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◆113◆

 国会議員の公設秘書としては、政策担当秘書、公設第一秘書、公設第二秘書の三名を置くことが国会法で認められ、その給与は国費負担となっている。


 この内、政策担当秘書は、資格試験合格者か選考採用審査認定者であることが必要だ。それに対して公設第一秘書・第二秘書に、特別な資格は不要である。


 これとは別に大臣・副大臣に付く秘書官は、大臣が選び政治任用となる政務秘書官と、省庁の人事で決められる事務秘書官の二名である。


 政務秘書官は選挙区対応、陳情の対応、党務など政治的な案件に対応し、事務秘書官は大臣・副大臣臣と役所との連絡調整に当たる。


 諸行事への出席、事務説明の日程管理、国会答弁の連絡などの担当も、主として事務秘書官の担当だ。当然、役所の所管事項全般についてある程度の実務経験者でなければならない。課長補佐経験者で、課長の一歩手前くらい、入省後十五年程度の者が多く、国家公務員総合職のいわゆるキャリアが送り込まれる。


 これに対して、大臣・副大臣が連れてくる政策担当秘書官の経歴は様々だ。上田のように代議士の事務所に飛び込みで入って、そこに職を得た結果この地位にたどり着く者も居る。


 ただし政策担当秘書官は国家公務員法上の特別職に当たるため、一般公務員のような身分保障が無い。上田の場合も、親分である松田副大臣の裁量一つで馘首される可能性が、常にあるわけだった。


 これに対して地方議会や何かに一度議席を得ることができれば、同じ子分と言っても、自分の選挙区ではそれなりの地盤を持つことになる。一国一城の主とまではいかなくても、親分の方だって子飼いの地方議員が集まって自分の選挙区を支えている面もあるから、そう無碍(むげ)な扱いはできない。


 元々政治家になりたいという志を持っていた上田にしてみれば、せめて地方議会の議員ぐらいにはと望むのは、当然であった。


「上田さんだって代議士にはなりたくないはずはないでしょう。正直な話」


「はあ、でもまあ、順番というものがありまして……」


「あなた、おいくつです?」


 ここで少し、上田の視線が揺らいだ。


「大卒後、松田の事務所に入って十四年。もう三十八になります」


「すると、ずっと松田代議士の事務所に?」


「最初の二年間は、他の仕事をしながら事務所に通って、手伝いをしてました」


「じゃあ、十六年にもなるんですね」


「はい」


「それでまだ、上がつっかえているってことですか?」


「まあ、私より若くても、縁故とか地盤とか、いろいろ優先される方もいまして……」


 確かに、見掛けというか物言いも、あんまりアピールするものが無いしな。真面目で地道に仕事をするタイプのようだが、票が取れるだけの魅力があるかと聞かれれば、返事に困るかもしれない。


 でも君嶋によると、実務能力は松田の事務所でもピカイチ、トラブルが起こった時の対処も腰が低く機転が利く、有能な人材だそうだ。


「上田さんは、国会内でも、それから各省庁にも、結構顔が利きますよね」


「私は地元にはずっと縁が無く、松田について国政(こっち)ばかりでしたので、顔見知りは多いです」


「うーん。じゃあ、私の援助を受けて代議士として立つ気はありますか? いや別に、副大臣に反旗を翻せと言っている訳じゃあ無い。松田さんも、自分の身内から一議席確保できれば、派閥の中でも幅が利くでしょう。嫌とは言わないと思いますよ」


 上田が困惑した顔になる。それはそうだろう。国会は閉会中だし、近々解散がある気配など、毛ほども無いからな。


「いや実はね、ある野党議員が市民として看過できない犯罪に手を染めていることを知りましてね。上田さんには、このスキャンダルを暴き、彼を辞職に追い込んで欲しいのですよ。欠員ができれば当然補欠選挙があるはずです。この男の非道を追及することで名を売り、その選挙区で立候補、いや当選してください」


「しかし、今の憲法下で不祥事を起こし、辞職勧告決議が可決された議員は六名いますが、誰一人としてそれに従った者はおりませんよ。任期が切れるか、有罪が確定するまで、全員が議席に居座っています」


