◆10◆
先日どん亀からもらった十七枚の金貨を売りに行く。今度は仙台だ。秋田市まで出るのに三時間半、今回はスマホのアプリを使ったから迷わなかった。そこから高速に乗り、秋田自動車道と東北自動車道を走り、途中のサービスエリアで休んだのにも関わらず、同じく三時間半。朝六時に家を出て、仙台市に着いたのは一時過ぎだ。
仙台駅前のホテルにチェックインした俺は、駐車場に車を入れると近くの焼き肉店でランチを食べることにした。前月の収入がまだ二百万円以上残っているので、八千円のステーキ昼会席と千円のグラスワインを注文する。
お一人様なので遠慮してカウンター席に座ったが、テーブル面の幅が広い。おまけに椅子も肘掛け部分の広がった豪華仕様で、俺はかえって落ち着かず座りにくかった。この店には千円を切る安いランチもあるのに、何でこう無駄に豪華なんだ?
それでも出された料理は不満の無いものだった。ローストビーフの肉は軟らかく、味がある。その後ステーキの肉も美味かった。俺はグルメではないので、それ以上の説明はできない。ワイン? カッコつけただけです。すいません。
その後、たった一杯のグラスワインに酔った俺は、国分町二丁目にあるキャバクラの看板の前を行きつ戻りつしていた。昼飯食ったばかりの陽の高い時間にかってか? 『昼キャバ』とか『朝・昼スナック』とか『昼夜貫通元気クラブ』とか、訳の分からないものがあんだよ。真っ昼間から看板光らせてる!
そんでヘタレの俺は入店する根性が無く、足を疲れさせただけでホテルに戻った。デリヘル? だから俺はヘタレだって言ったじゃないか!
正直に言う。あのピンクの指輪が左手の小指から外せない時点で、俺は二十四時間どん亀にモニターされていると確信した。あいつがそう言った訳ではないが、ヘタレの俺は、あいつに監視されている状況下で『いたす』自信など無い。
ホテルの部屋に帰って、ルームサービスでオードブル盛り合わせとボトルワインを頼んだ。今回俺が泊まったのは、インターネットで予約したシティ・ホテルだ。一泊三万円台の後半で、前回秋田市で利用したビジネスより、ずいぶんランクアップしている。ツインの部屋を一人で利用という贅沢さだが、でもまだまだ想定の範囲内だ。
何というか、小心な俺が突然増えた収入に、無駄遣いでも良いから何とかお金を使いたいとジタバタしていた。だがいろんな意味で怖くて、その浪費ができない。そんな状況だ。つまり俺には、金を使う甲斐性が無いのだ。
多分どん亀という存在が無ければ、こんなにヘタレな俺でも後先考えずにキャバクラのおねえちゃんたちに札ビラを切って見せるとか、飲めもしない高価な酒を注文するとかが、できたかもしれない。
ところが『心的通話』いや、もう『心話』でいいや、こいつがいけない。
四六時中俺の行動が監視されていることは無視できる。でもどん亀が予測できない時に話しかけてくる、これがいけない。せっかく『無いもの』にして考えないようにしている、俺の努力が台無しだ。
俺はヘタレだけど繊細なんだ。いや、ヘタレだからこそ繊細だと言える。
俺自身にグダグダと愚痴を零している内に、寝落ちしてしまった。次の朝ホテルのビュッフェで朝食を済ませた俺は、市内で金製品の買取りをしている店舗に電話を掛けまくり、例の金貨の買い取り価格を問い合わせた。
どこの店舗も「現物を拝見してからでなければ……」と口を濁す中、「うちは東京価格を保証いたします!」と異様に明るい声で断言した店に、俺は金貨を持ち込むことにした。
別室に案内された俺が、一個一個不織布の小袋に包んだ一トロイオンスの金貨をテーブルの上に並べる。ちょいと眉をひそめた店員の表情は、袋から金貨を取り出して見ると驚きに変わった。
「きれいだ! 無傷の美品ですね。いや超優良品と言っていい。ケースに入っていない物は小さい傷やくすみがあることが多いのですが、どれも生産工場から出たばかりで誰の手にも触れられてない品物のようだ。二十四金の金貨は、ほんのちょっとのことでも傷が付いてしまうものなのですが……」
白手袋を履いた手で一個一個検品した中年の店員は、いかにも出所を聞きたそうな顔で俺を見た。でも、それはタブーだぜよ。
三十分ほど後、その店が提示した金貨の買い取り価格は一枚十八万百六十二円。十七枚で三百六万二千七百五十四円という、予想以上の高値だった。
「工場出荷時としか見えない超美品ですし、当店では店頭持ち込みで複数枚売っていただける場合は割り増しがつきます。しかも一昨日から金価格が高騰しているせいで、この価格になりました。ただし、この付け値は今日限りのもので、金相場の動き次第で明日以降はどうなるか……この価格を保証することはできません」
まあそれ、本当に出来たてだから。確か一昨日作ったって、どん亀のやつ言ってた。
「分かりました。その値段で引き取って下さい」
「では身分証明書のご呈示をお願いします」
「運転免許証でいいんですよね」
「はい、結構です。証明書のコピーを取らせていただきます」
これはあんまり嬉しくない。来月以降はどうしよう? 同じ系列の店舗ではなくとも、いずれ面が割れそうだ。仙台ではなくて、いっそ新幹線で東京まで出ようか。
帯封の切ってない百万円の札束三つをビジネスバッグに入れ、端数の六万余りを胸ポケットに押し込むと、俺は真っ直ぐホテルに戻った。
ホテルの部屋に入って、俺はベッドの脇にあるソファに腰を落とした。今回俺が予約したこの部屋は、シティ・ビューを謳う高層階のスペシャル・ルームで、床から天井の高さまで続く大きな窓から市内が眺望できる。
昨晩もカーテンを開ければ市の中心部の夜景が見下ろせたはずなのだが、そんな気になれず、シャワーも浴びずに寝てしまった。
ソファの前のテーブルに置いたビジネスバッグには、先月の分と合わせて百万の札束が五つ入っている。税務署の影に怯える俺は、金を売った分のこの金を銀行に預ける気になれなかったのだ。だって、勤めていた頃の俺の年収をはるかに超える金額だぞ。
石油ストーブを買って販売店に払った代金? 貯金を下ろして払ったよ。でないと、説明できないだろう、出所が。
誠次叔父の遺産だって、その前の俺の貯蓄だって、調べられれば一発で明らかになる。そして現在、俺には一切収入の無いことも。何しろ今の日本には、個人番号制度というものがあるんだから。
……俺はどうすりゃ良いんだ?