◆13◆
家電量販店の店員がやって来て、俺の家を見た後の感想は「思った以上に広いお家です」だった。
二十二畳のリビングに、お隣K国製の七七V型四Kチューナー内蔵有機ELテレビ。十五畳のダイニングには、同じくK国製の六五V型四Kチューナー内蔵有機ELテレビ。これが彼の選んだ『ベスト・チョイス』だと言う。
「ふーん、日本製じゃあないんだ? だいたい、これ二台でいくらなの?」
「まとめてお買い上げ頂けるのでしたら、大サービスで八十万にさせて頂きます。内訳は七七型が五十五万、六五型が二十五万という、ギリギリのお値段です! ご理解頂きたいのは、今やK国製のテレビは、日本のメーカーの製品よりも性能的に優れているということです。日本の製品と言っても、有機ELパネルはみんなK国製ですし、組み立ては東南アジアの工場で行っています。開発力だって、我が国のメーカーに見劣りするところはありません……」
突然、熱弁をふるいはじめた男に圧倒され、俺はいつの間にかその二台の購入を決めていた。なおも男の独演は続く。
「後ですね、ダイニングのテレビはこちらのカタログにありますアーム付きの壁掛け金具を購入されて、テレビ台の上に載せるのではなく壁に設置されることを提案いたします」
「どれどれ、ふーん税込み四万近くもするんだ」
「そうですが、こちらでしたら耐荷重は六十五キロありますし、上下十五度、左右は六十度までの動作が可能です。六五型の重量はスタンドを外せば三十キロほどですので十分な余裕がございます。壁の強度がご心配ならツーバイ材で補強も可能です。テレビ台のように場所を取らないと言うだけでなく、お客様のお宅に相応しいスタイリッシュな……」
「ああ、まあ、分かったから。それでリビングの七七型の方は?」
「重量はスタンドを外した場合六五型とほとんど変わらないのですが、横幅が百七十センチ以上ありますから、壁掛けはお奨めできません。壁ギリギリまで寄せられるこちらのウォール・スタンドか幅百八十センチ以上のローボードがよいと思います。ただローボードだと、後から移動すると部屋全体の雰囲気が壊れることがあります。よくお考えの上でお決め頂きたいと思います」
「値段はどのくらい?」
「ウォール・スタンドで税込み四万弱、ローボードは八万からですね」
「から?」
「ええ、まあ……お客様は、プリント合板とか突き板のようなチープな品物はお選びにならないでしょうし、そうなると最低八万で上の方は……」
「あーなるほど」
「個人的には、このスタンドのデザインはかっこいいと思うのでローボードをお奨めしたいところなのですが……ちなみに、スタンドを含んだ重量は三十七キロ弱です」
「あー、じゃあそのウォール・スタンドでいいや」
「はい、配線設置費は二万円にサービスさせて頂きます」
「えっ、それ取るの?」
「はぁ、ケーブル代とか結構しますので、これでもかなり勉強させて貰ってます」
むむむむって具合に店員さんの顔を見つめたが、そこを譲る気は無いようだ。よし、決めた。今回はこれで終了にしよう。
「それでご予算が十万残りますが、これで……」
「あ、もういいです」
「は? あ、あの、お客様!」
「いや、テレビとテレビ台は買いますよ。配線設置費とそれで税込み九十万。それでいいですね」
「はあ」
どうやら予算一杯吐き出させてやろうという目論見だったようだ。その為のあの怒濤の蘊蓄というか、専門知識(?)の披露だったのだろう。まあ、九十万を売り上げたのだから、この男のその作戦は間違っていたわけではない。
最後にまた何か売りつけることでフィニッシュというつもりだったようだが、別にそこまで付き合う義理も無かろうと思えたので、適当な所で切り上げることにしたのだった。まあ、俺も欲しいテレビを購入することができたのだし、ウイン・ウインだね。
何か脱力感を顔に示している量販店の店員と納入日の打ち合わせをし、手付金五万円の領収書を書かせると、俺は彼を笑顔で送り出した。あれ、そう言えばお茶も出さなかった。
「楽シソウデシタネ」
どん亀が話しかけてきた。店員を見送って、自分にお茶を入れようと薬缶をコンロに掛けた時のことだ。
「ん、そうなのかな?」
「違イマスカ?」
「いや、確かに楽しかったな。金を使うことは楽しい」
「何故デショウカ?」
「俺は酒を飲んだり、女のために散財するとかいうのには、興味が持てなかった」
「デスカ?」
「でも今日、あの男が商品を売り込もうと必死で喋っているのを見て、何かいいと思った」
「何ガデスカ?」
「いや、別に馬鹿にしている訳じゃない。売り上げを上げる為に頑張る。間違いじゃない。店にとっても、あの男にとってもな。それに商品に対する思い入れも感じられた。他国の製品でも良い物は良いと、自信を持って奨められる点は評価できるな。売れさえすればいいのじゃなくて、顧客のことも考えるというスタンスなんだろう。それで一所懸命セールストークを掛けてくるあいつの話を聞いていて、金を使うって良いことだなと思った」
「ナルホド、興味深イデス。更二研究ノ必要ガアリマスネ」
うん、分かってた。どん亀は人類に興味を持っている。俺に接触し、操ることで、何かを知ろうとしている。こいつは単に惑星開発のための探査人工知能というだけの存在じゃない。一体こいつの正体は何なんだろう? そう思った。