳が記憶を失ったことを最近は忘れそうになる。精神年齢は小学校低学年程度だと、定期的に往診してくれる担当医は言うが、俺はあまり気にならない。


 担当医によると、無意識のうちに俺が鈴佳に合わせて意識を調整しているからだそうだ。


 鈴佳が、かなり自立した生活を送る事ができるようになってきたので、もう二十四時間の看護体制は必要無くなっている。しかし万が一に備え、四人の看護師の雇用は続けていた。医師が、何かの場合鈴佳がパニックを起こす可能性はあると言うからだ。


 万が一というのはどういう場合かと質問したら、「記憶が突然蘇ったような場合です」という答えが返ってきた。それは、多分無い。いや、あり得ない。


 だが医者が言うのだから偽装のためにも、しばらくは看護師を雇っておくことにした。



 更新、しばらくお休みします。次回から登場予定のキャラが、いろいろやっても確定してくれないんです。

 復活しましたら、またよろしくお願いします。

  2020.11.11. 07:50 野乃

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― 新着の感想 ―
[一言] 大変面白く読ませていただきました。再開をまっています。
[一言] 化学物質で貯蔵されている記憶は、脳以外にも 各種臓器にも蓄積されているので 以前の記憶を夢で見ることも 影響される事もありますな
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