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俺の軍事力造成プランは、どん亀との相談によって形を為しつつあった。アプローチの仕方はブレイン・ストーミング“もどき”である。“もどき”と言うのは、参加者がどん亀と俺だけなせいで、思考誘導を受けているような感が拭い切れないからだ。もっともこれは、どん亀と俺との知識量格差からして、今さらの事だ。
どん亀には、いざとなれば複数の国家群からなる現在の地球上の文明をバラバラに打ち砕くことで、自分に対する抵抗を排除するという選択肢が、常にある。
でも俺はそんなことは望まない。どん亀も、できるだけ俺の希望に添った手段で、どん亀本来の計画を進めるという所までは、妥協してくれている。どん亀が今のところ、自分の存在を表に出すことに消極的だという点も、俺には都合が良い。
どん亀の計画とは何か。それは人類の文明を加速し、恒星間空間に進出する方向へ育成することだ。多分そうだと思う。少なくとも俺はそう受け取っている。
どん亀の真の計画が別にあったとしても、俺には窺い知ることなど出来ない。
どん亀と俺の間に意思疎通が成り立っているように見えるのも、どん亀という人類の視点から見て超絶的に高性能なAIによる、世紀単位での人類研究の成果に負っているという事実を、忘れないで欲しい。
だから俺に、どん亀の真実を察知する能力など、期待してはいけないのだ。
とにかく、ある程度は、どん亀は俺の要望を聞いてくれる。それが肝心な事である。
それで再度言うが、俺の身の安全とどん亀の計画の実現のためには、それなりの軍事力の準備が必要だと思う。この点において、俺たちは合意を得た。
そして「説得」と「相手の行動の制御」の手段としての軍事力には、「歩兵またはそれに準ずる兵種」が欠かせないということになった。
どん亀から説明を受けるまで、俺は軍事力というのは、長距離を攻撃できるミサイルとか航空母艦とか、制空権を確保するジェット戦闘機や広い戦場を走り回り支配する戦車群とか、そんな物だと思っていた。
ところが、あらゆる戦争においてその結果を確定するのは、結局は「歩兵」の力であるらしい。
十分な「歩兵力」を持たない軍隊にできることは「破壊」のみで、軍事行動の「成果を得ること」ではない。それが可能な唯一の兵力は歩兵なのである。
それ故、これだけ脆弱に見え、時として「行進させるだけの玩具の兵隊」と揶揄されることさえある兵科でありながら、専門家は「歩兵は軍事力の基本であり、根幹を成す戦力である」と断言するのだ。
「機動歩兵という、千九百五十年代のSF小説に出てくる兵種があるんだ」
「合衆国ノ作家ガ書イタ、異星人トノ宇宙戦争ヲ描イタ作品デスネ」
「小説の内容についてはいろいろ思うところがあるだろうが、俺としては、あれに出てくる装甲宇宙服型のパワード・スーツみたいなのが欲しい。ただし、あんまりデカくないやつが」
「戦闘用ぼっとガ欲シイノデハナカッタノデスカ?」
「まず聞いてくれ。低スペックだけど実際に、パワード・スーツに類するものは試作されているんだ」
軍用の強化外骨格は、主に道路網の脆弱な山岳地帯や不整地での、重い装備をつけた長距離行軍を可能にする補助動力機器として開発され、合衆国特殊作戦軍に向けた試験的供与が、軍需製品メーカーのRテクノ社から始まっている。
こいつは百キロ近い荷物を背負って時速十マイル以上で走ることができる代物で、標準化された装甲装備も強力であり、自動小銃からの射撃を受けても全くダメージを受けていない様子の動画が公開されていた。その装備を着けた人間の姿は、まさに“鋼鉄の男”である。
