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7話:異世界クリスマス

「すっごいクリスマスツリーだねぇ」


 私は城の玄関広間に飾られたツリーを見上げて呟いた。

 電飾で作ったおっきなクリスマスツリーなら良く見てたけど、生の木を切って持ってきたのは物珍しく見える。

 しかも二階建て一軒家よりも高いツリーには、上から下までしっかり飾り付けがされてた。星や松ぼっくりと言ったよく知るオーナメントも飾られてる。

 ただ、ちょっと突っ込みたい。


「さ、マリーさま。生徒が引いた今の内に願い事を書きましょう」

「七夕混ざってる」

「はい?」

「あー、うん。他所は他所って奴だよね。うん」


 願い事を書くのは短冊じゃなくてオーナメントなだけマシかな?

 私はシュピーリエに促されて、玄関広間の中心に向かった。


 部屋付のメイドや従僕にだけは、願い事を書くことが許されているらしい。

 ただし、生徒優先。

 だから私とシュピーリエは、生徒が少なくなるのを待って、小一時間端でツリーを見ていた。


「それでは、どのオーナメントにいたしましょう?」

「待ってる間に説明してもらったし、決めてるよ。聖女のオーナメント」


 私から見ると天使なんだけど、これ、この世界では聖女のオーナメントらしい。

 羽根に見える背中に広がっているものは、聖女を象徴するベールなんだって。

 オーナメントには家内安全とか子孫繁栄っていう元の意味があるから、各願い事はオーナメントに沿ったものがいいそうだ。

 ただし、聖女のオーナメントはまんま、七夕の短冊扱いで、なんでも書いていい感じらしい。


「願い事をどうぞ」


 代筆してくれるシュピーリエは、自分を後に回して私を優先してくれた。


「ありがとう。じゃ、円満無事でお願い」

「…………かしこまりました」


 ちょっと困ったように笑ったシュピーリエは、私の代筆に続けて自分の願いも別のオーナメントに書き出した。

 そうしてシュピーリエが俯いていた瞬間にことが起こったのは、不幸としか言いようがない。私もツリーを間近に見上げて、周囲への意識が散漫になっていた。

 瞬間、玄関広間に大勢の生徒が足早に押しかけてくる。


「…………うわ」


 願い事を書こうと私のほうに突進してくる生徒たち。

 もちろんメイドだから道を譲るために避けた。

 途端に、次々と私の前に生徒が入り込み、グイグイと壁のほうへと押しやられる。

 私は瞬く間にシュピーリエを見失った。


「まずい…………」


 押されに押されて、玄関広間から出そうになり、私はなんとか身を翻して玄関広間の中に留まった。

 と思ったら、玄関広間から出る廊下のほうに腕を引かれる。


「だ、誰?」

「おっと、乱暴にしてしまってすまない。危ないから、もう少しこっちへ」


 抱き留められるように勢いを殺されたけど、そのまま私は後ろ向きに引っ張られる。

 一つ角を曲がると、窓のある廊下は寒さにシンとしていて、玄関広間の騒がしさが届かなくなった。

 腕を放されてようやく振り返ると、そこには鮮やかな緑色の髪をしたイジドールが笑っている。


「あ、恩寵のひと」

「え? そういう覚え方?」

「も、申し訳ございません。失礼をいたしました」


 シュピーリエが言いそうなことを想像して頭を下げると、イジドールは一人で笑いだす。


「ははは…………。今までダイザーのって言われたことはあっても、恩寵のひとなんて呼ばれたことはなかったよ」

「はぁ? でしたら、ダイザーさまと、お呼びすればよろしいですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど…………。もしかして、何処のダイザー家かわかってない? 国内を転々としていたと言っていたし」


 勝手に納得したイジドールは、ダイザーと名乗る家は、男爵から侯爵まで多岐にわたると教えてくれる。全部元を辿れば初代ダイザー辺境伯という人に行きつくらしい。

 知らんけど。


「その、以前お会いした時に、侯爵家の方とは聞いております」

「あれ、知っていてそれなの?」

「それ、とは?」


 え、やっぱりシュピーリエの真似した程度じゃ駄目だった? なんかやらかした?

 答えようとしたイジドールは、何かに気づいた様子でばつの悪い顔をした。


「…………すまない。今のは忘れてくれ。その、侯爵家の継嗣として、色々、あって、だな…………。少し、自意識過剰になっていたようだ」

「あの、できれば失敗しないように、理由を教えてほしいんですが?」


 わけわかんなすぎて、忘れられそうにもないんだけど?

 私をチラチラと見たイジドールは、他言無用を条件に教えてくれた。

 どうやら侯爵という偉い人の跡継ぎということで、出会う女性は基本的に媚びを売って来るのが普通だと思っていたらしい。

 媚びるまで行かないまでも、心象を良くしようとする仕草が当たり前だったそうだ。


「こちらの思い込みで、その、君には失礼なことを言ってしまった」


 いや、わかるよ。それだけモテて来た人生だったんでしょ? わかるよ、その顔面ならね。高身長ならね。そこに将来の有望性が加わればね。

 だからそんな居た堪れない赤面しないでよ。

 なんか、渾身のボケに気づかず説明させた空気読めない人みたいじゃん、私が!


