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海底工場に設置した生産ユニットとRO・RO船の組み合わせは、予想以上に効率的であることが分かった。
各種原料を一から採取して精錬加工するより、市場に流通している半製品を購入した方が工程を減らせる分、時間の節約になる。
何より、金星・地球間の輸送に必要な時間コストが省かれたことで、大幅に生産力が上がった。
無論、市場から原料となる物資を手に入れるには、代金を払わなければならない。また、どん亀が最初懸念した、リスク管理の問題は大きくなる。
ただ、我々が生産・販売する高機能材料の需要は大きく、付加価値の大きさから単価も高止まりだ。原材料を金銭で購っても、利幅は大きく取れる。
また、我々の工場がある位置について人類はまだ知らないし、必要があれば生産ユニット群を移動させることも可能だ。たとえ彼らに工場の正確な所在が分かったとしても、水深八千メートル以上というあの深海部にまで手を出すのは、非常に困難なことである。
「シカシ、ソノ気ニナレバ彼ラハ、アノ深ミニ核爆弾ヲ投下シ、我々ノ工場ヲ破壊スルコトガデキマス」
「その手があるか! じゃあ、あの工場の存在を絶対知られるわけにはいかないな。それに地球上の核爆弾を管理下に置く計画も、できれば早急に実施したい」
「彼ラガ手ヲ出ソウトシテキタ時ノタメ、海軍力モ必要デス」
「海底工場を警備するのか。近寄ってきた船を沈めるだけなら、短艇の牽引ビームを使えばできるだろう?」
「潜水艦ヲ利用サレレバ、発見前ニ攻撃ヲ受ケル可能性ガアリマス」
「電波が届かない水中では、レーダーも役に立たないからか……どう対処すれば良い?」
「コチラモ水中ニ入リマス。同ジ水中同士ナラ、優位ニ対処デキマス」
検討した結果、工場エリアを警備するために自律型の魚雷を作ることにした。
普段は海底工場のある海域を巡回していて、敵対的な潜水艦が接近してきた場合は、体当たりして破壊する。魚雷と呼んだのは、特攻タイプの攻撃艇だからだ。
全長九メートル、直径一・四メートル。当然無人で、AIによって運行される。水中排水量十一トン。動力源はどん亀が新たに設計した、最高出力九メガワットの直接発電式簡易核融合炉。一軸のターボ・エレクトリック式ハイドロ・ジェット推進で最大一万二千軸馬力という馬鹿げたポテンシャルを持つ。
ただ水中でのいろんな制限から、最高速度が八十ノット(時速百五十キロ)、巡航速度は四十ノット(時速七十四キロ)以下となっている。制限というのは主に、流体抵抗とそれに伴う静音性の問題だ。こいつは潜水艦から発射されれば後は「行ってこい」の普通の魚雷と違い、担当海域を常にパトロールするわけだから、静音性は軽視できない。
どん亀の造り出した高機能素材で流体抵抗を減らし、スクリュープロペラに比べ高速域での流体抵抗値を抑えることのできるハイドロ・ジェット推進機を大出力で動作させる事により、低騒音でありながらも、この速度を生み出していた。
静音性に優れるハイドロ・ジェットだが、三十ノット以下の低速域では、一般のプロペラ推進の半分以下の効率である。でも、パワーが有り余っているから、効率三十%以下でも余裕だ。それに抵抗水圧が高まる高速域ではキャビテーションが起こらない点や突起の少ない構造により、推進効率が逆転する。
八十ノットというのは、スーパー・キャビテーションを利用したロケット魚雷の二百ノットには及ばないにしろ、魚雷としては遅い方ではない。それに有線誘導にしろ自前のセンサーにたよる自己誘導にしろ、探索・追尾を行う場合の速度はせいぜい五十ノットであった。
無人であり、動力は核融合炉から供給されることから、無補給でほぼ半永久的に深海での哨戒活動を続けることができる。まあドルフィーナかこれから就役するその姉妹船が、定期的にメンテナンスをするけどね。