難点は、筋力をアシストする動力装置を動かすバッテリーが、二・三時間(付加する装備の重さにより左右される)しかもたないことで、この問題の解決は容易ではないというのが一般的な評価だった。
しかしガード・ボットの製作で示されたどん亀の技術なら、比較的簡単に対応可能である。外骨格の装甲面や支持構造を高機能素材とレイノルズ現象を利用したリキッド・アーマー等により軽量化・強化し、動力源はガード・ボットに使っているパワー・ユニットをそのまま流用すれば良い。
どん亀にはこのコンセプトを拡張・強化した軍用強化防護服兼宇宙服を作成するようにたのんだ。宇宙環境に適応できる性能を求めたのは、核・生物・化学兵器が使用される戦場にも対応できるからである。
「ますたーノ要求ヲ検討シ、現状デ作成可能ナモノヲ設計シマシタ」
ヴァーチャル空間内に出来上がった装甲宇宙服のデザインは、性能を考えれば異様なほどスリムであった。
高さ二メートル程の人型をしており、身長百七十六センチで体重六十二キロの俺が、すっぽり入る大きさだ。これは俺のために製作される初号機であるから当然と言えば当然で、使用する人間と装甲服本体に付加される機能により、サイズはそれなりに変わってくる。
表面は艶消しの白色だが、色や模様の自動変更が可能で、それを利用した光学迷彩機能を持っていた。外見は、少し大きめで顔の造作の無い、筋肉質のマネキンと言ったところである。背中に小ぶりの甲羅のような、膨らんだ部分があり、そこにパワー・ユニットなどが収まっている。
「この装甲強化服は、将来リクルートした軍人に着せるつもりだ。そして戦闘用の兵士ボットは装甲強化服と同じ外見で、中の人がいない物を作る。宇宙服に必要な生命維持機能が省かれれば、その分パワーや戦闘関連の周辺機能を強化できるだろう」
「人間ノ軍人ニ、兵士ぼっとヲ指揮サセルツモリデスカ?」
「そうすることもできるが、基本的には対人折衝を担わせる予定だ。一種のヒューマン・インターフェイスだな。現地人を通訳として採用するようなものだ」
「尉官相当ノ指揮権ガアルト、本人ニハ錯覚サセテオクコトモ、デキマス。ソウスレバ、人格改造時ノ抵抗ヲ軽減スル結果ニナルデショウ」
自己判断の余地を無くすると、人間的な感覚を失い、ボットと変わらなくなる。それでは本末転倒だ。
「しかし下級指揮官だとしても、そういう人間に自由意志を持たせると将来、ローマ皇帝の親衛隊やオスマンの奴隷兵団みたいに、自分たちの利益を求めて行動するようにならないか?」
専門集団としての軍人の厄介な点はここである。軍に対する政治的統制に失敗した国家や支配者の末路は、碌でもない結果にしかならない。それは、歴史が証明していた。
いわゆる民主主義国家では、文民統制の名の元に軍を統制しようとしている。これは軍隊が絶対多数の国民という母体に従属していればこそ可能な手立てなわけで、それでも軍事産業との癒着など、軍や軍人が自らの利益追求に走る例は、枚挙に暇がない。
「常ニ監視下ニ置キ、ますたーノ利益ニ相反スル指示ヲ出シタ場合ハ、指揮権限ヲ剥奪シマス。ソノ場合ハ、別系統デノ命令ヲ優先スルヨウニシマス」
「見えない政治将校が配置されているみたいなものだな。それなら大丈夫だろう」
「スルトヤハリ、軍人ノりくるーとガ必要デス」
「その辺は、歩兵ボットをある程度の数揃えてから検討しよう。そういう人材を募集しても、指揮する戦力が無ければ手持ち無沙汰だろうからな」
装甲宇宙服のデザイン・コンセプトは、スマートでカッコ良い(つるんとした、あるいはのっぺらぼうな)亀人間ズでございます。これは要求諸元を基にデザインされており、決して「どん亀」に引っ掛けた訳ではありません。 2020.09.01. 野乃