「お気になさらず。ダイザーさまもご苦労があるようで。家を継ぐとなれば大変でしょうし、無礼な質問にお答えいただきありがとうございました」

「え?」


 あれ? また変なこと言った?


「その…………由緒あるお家を継ぐとなると、責任も重いでしょうし、求められることも多いでしょうし、疲れることもあるのではないかと」


 あ、そうか。余計なお世話だよね。

 長男とか損だなって思ったけど、たぶんこっちの世界じゃそんな話じゃないんだ。


「…………俺の家のこと、聞いた?」

「はい? 侯爵家ということは聞きましたが?」


 なんか、寒い窓のほうに追い詰められるようにして近づかれる。


「それで、今の言葉が出てくるのかい?」

「だって、自由がなさそうだなって…………」


 思わず素で呟くと、イジドールは近づくのをやめてくれた。

 けど、なんか顔が怖い!

 イケメンだけど、イケメンがなんか真剣な顔してるだけで怖いし、なんでそんな顔してるのかわかんなくても怖い!

 声もかけられず固まっていると、聞き慣れた呼び声がした。


「マリー!」

「先生?」

「フォルライン先生…………」


 私とイジドールの近さに、シオンは顔を顰めた。

 そんな表情でイジドールは状況を思い出したように、私から一歩引いてくれる。


「先生、どうしてここに?」

「マリーこそどうした状況ですか? シュピーリエが見失ったと言って捜していましたよ」

「ご、ごめんなさい。人に流されたところを、ダイザーさまに助けていただいて、ここまで避難させてもらいました」


 あ、久しぶりに敬語使ってシオンに話しかけると違和感がある。

 日数的に四カ月くらいこっちの世界いるけど、だいぶシオンに慣れてたんだなぁ。


「タイザーくん、私のメイドが手間をかけさせてしまったようですね」

「いいえ、フォルライン先生。それではこれで」


 取り繕うように笑ったイジドールは、玄関広間のほうへ去ろうとする。

 角で足を止めると、肩越しに振り返った。


「次はイジドールと呼んでくれ、マリー」

「え、はい。…………え?」


 思わず返事をすると、シオンが無言で慌てた。

 シオンを見上げると、遅かったと言わんばかりに額を押さえている。

 イジドールは自然に笑って玄関広間へと消えて行った。


「マリー、何をしていたのか、教えてください」

「ほ、本当に助けられただけだよ、じゃなくて、ですよ」


 他の人に言わないって言ったし、なんか真剣だったし。シオンにも言っちゃ駄目だと思うんだよね。


「…………だったら、いいんです。さすがに侯爵家の継嗣に、私も強くは言えませんから」

「先生なのに? 侯爵だからにしても、フォルライン卿って偉いんでしょ?」

「私は、父の権力とは、遠い、ですから」

「あぁ、五男だから?」


 言った途端、シオンの表情が凍りつく。

 あ、なんかこっちも聞いちゃいけないこと聞いちゃった感じになった。


「し、知っていたんですか?」

「う、うん…………。初めて会う日に、スピちゃんが教えてくれて」


 最初からと知って、シオンは項垂れてしまった。


「すみません。五男などに回されて、落胆したことでしょう」

「え、なんで? 私が学校行ってみたいって言ったから、先生巻き込まれたんでしょ?」

「…………もしや貴賤の別がない天の国では、生まれの順序さえ問題にはならないのですか?」

「全くならないとは言わないけど、そういう場合って、長男だから面倒とかって言われると思うよ。五男だからがっかりなんてことはないけど」


 そこから財産の配分とか結婚の順序とか聞かれたけど、配分は平等、順序は関係ないと言ったら、シオンはすごく目をキラキラさせてた。

 何か五男ってことで嫌な思いしたことあるんだろうなぁ。

 本当に大丈夫か、親子仲?

 おじさんそんな悪い人に見えなかったけど、仕事で帰らないこともあるなら、家庭的な人ではないんだろうなぁ。


 なんて思ってたら、晩餐会の後で落ち合った時、私を見失ったことでシオンとシュピーリエが怒られた。


「ちょっと、おじさん! ツリーを見たいと言ったのは私だし、勝手にはぐれたのも私! 叱るなら私も一緒!」

「マ、マリーさま…………いやはや、なんとも…………これで聖女ではないとは」


 仲良くさせたいと思ってたからつい言っちゃったけど、フォルライン卿は驚いたみたいな顔して怒るのをやめてくれた。


「もはや、聖女召喚の条件を変える必要を感じなくなりますな」

「いや、そこは変えたほうがいいよ。私この学園に入学したくないもん」

「では、マリーさまはどのような条件が良いと考えられますか?」

「言い方は色々あると思うんだけど、ここでの生活を楽しめる子がいいと思うよ」


 楽しむには何かしら好意がなくちゃいけない。それは魔法に対してでも、誰かに対してでも、この世界に対してでもいい。

 そんな気持ちがあったら、こんな誘拐のような召喚で呼ばれても、ちょっとは協力してもいいと自主的に思ってくれるんじゃないかな?


毎日更新、全十六話予定

次回:異世界バレンタイン

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