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8話:異世界バレンタイン

 どうやらバレンタインにはハロウィンが混ざってるようだ。


「なんでチョコ配るの?」


 学校内部に設置されたバレンタイン会場を通りかかり、私は思わず呟いた。

 祭というだけあって、大々的に学校行事としてやってるよ。バレンタインってそういうもんじゃないと思うんだけどなぁ。

 それに意中の相手に渡してるらしい生徒も見受けられるけど、中には籠一杯のチョコを片手に、声をかけられると渡す女子生徒もいた。


「バレンタインとは女性から男性にチョコレートを贈る行事ではないのでしょうか?」

「そこに意中の相手っていう括りはないの、スピちゃん?」

「それでは誰に思いを寄せているか喧伝しているようではありませんか?」


 あれか? 誰が好きか丸わかりすぎるバレンタインはこの世界の倫理観には合わなかったと?

 まぁ、これだけ身分がはっきり分かれてたら、同じ貴族でも好き合ってて結婚できるわけじゃないだろうし。政略結婚とかってありそうだよね、この異世界なら。


「そう言えば、なんでチョコ作り、スピちゃんのほうから声かけてくれたの?」

「今日限りメイドにも厨房が解放されますから、マリーさまは参加なさりたいのではと」

「さすがスピちゃん、わかってるぅ。あ、そうだ。こっちのバレンタインって、女性から女性にあげちゃいけないもの?」

「私はそのようなことを聞いた試しがございません」

「あちゃー、そうか。…………これ、スピちゃんにって作ったんだけど」

「はい!?」


 シュピーリエが声を裏返らせるところなんて初めて見たよ。

 しかも、なんかすごく慌てて顔が真っ赤になってる。


「そこまで変なことだった? ごめんね。けど折角だし、受け取ってもらえると嬉しいんだけど?」

「は…………はい…………、わ、私で、よろしければ…………」

「うん、スピちゃんだからあげるんだよ。いつもお世話になってます。これからもよろしくっていうお礼でね」

「わた、私、マリーさまに、作って…………おりません…………」

「今日のおやつにチョコケーキ作ってくれてるでしょ。それでいいよ。そう言えば、ホワイトデーもあるものなの?」

「それは男性から女性に…………いえ、そうですね。一か月後、楽しみにしておいてくださいませ」


 なんか、スピちゃんの目がすっごいギラギラしてる。やる気が迸ってるみたい。


「それではマリーさま、お部屋に戻ってお茶の準備を」

「待って待って。ここまで来たのは、先生捜すためでしょ。これ、先生に渡したいし」

「そうでございました。…………あちらにいらっしゃいますね。お呼びいたしましょう」

「あ、生徒が話しかけてる。待とうか」


 見れば、会場中にチョコを配り歩いている女子生徒が、ちょっと癇に障るクスクス笑いをしながらシオンにチョコの入った籠を差し出している。


「なんか、変だなぁ」

「そうですね。シオンさまはあまり生徒に人気のある教師ではございませんので」

「いやスピちゃん、そうじゃなくてね。ほら、あの女の子たちからチョコ貰って食べた男子生徒の顔見てよ」


 シュピーリエが首を巡らせた先には、紅潮した顔でチョコを配る女子生徒を見つめる男子生徒の群れがあった。


「…………多いですね」

「さっき、先生の前にチョコ貰って食べた生徒が、あの群れに入ってるの見たよ」

「お留めしてまいります」

「私も行くよ」


 私とシュピーリエは、女子生徒に押し負けてチョコを受け取ったシオンに向かう。

 生徒のただ中で大声を出すわけにもいかず、人を掻き分けるわけにもいかず。

 歯痒い思いをしている内に、シオンはチョコを一口齧ってしまった。


「失礼いたします」

「マリー?」


 私の登場にシオンは何かあったのかと表情を引き締める。

 そんなシオンの普段どおりの姿に、女子生徒は不思議そうな表情を浮かべた。

 私が女子生徒を警戒している内に、一歩遅れたシュピーリエが、意味深に耳打ちをする。


「わかった、すぐ行こう。すまないが、これで」


 女子生徒に断りを入れて会場を出るシオンから、シュピーリエは如才なく食べかけのチョコレートを受け取りハンカチに包む。


「急に会場を出ろとはどういうことですか?」


 シュピーリエはそれだけを耳打ちしたらしい。

 私が女子生徒の不審さを訴えると、シュピーリエは取って置いた食べかけのチョコをシオンに差し出す。


「私にはなんの変化もなかったようですが」

「それは女子生徒も不思議そうにしてた、ました」


 日を追うごとに、シオンに対しての慣れが口調の切り替えを困難にしてるなぁ。

 そんな私に苦笑を向けて、シオンはおもむろに小さくチョコを口に入れた。


「先生!?」

「…………む? これは、惚れ薬に使われる薬草の風味がありますね。チョコレートの香りに隠されているようです。疑って食べなければ、スパイスに紛れてしまう」

「そんなことわかるの?」

「これでも教師ですから。となると、校則違反を取り締まらねばなりません。幸い、この程度なら水でもかければ惚れ薬を口にした生徒も正気づくでしょう」


 私とシュピーリエは会場に残り、女子生徒のチョコを食べた生徒を把握する役目を請け負う。

 シオンは念のため主任教師や薬学の先生を呼んでくるとのことだった


 観察してる内に、チョコを食べた人の中にもパターンがあることがわかる。

 チョコ配りの女子生徒に目を奪われて群れ入りする人と、しない人がいた。


「どういうことかな、スピちゃん?」

「ただの惚れ薬ではなく、何か効果を発揮する条件が付けられていると考えるべきでしょう。元よりこの学園には魔法に対する耐性がある者ばかりですから」


 この学校の生徒は、惚れ薬なんて簡単には引っかからないものらしい。

 じゃ、先生もそうだったってこと?