「よし、こいつをかじき型と命名し、三桁の連番を付けることにしよう。最初の一隻は、グラディウス〇〇一号だ」
「一〇〇号カラ始メルノデハナイノデスカ?」
「うーん、そっちの方が良いのか? いずれにしろ、三桁の隻数は造ることになるんだろう?」
「哨戒活動ヲ行ワセル関係上、コノたいぷハ汎用ノAIヲ搭載シテイマス。短期ノ作戦デ多数ノ目標ヲ攻撃スル場合、機能ヲ限定シタ簡易AI搭載ノ低価格ナ魚雷ヤ爆雷ヲ、けーぶるデ直列ニ複数繋ギ、牽引シテ作戦海域マデ運ベマス」
「グラディウス型のAIには、ケーブルで引っ張って行った魚雷に命令して、複数の敵艦を攻撃する能力があるわけか」
これは使い方によっては、強力な攻撃型潜水艦の艦隊を持つのと同じだ。何しろグラディウス型は、文字通り無補給で、地球を何周もできるのだから。
「ただグラディウス型は長さが九メートルあるから、今の海底工場のユニットでは、製造できないな」
「短艇ノ貨物室ニモ入リマセン。牽引びーむヲ利用シテノ運搬ハ可能デスガ、短艇ノすてるす機能ハ、機体ノ外部ニアル物ニハ働キマセン」
「月面の地下基地まで材料を運び、そこで完成させたグラディウスを、また地球まで運ぶしか無いか。輸送船なら一度に何隻運べる?」
「梱包スルト、九列二行二段ノ、三十六隻デスネ。デモマズ、月面基地ヲ拡張シ、建造施設ヲ建設スル必要ガアリマス」
「そのための資材は、地球産の建材で十分だろう。市場で普通に購入できる鋼材でもいいはずだ」
「デハ資材ガ準備デキ、月ニ届キ次第、ぼっと兵士タチヲ使ッテ、拡張工事ヲ開始シマショウ」
まあその内、もっと強力な艦艇を造ってもいいさ。だがとりあえず、これで海底工場を警備する手段の、目途がついた。
俺の囲い込んだ週刊誌に、「北関東八区の黒い闇」と題した記事が掲載された。
そこには「未亡人は語る。十三年前の事件は自殺に見せかけた謀殺」「某国工作員の犯行か?」「当時の対立候補は、某国と政治的に繋がった現職国会議員」「外国籍の支援者からの裏献金が今も」「改革の進まない自治体! 幹部の怠業! 総務省の調査に横槍が」「地元業者と繋がる労組幹部が甘い汁を」「現議員の集票マシンと化した労働組合」「搾取されているのは平の組合員と住民」等々のフレーズが踊っている。
名指しではないが、その雑誌を読んだ北関東の人間には、追及の的としているのが仁田朝喜であると直ぐに分かるよう書かれていた。
折しも上田の汲み上げた地元の不満が、様々な形で二つの自治体の市議たちに突き付けられ、それぞれの議会の今までの怠慢が問題になりつつあるときである。
実のところ、この二つの市の市議会議員たちの内多くの者が、槍玉に挙げられている市職員の幹部たちとズブズブの関係にあった。これには仕方ない面もある。地元の有権者からは市議たちに、多様な要求が上がってくるのだ。
家の前の道路を舗装してくれ、ずっと側溝の蓋が壊れたままだ、道路脇の雑草を刈って欲しい、危険なT字路にカーブミラーを付けないと。地域に保育所や老人施設を作るべきだ、いやそんな物があれば地価が下がるからやめろ。家の隣の小学校から聞こえる子どもの声がうるさいから、何とかしてくれ。公園の桜の樹があると家の雨樋が落ち葉で詰まるから、あの樹を切れ。等々。
こういう声というか要求が上がってきた時、一つでも二つでもそれを実現して、選挙民に良い顔をしてみせる必要がある。でないと次の選挙では「頼りにならない人」と見なされて、投票して貰えない。
で実は、この実績というのは即物的であればある程良い。「国政に対して地方からもの申す」みたいな決議を議会で可決しても、地元の人間にはそれがどんな役に立つのか、目に見えては分からないからである。
