◆119◆
先に護衛の乗ったヘリが到着し、銃を持った海兵隊員がバラバラと飛び降りて辺りに目を配った。俺が早足で近づくと誰何を受けたので、今日のパーティのホストだと自己紹介する。
先乗りしていたシークレット・サービスが確認して事なきを得たが、一瞬撃たれるかと思ったよ。まあ、走って来た俺が悪いんだろう、こういう時は。
やがて大統領のヘリが着陸し、お馴染みの髪型の男が降り立った。一緒に搭乗口から姿を現した元モデルの夫人と連れ立ち、備え付けのタラップを降りて来る。
こいつ、身長が百九十センチで体重は百十キロあると言うが、確かにでかい。でも、身長は靴の踵で嵩上げしてやしないか?
『やあ、これは大統領、お会いできて光栄です。この催しに来て下さったことを、感謝します』
俺は型どおりの挨拶を述べた。大統領が歯を剥きだして笑い、手を差し出してきたので、仕方なく握手した。ところがこいつ、そのでかい手で俺の手を握り潰そうとしやがった。ガキか!
俺は素早く右手に左手を添え、相手の手の甲にある腰腿点というツボを押す。猫背気味な姿勢のせいで、大統領の身体には歪みが生じていた。普通だったらこのツボは腰痛などの改善に効くのだが、この状態で強く刺激すると、腰に力が入らなくなる。
『おや、ダン、大丈夫ですか?』
白々しくそう良いながら、ふらついた第四十六代合衆国大統領ダニエル・ハート・ランフの身体を、俺は支えてやった。こいつ、俺の二倍近く体重があるんだぜ。そんな俺を、ランフは驚きの目で見る。
『ああ、すまん。君は意外と力があるんだな。えーと』
『エイジ・オカダ。エースと呼んでください』
中二病みたいに聞こえるかもしれないが、彼らには『エイジ』とは呼びにくいみたいなんだ。元々『エース』は、俺の護衛たちが俺につけたコードネームだ。こいつらは、ホワイトハウスのシークレット・サービスに対抗する気なんじゃないかと思う。
大統領は自分の失態を隠すためか、急に愛想良くなった。勝手にダニエルをダンと短称で呼び、口調が気安くなっても、俺に対して眉をしかめる余裕さえ今は無いようだ。側では夫人のメロディが、考え込むような顔でその様子を見ている。確か三人目の妻で、二十歳以上の年齢差があるんだったな。
『ああ、エース。このパーティを楽しみにして来たんだ』
『ご期待に添えれば良いんだが。紹介しましょう。この女性は俺のパートナーのトウカだ。彼女の名前は、日本語で桃の花という意味だよ』
『おお、名前に相応しく、美しい女性だね』
どうやら大統領は、ソフト路線に変更した模様である。さすが海千山千の事業家だった男だ。切り替えが早い。体勢を立て直す時間を稼ごうと、強面な態度は引っ込めたか。笑顔になって桃花の手を取り、引き寄せようとする。だがそいつは悪手だ。
『私をメルって呼んで、トウカ。あなたのドレスすてきね』
夫人が割り込むように前に出て夫を押し除け、桃花と握手する。
『ありがとうございます。呼びにくいようですから、私のことはトゥと呼んで下さい。ドレスに目をとめられるなんて、さすがですね。今日は海の色を選んでみました』
自分の胸に手を当て、応えた桃花の対応は落ち着いたものだった。夫人が自分のファッション・ブランドを立ち上げるという話が、そう言えばあったな。
『ええ、トゥ、そう呼ばせて貰うわ。私たち、気が合いそうだわね』
『大統領足元にお気を付け下さい。こちらへ』
夫人が桃花を、大統領から引き離してくれたので、俺は彼を案内して、船の中央付近にある傾斜路へ向かった。
ランフ大統領が急に態度を変えたのは、間違っても健康に不安があるなどと、見なされる訳にはいかないからだ。何も無い平地でよろめく姿を露呈しては、史上最高齢の大統領である彼にとって拙いことになる。
元々健康を気にする方で、酒・タバコをやらず、珈琲も飲まない。家族に対しても「酒・タバコ・ドラッグは絶対禁止」を徹底させているという。俺とやり合っている最中に、血圧が上がってプッツンはしたくないなどと言う考えが、頭をよぎったのではなかろうか。だがそれなら、ファスト・フードを山ほど食べるのを控え、体重を減らすべきだと思う。
大統領は、彼を拍手で迎えたパーティ参加者に向かって短い演説を行い、ミネラルウォーターをシャンペングラスに注がせ乾杯した。その演説には過激な発言も含まれていたが、よく分析してみるとそれが、聴衆の意識を誘導するテクニックだと分かる。演説の天才であったチョビ髭の独裁者がよく使った手法だ。
あのチョビ髭の総統も、実は菜食主義者で、酒を飲まず、タバコも嫌う、真面目な男だった。また彼と親密な関係になったとされる三人の女性は、二十歳以上彼より若かったことなども知られている。
どん亀の分析によると、この大統領とあの独裁者の間には類似性があり、特に注意しなければならないのは、人類にとって危険で誤った思想を常に真面目で熱心に推進し、現実化しようとしたし、現にしていることだそうだ。
