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◆134◆

 衆議院議員である仁田朝喜が交通事故に巻き込まれて死んだ。


「岡田さん、まさかあなたが関係しているわけじゃあないですよね」


 宮古島で俺が鈴佳を病院に入院させた時、俺の事情聴取を行った警察庁長官官房の理事官を記憶しているだろうか? そう、あの警視正だとかいう四十ぐらいの男である。


 俺の所へやって来た相手の名刺を改めて見直すと正田雅俊という名前で、現在は警察庁警備局にいる。課長待遇のスタッフ職だそうだ。


 どん亀によるとこれは、警備局長付きの参謀のような役割で、警備業務の作戦・用兵の計画と指導を担当しているはずだという。警備局長って軍隊で言うと上級指揮官、つまり将官だ。


「ご出世されたんですね」 俺がそう言うと、


「ラインから外れてしまいました。局内に部下はいません。寂しいもんです」


 という答えが返ってきた。何か事情があるんだろう。


 いやそれより、今は仁田代議士の事故死の話だ。これはとんだ濡れ衣である。


「仁田さんが死んでも、俺にとっては何のメリットもありません」


「まあそうだとは思いますがね、警察官の(さが)というか、念のためです」


「いや、ぶっちゃけて言うと現状、上田さんの当選のためには、敵役の仁田さんがいた方が都合が良いのに……」


 俺が上田の支援者として政界の表舞台にデビューさせようとしていることは、この男のような立場の人間には周知の事実だ。


 公安の摘発によって北の工作員組織は大ダメージを受け、身動き取れないでいる。手を下したとしたら、中華系の裏組織の構成員だろう。たまたま起きた本物の交通事故で、犯人が逃亡して見つからない? いや、無いな。


 仁田は無所属から転じて未来党に入党したが、それでかえって与党とのパイプを失うことになり、中共にとっての利用価値が低下してしまった。折悪しく、十三年前のスキャンダルがマスコミによって取り上げられたから、奴らにとっては邪魔になった……だろう。


「やっぱり大陸の工作員の仕業ですかね」と、正田が尋ねる。


「いや、俺に聞かれても困ります。そういえば、今日はお一人で?」


 俺がそう尋ねたのは、警察官は最低二人組で行動するものだと思っていたし、前回はこの男も、数人の部下を引き連れていたからである。


「ええ。今日伺ったのは情報収集のためで、あなたが捜査の対象になっている、などという訳ではありません。それにしても岡田さんにお会いするのは、なかなか大変だと聞いておりました。こんなに早く時間を取って頂けるとは、思いませんでしたよ」


「沖縄ではお世話になりましたからね。知らない方ではありませんし、お仕事柄急ぐ用件だろうと勝手に判断しまして」


「それでその後の状態は、いかがなんでしょうか? いや、これは余計な質問かもしれませんが……」


「退院後の鈴佳の話ですか。しばらく東京にいましたが、今は元住んでいた東北の家です。俺も週の半分はあちらに帰っています」


 この二子玉川のオフィスに居ないこともあると、断っておく。今回俺が会うことにしたのも、警察の動きを知っておきたかったからだ。何時でも面会できると思われては困る。


「ということは、鈴佳さんの記憶は?」


「戻らないままです。もう一度ゼロ歳児からやり直しですよ。今は小学校低学年くらいの精神状態で、読み書きや計算を学び直しているところです」


「それではそういうこともすっかり?」


「記憶が一度真っさらになりましたから。少なくとも医師はそう言っています。その代わり、教えられたことの吸収力は、子ども並みに良いみたいです。余計な知識が無いからでしょう」


「なるほど」


「最初は大人の身体で、小さい子どものように駄々をこねるので往生しましたが、最近は落ち着いてきています」


 この頃はステファニィと話していることも多く、簡単な英会話(四・五歳レベル)も憶えているようだ。バイリンガルに育ちつつある、のかな?