だが、その要望を即座に実現し成果を上げるためには、地元自治体職員の協力が欠かせない。市議個人やその周辺の数人が汗を流すより、市の予算を幹部の裁量で使い、業者に発注するか、市に雇用されているアルバイト職員に作業を割り当てる方が、何倍も早く、しかも綺麗に問題を解決できる。
おまけに地元業者は仕事が回ってきて潤い、アルバイトの雇用も仕事の実績があるから次年度も予算化される。良いことずくめ、のように見えるだろう。
ただ市議にしてみれば、市の幹部にヘソを曲げられ、たのんだことをやって貰えないというのが、一番困る。地域の住民に「力の無い奴」だと言われ、見放されたくはない。だから市議たちは、これら幹部たちと持ちつ持たれつの関係にならざるを得ないのである。
そこへ仁田朝喜のような、先代から数えると何十年もここに根を張った代議士が乗っかって利権の配分を牛耳ると、地元の利権構造の柵は、巨大な力を持つようになる。
利益を得るのは、仁田代議士という殿様を神輿として担ぐネットワークの一員のみである。一部業者、市の幹部やそれと裏で繋がる労働組合の古株やOB、彼らに支えられる特定の市議たちやその縁故の者たちなどが、当たり前のように懐を潤わせ、仁田を頂点とした利権構造により、地域を喰いものにしていた。
彼らは、それが余りにも長く続いてきたせいもあり、そこから利益を得ていることに、何の疑問も抱かなかった。それどころか、この利権に外部からメスを入れようとする国の「不当な」動きには、怒りさえ覚えていたのである。
ただ彼らは、どちらかと言うと古くからこの地域にいた、地元の勢力であった。ここ二十年近く、仕事を求めて日本各地から東京に流れ込み、そのベッドタウンとしてのこの場所に住むようになった人々が居る。
彼ら新しい住民の人口はすでに、昔からここに居着いていた地縁の人たちのそれを凌駕するようになっていた。
彼らは東京より地価の低いこの地域に住宅を建て、居住地であるこの自治体に税金を払って住んでいる。だがいざ住んでみると、周辺の他の自治体に比べ住民サービスの内容が劣っていることに気付かされた。
とは言うものの、一度住宅を建てた場所から他地域に移るという選択肢は、なかなか選べるものではない。しかも彼ら新しい住民たちが、古くからある地元の利権構造に、アクセスし、それを変える立場になれるわけもなかった。こういうふうに、微妙にだが搾取される一方の立場に置かれ続けた彼らは、沈黙しつつも不満を募らせていたのである。
反仁田派であった片岡後援会の陣営も、この利権構造からは外様扱いされてきた。地元の業者であっても孫請けでしか仕事が貰えなかったり、他の自治体に仕事を求めるしかなかった者もいる。仮に仁田派に鞍替えしたとしても、元からの人間たちの後塵を拝するのは変わらない。それほど状況が良くなるわけではなかった。
上田が未亡人と共に訪問して廻ったのは、こういう鬱屈を抱えた人々の所であった。
週刊誌が取り上げたことで、それまでモヤモヤしていた搾取や不正の構造が明文化され、議論しやすくなった。自分たちの被っている不利益が共通認識されると、上田が未亡人と一緒に地域を巡った際に紡いだ言葉が力を持ってくる。
上田は片岡未亡人に同情するだけでなく、片岡洋志が特定の国の工作員により謀殺されたのではないかという疑いを述べていた。週刊誌の記事により、その特定の国と裏で繋がっていると指摘された仁田代議士が、その片岡の死によって国会に返り咲いたことに、誰もが思い当たった。
選挙に関心を持ったり、何等かの運動に関わったりすることに腰の重い種類の人間にとっても、競争相手を亡き者にして議席を得るという行為のインパクトは強かった。
発端は法廷での裁判ではなく、人々の言の葉に乗る噂話に過ぎない。だからテレビのワイドショーが取り上げても、示されるのは状況証拠だけでしかなかった。しかし番組の中で未亡人へのインタビューが流れるようになると、それを視る大衆の脳内では、仁田代議士の有罪は確定的な事実になる。