ただ、どん亀に「人類にとって危険な誤った思想」などと言われると、どの口を持ってお前がそれを言うのかと、俺は問い質したくなる。しかも、どん亀が人類では無いことを考慮すれば、これはいわゆる「客観的見解」というやつなのかもしれないから、厄介だ。
それにあの独裁者とこの大統領を関連づけようというどん亀の主張は、俺に対する一種の誘導だと思える。そもそも俺という存在に、それほどの価値があるのか、またその背後にどんな意図があるのか、疑問なんだけどね。
演説の後、俺は大統領夫妻を上甲板の直ぐ下にある、俺の居住部分に連れて行った。無論シークレット・サービスや州知事とサンフランシスコ市長、それに大統領の腹心数人も、ゾロゾロと一緒だ。
自分自身大富豪であり、国内に何軒もの豪邸(自分用)や複数のリゾート施設(事業用)を持っている大統領は、五つの寝室と七つのバスルーム、広いリビングやダイニング、パーティ・ルーム、果ては会議室などが、最新でラグジュアリーな内装・家具で続いているのを見ても驚かなかった。
しかしそれが、貨物船の船艙を一層丸々潰して、海の上を移動していくという新規性には興味を持ったようだ。
『ふん、豪華客船を自分の家にしているようなものか? なかなかやるな、若いの! 気に入った』
『誤解しないでくれ、ダン。こいつは商売道具だ。我が社の製品を運ぶ貨物船に過ぎないんだ』
そこは小さい方のリビングで、お供たちは続きの広い方にいて離れていた。大統領は俺の背中をどやしつけようとし、握手した時のことを思い出して考え直したようだ。
『エース、君の会社から今後とも我が国が必要とする高機能素材を供給すると、約束してくれるな。君だってこういう、シンドバッドのような自由で豊かな暮らしを、失いたくないだろう』
「失いたくないだろう」とは! 何気なく威圧を掛けてくるな。
『俺は自由経済の信奉者ですよ。それにトライデント社は、俺がこの業界に乗り出した時からの、我が社のパートナーです。我々の利益を損なわない限り、我々は製品を売り、成長していきます。それが自由経済主義と言うもんじゃあありませんか、大統領?』
『ほお、ここにも自由意志主義者がおったか。確かに税金をむしり取られるのは、私も好きじゃあないが、無法に対抗するためには国家の強制力も、必要だぞ。そのために払う犠牲は逃れるべきじゃあない』
そうは言うが、何十億ドルもの資産を持ちながら、ダニエル・ランフが「節税」のため山ほどの弁護士を雇い(その費用は経費として計上)、実質年に数十ドルの税金しか納めていないことは、本人自身の公言するところだ。この男はそれを、自分が賢いからだと自慢していた。
『俺はアメリカ合衆国の国民ではありませんよ』
『希望すれば直ぐになれると約束しよう』
この男に、真面目な顔でそう保証されてもなあ。そもそも俺は、地球を征服しようとしているんだぞ。お前の国に奉仕するのは真っ平だ。そんなこと、正直には言わないけどね。
『豊かな自然、長い歴史やそれに培われた文化が、俺の祖国にはあるんだ、ダン』
『確かに、素晴らしい国だな。時々、我が国の五十一番目の州になればいいのじゃあないかと思うんだ。考えてもみろ、若いの。君の国の側には、危険な大国があるだろう』
『ああ、確かに。彼らは自国が四千年以上の歴史を持つと自称し、その主張のためには、他所から乱入して来た侵略者や互いに争っていた匪賊の群を、先祖として賞賛することも躊躇わない。しかし本当は、系統性も無いぶつ切りごった煮のあった場所に、たまたま現在居座っているだけに過ぎないんだ。無論、民族や文化としての継続性も無い。あの国は常に、前の王朝を滅ぼし、その血統を根絶やしにしようとする歴史を、繰り返してきた。本当は国と言えるのかも疑わしい、無法者の群だよ』
大統領は俺の罵倒が気に入ったらしく、『さっそく次の演説で使わせて貰おう』と言って、ニヤリと笑った。
まあ、歴史のことを言い出したら、どの国も五十歩百歩だ。下手をすると、天に向かって唾する行為になりかねないから、俺は公の場所ではやらないけどね。
それから大統領は、俺が自分と同種の人間だと言った。ただし今は、軍事力や人的資源、そして経済力と広い国土に支えられた天然資源や人口というバックグラウンドを持つ、自分の方が圧倒的に有利だということを忘れるなとも。
それを俺に再確認させ、製品供給の確約を得たことで、今回は満足したようだった。いや、別に俺は何も約束した訳じゃないんだけど、自分の持つ権力で、それを強制できると思ったんだろう。
つまりダニエル・ランフは、自分の方が強いぜーと叫ぶ、ジャイアンだ。
『あと十年もしたら、お前が日本の為政者になっているかもな、エース』
奴はそう言い残してヘリに乗り込み、俺の前から去って行った。戻って来なくていいぞ、うん。俺の目指す場所は、それよりもずっと大きいしな。
それに十年後、今の大統領の地位を占めているのは、間違いなく別の人間だ。