「鈴佳さんを掠った犯人たちからは、その後何か?」


「いえ、何も。それで今日は、ウー・シェーレンの消息が分かったというお話しですか?」


「局長からあなた方を誘拐したのがあの人物だと知らされた時は耳を疑いました。何でも、あなたが彼の写真を見て確認したとか?」


 副大臣の松田を通じて、警察庁警備局長の大市とは繋がりができた。こちらから流す情報について、出所を詮索しないという条件を付けているのだが、探りを入れてくるのは仕方ないか。


「GNペイントをウーラムが子会社化した時、業界紙のインタビューを受けています。写真を見たら、直ぐに分かりました。間違いありません」


「そもそも、何でその写真を?」


「お察しだと思いますが、トライデントからSASFとウーラムが関わっている可能性があると言われましてね、自分で調べてみました」


「ああいう世界企業のセキュリティ部門の調査力は馬鹿にできません。確かあのリゾートにも、護衛として人を派遣していたとか?」


「部屋を取ったことを、あの支配人に聞いたんですね。あの事件は、彼らの責任ではありません。結局、俺自身に油断があったんです。それでシェーレンは?」


「分かりません」


「分からないんですか?」


「あれ以来、姿を消していることは確かです。父親のウー・リンミンはもう七十三歳になり、実権は息子に移ったと言われていました。それがあの年末から、どんな場に出たという情報も入って来ません。現在ウーラムで采配を振るっているのは、高齢の父親の方です」


「生きているか死んでいるのかも分からない訳ですか?」


「ええ、一昨年末にウーラムが所有するメガ・ヨットに乗り込んだことだけは確からしいのですが……」


「そのヨットは今?」


「シンガポールに係留されたままです。ただし戻ってきた時、シェーレンは乗っていなかったそうです」


「ああいう人たちは、世界中飛び回っていますからね。その船にずっと乗っているとは限りません。途中で下船したか、他の船に移ったかじゃあないですか?」


「岡田さんは、何かご存じでは?」


「それも警察官の性ですか? いや、念のためですね。でも俺は、何も知りませんよ」


「岡田さんに関わった人物が連続して、行方不明に事故死ですからね。警察官として気にならないはずはありません」


「正田さん、それ、ちょっと無理筋過ぎませんか!」


 こいつの意図がよく分からない。さっき口にした情報収集、こっちの内状を探りに来たとしても、何で今頃なんだ? 待てよ、俺の関係者の行方不明って、橘光一・優奈の夫婦とか、安西所長もか? しかし、何の証拠も無いはずだ。単なる勘で、探りを入れているんだろう。全く、この男、油断できない。


「房総半島の五百キロほど東で、ロシアの原潜が事故を起こして、漂流していたことはご存じでしょう?」


「ああ、うちの船が救難信号を中継したとかいう、あれですか?」


「海自の救難飛行艇が発見したんですが、救助の申し出を断られてしまいましてね。結局ウラジオからロシアの駆逐艦と航洋曳船、それに小型タンカーのサルベージ・チームが出向いて、カムチャッカ半島にある軍港まで曳航していったそうです」


「ほう、そうですか。無事だったのなら何よりです」


「アメリカの大統領府からも、内閣府の方に問い合わせがあったそうですよ。六角さんの船とロシアの原潜、それに米海軍駆逐艦の三隻で、チキン・レースをやられたとか。勝ったのはおたくの何とかっていう、高速貨物船だそうですね」


「それが何か?」


「実は私、沖縄の一件であなたに肩入れしすぎだと、このところ冷や飯を食わされていましてね。それがどうやら、風向きが変わりました」


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― 新着の感想 ―
[一言] なんで無料で読めるんだろうと不思議に思うほど面白いです。毎回楽しませていただいてます。ありがとうございます。
[一言] >>チキン・レース あれはチキンレースというよりも競艇辺りで逃げ切りじゃないかなぁ。 整備不良のロシア原潜だけ原子炉の調子でチキンレースしてたという意味では正しいがw
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