 けど、チョコ配りの女子生徒は先生も惚れ薬にかかると思っていたように見えた。ってことは、教師でも条件さえ合えば惚れさせられる自信があった?


「あ、チョコ配りの顔つきが変わった」

「マリーさまは本当に他人の機微に敏感でいらっしゃいますね。慧眼恐れ入ります」


 そんなに褒めなくてもいいのに。

 シュピーリエは隙あらば褒めてくるんだよねぇ。


「あの緑色…………もしかして、あのチョコ配りイジドールに向かってる?」

「視線も固定されておりますし、そのようですね。本命が侯爵家継嗣とは、大胆というべきか、浅慮と言うべきか」


 つまり、無駄に配り歩いてたのって、バレンタインにかこつけてイジドールに流れで惚れ薬食べさせるため?

 侯爵家って偉い家の人間に一服盛るとか、確かに怖い物知らずなことするわ。


「ちょっと借りがあるから、止めてくる」

「マリーさま!」


 と勇んで向かったけど遅かった。

 イジドールはシオンと同じく礼儀的に一口齧ってしまったのだ。


「お話し中失礼いたします、イジドールさま」

「マリー?」


 ちょっと距離があったけど無理に声をかけたらこっちを向いてくれた。

 チョコを飲み込まないよう注意しようとしたら、チョコ配りの女子生徒が慌て出す。


「ダイザーさま、こちらを向いてください!」


 見る間に、イジドールは喉を上下させた。

 そのまま女子生徒のほうに目を動かすイジドールに、チョコを食べさせた女子生徒は勝利の笑みを浮かべる。

 見たら惚れ薬が効くってことか! 女子生徒と目の合ったイジドールの顔から、一瞬表情が抜け落ちた。

 直感した私は、シオンに言われたことを咄嗟に実行する。


「水よ、降れ!」


 私の言葉に応じて、イジドールと女子生徒の頭上からバケツをひっくり返したように水が降る。

 突然の水音と、濡れているのがイジドールであると気づいた周囲は、言葉もなく硬直した。


「…………な、なんてことをするの! メイドの分際で!」


 金切り声を上げたのは、チョコ配りの女子生徒だった。

 周りも私を責めるように見てるし、ここはさっさと謝って逃げたほうがいいかな?

 そう思って頭を下げようとすると、後ろから肩を掴み止められた。


「彼女は私に指示通りにしたまでですよ。心当たりのあるあなたはともかく、巻き込まれたタイザーくんには申し訳ないことをしましたね」


 シオンが私を隠すように背中に回すと、顔から水を払ったイジドールは、手に持っていたチョコを捨てる。


「…………いいえ。一瞬かかったのでわかります。助かりました」


 どうやらイジドールは私が水をかけた意図がわかったらしく、怒っている様子はない。

 シオン越しに目が合うと、微笑んでくれた。胸を撫で下ろす間に、今度はシュピーリエから肩を叩かれる。


「マリーさま、今の内に」


 シオンは女子生徒が惚れ薬を盛ったことを他の生徒たちに告げて、注目を集めている。

 その隙に、私はシュピーリエに連れられて会場を後にすることになった。


「先生、ごめんなさい」


 事態の収束を計ったシオンは、月が出てから教員宿舎に戻って来た。

 頭を下げる私に、シオンは膝を突いて私よりも頭を低くしてしまう。


「マリーさまが謝罪なさることではありません。ダイザーくんも礼をとのことです」

「でも、よく考えたら先生平気だったし、イジドールにも効かなかったかもしれなかったのに、いきなり水かけちゃって」


 冷静になって考えると、焦ってやりすぎた気がする。先生が水かければって言ってたのも、今思えばただの比喩だったんじゃないの?


「あのチョコレートに仕込まれていた惚れ薬には、意中の相手がいない者にのみ効くという制約が課せられており、ダイザーくん曰く、効果はあったとのことですから」


 魔法で効果を限定することで、効き目が強くなるということらしい。

 ちなみに、意中の人がいなければ、惚れ薬を口にしてから最初に目が合った人に惚れるんだって。


「あれ? そう言えば先生もチョコ食べてたけど、効かなかったんだよね?」

「そう言えばそうですね。あの時最初に見たのは…………」


 言いかけて、シオンは突然真っ赤になった。


「先生!?」

「ななな、なん、なんでもありません!」


 勢いよく立ち上がるシオンから一歩引くと、そのまま使用人部屋へと行ってしまう。

 思わず追おうとした私を、背後からシュピーリエが止めて、静かに首を横に振る。


「あれを、触っては、いけません。よろしいですね?」


 噛んで含めるような言い方に、私は思わず頷いてしまっていた。


毎日更新、全十六話予定

次回:メイドと先生(シオン視点)

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