 当然のことながら懐疑的な態度だし、うかうかと俺の提案に乗ってしまうほど政治に疎い男では困る。


「この場合、それは許されないでしょう。政治資金規正法第二十二条の五に該当する、外国人や外国法人から政治活動に関する寄付を受け、しかもその事実を隠蔽するために殺人まで犯しているのですから」


「殺人……ですか? 物騒な話ですが、眉唾ですね。そんなことがあれば、噂ぐらいは耳に入るはずです……が、聞いたことが無い。いったいその議員とは、誰なんです?」


「一応、表向きは自殺ということになっているが、選挙直前に対立候補が亡くなって当選した……」


「まさか北関東九区の仁田さんですか? いや、でもあれは、十年以上前のことですよ」


 松田の地盤と選挙区が近いとは言え、直ぐその名前が出てくるとはな。あの事件は、それなりに記憶に残っているのだろう。


「あの当時建設大臣だった仁田朝喜は、ゼネコン各社の談合についての告発を見合わせるように公正取引委員会に働きかけた斡旋収賄罪で告発され、最高裁での実刑確定で議席も失いました。でも刑期満了後に無所属で出馬し、当選しましたね」


「あの頃は、政治家が収賄で有罪になっても、刑期満了後十年間被選挙権を失うという、現在のような制度はありませんでした。仁田さんが失職した後の補欠選挙で国民党公認で出た方が当選し、次の選挙直前にその方が自殺したため、実質無競争で仁田さんが議席を得たという話も聞いています。でも……」


「あの時、ゼネコンから政界に賄賂が送られていることが判明したのは、その直前の丸山信康元国民党副総裁の巨額脱税事件で、押収された資料からだと言うことは知っていますか?」


「それは、まあ」


「それじゃあ、当時仁田さんの親分筋だった丸山さんが、中共や隣国の北側の国と近しい関係にあったことは?」


「丸山さんが超党派の議員団を編成して、あの二つの国を訪問したことは知っています。確かに仁田さんも、その議員団の一員でした」


「その時、丸山さんたちは水面下でいろいろ約束したらしいし、それがその後の、日本からの経済援助などに繋がったのも明らかでしょう」


 この辺は、あちらの国との国交の歴史に詳しい者なら常識として知っている。


「あの頃、中共の国力は今ほどではなかったし、資金的にも豊かではなかった。見返りとして丸山さんたちの派閥に、華僑系の企業から提供された政治資金も、十分な額ではありませんでした。だとすると、向こうはその不足分を補うのに、何を提供したと思いますか?」


「えーと、それは?」


「今もですが、日本にはあの二つの国から、少なくない数の工作員が入っていて、不正規な活動を行っていました。殺人、誘拐、強奪、暴行、脅迫等々。その中には公になった事件もあるから、誰にも否定はできないでしょう」


「じゃあ、あの自殺は……、いくら何でも……」


「殺人教唆は、殺人罪の正犯ですよ」


「選挙で勝つため、対立候補を殺させたと言うんですか? 私には信じられません」


「それ以後も腐れ縁というのでしょうね、関係は続いています。仁田さんにしてみれば、後ろ暗い弱味を握られているから裏切るわけにもいかない。あちらの国のために国政に働きかける見返りとして、今は豊かになった相手から、秘密裏に資金援助を受けている、と言うわけです」


 上田はまだ半信半疑で、呆然としている。中南海のアーカイブに侵入し、この事実を掘り起こしたのは、どん亀のネットワークだ。だから内容の信頼度は高い。


 問題は、上田がこれを利用して代議士になろうとするだけの野心の持ち主かどうかだ。ある意味、命懸けだと思う。だから資金援助など、バックアップはしてやるつもりだ。


 仁田が議員を辞職するかどうかについては、あまり心配していない。何故なら、隠された真実が露見しそうになった場合、あっちの国が仁田を生かしておくとは思えないからだ。


 下手に自白でもされたら、日本との関係が悪くなるだけでは済まない。世界中から非難の的に成り、面目を失うことになる。


 そうなる前に仁田にこの世から退場して貰うことを、あいつらなら選ぶと思う。


 なに、因果応報というやつさ。



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