6話:聖女の召喚条件
結局、シオンから貰った指輪は私の右手の薬指についたままだ。
というのも、シオンはわかってて虫よけも兼ねてつけたかららしい。
「マリーさまは故郷へと帰ることを第一にしておられますから、煩わしい思いをさせないようにと父より言い遣っておりました。もちろん、お気に召した方がおられるようでしたら、然るべき場を父が用意するでしょう」
「あ、いいです」
全力でお見合いをセッティングされる気配を察して、私はもう指輪の位置についてとやかく言わないようにした。
冬の気配が感じられるようになったある日、シオンが手紙を片手に私の部屋を訪れる。
隣は使用人部屋なんだけどね。来る時には、わざわざ前室に出てから訪ねてくるんだよ。律儀だなぁ。
「マリーさま、父よりご相談があるそうです」
「フォルライン卿が、私に?」
シオンは私の様子を定期的に手紙で送っている。
その際、私の要望を聞いてくれたりもするんだけど、向こうから要望があるのは初めてのことだった。
「代読しても?」
「もちろん。私、まだ読むの得意じゃないし」
召喚初日から会話に支障はなかったんだけど、読み書きは一から覚えなきゃいけないらしくて、今は勉強中。
ただ便利なのは、一度覚えた文法や単語は会話と同じく勝手に日本語変換されること。
最初は「apple」としか見えなかった文字が、林檎のことだとわかると、次に文章を見た時、林檎の部分だけ「リンゴ」と目に見えるようになるようなものだ。
なんだろうね、これ?
「…………要点を押さえますと、来たる聖女召喚の儀式に関して、マリーさまのご意見をお聞きしたいとのことです」
「今さら? あ、召喚直前に声聞こえるから、私の時みたいにしまったとか言わないほうがいいよ?」
「そんなことを言ってたんですか?」
シオンの声が震える。シュピーリエも絶句して固まっていた。
「ま、あれは不幸な事故だったとは思うよ。で、私にどんな意見求めてるの? まだ魔法習い出してそんなに経ってないし、聞けることなんてないと思うけど?」
「では、簡単に聖女召喚の儀式についてご説明します」
シオンは聖女を召喚する際の手順を教えてくれた。
「マリーさまもご覧になったとは思いますが、聖女召喚の術は、部屋一つを全て魔法陣として構成し、その中を魔力で満たすことで天の国の門を開くものです」
「よくわからないけど、続けて」
「マリーさまのその素直さは教師として大変ありがたい美点です」
そんな風に私を無意味に褒めて、シオンは続けた。うん、本当に嬉しそうに笑って褒めてくるのなんで? なんて今は聞かないでおこう。
魔法陣を設置する際、呼び出す相手に条件を付けることができるそうだ。
基本的には、女性であること、魔王に対抗できること、欲がないこと、従順であること、順応性があることの五つ。
「あ、だから日本人の女の子ばっかりか…………」
お小遣い増えてほしいなんていう欲はあっても、誰かを害したとは思わないし、自己主張するよりも周りと足並み揃える人のほうが多い。
「そんな指定ができるなら、昔はもっと身勝手な条件で呼び出された聖女いたんだろうね」
「過去の実例を集めた書物には、あまり詳細すぎる条件では召喚に失敗するそうです」
「へー…………って、あれ? 私、従順っていう条件に当てはまってる?」
「マリーさまは素直で他人と争うことを好まない方であると考えますが?」
「スピちゃんにそう言われると従順な気がするけど…………。私全然大人しくないよ?」
と言ったら今度はシオンから異議が上がった。
「いえ、マリーさまは生徒などよりよほど私の教えをよく聞き、こちらの都合でしかない三年後の帰還にも頷いてくださっています」
異世界からの誘拐という状況を把握していながら、暴れることもなく生活していること自体、シオンたちからすれば大人しいと見なされるらしい。
いや、こんなことでもなければ、異世界に来ることなんて、一生ないだろうし。私なりの打算の上なんだけどな。
「そう言えば、魔王に対抗できるって、この七属性がそうなの?」
私は掌にお手玉大の光球を七色生み出す。
「マリーさまそれは、人目のない場所でのみなさってくださいね? 修練場であっても、やってはいけません。もし教員に見られれば、卒倒します」
「そこまで!?」
「七属性の大魔法使いは過去存在しましたが、そうして七属性を同時に操ったという記録はなかったかと」
「そのとおりです。どころか、複数属性を別々に操ろうとすると、制御に失敗して惨事を引き起こすというのが定説です」
つまり、私が今しているような、七色のお手玉なんてできないと?
うーん、二人ともすごくよく褒めてくれるから、乗せるのが上手いなーなんて思ってたんだけど、これ、チートだったみたい。
「えーと、それで? フォルライン卿は私に何を相談したいの?」
「はい。今回マリーさまを召喚したことで、五つの条件で必ずしも聖女と呼べる方を召喚できるわけではないと言うことがわかった次第です」
吉日を占って聖女召喚が行われるのは、聖属性を呼び出すためじゃないかと仮説が立ったそうだ。
「それで、ですね…………、マリーさまを召喚した際、本当に呼び出すつもりがなかったためにもう一つ条件を付加していたそうなのです」
「何してんの、あのおじさん」
「すみません。本人は知的好奇心と手紙に書いているのですが。その、あえて一つわかりやすい不具合を仕込むことでもしもの誤作動を防止しようとしたのかと」
思わず言うと、息子のシオンが頭を下げ、遅れずシュピーリエも頭を下げる。
「あ、ちょっと呆れただけだから。で、なんて条件をつけて私を召喚したの?」
「助けとなっていただける方を、と」
「結果私が召喚された、と。その条件上手くいってるか確かめたいってこと?」
シオンは実父の行いを恥じているためか俯きがちに頷いた。
「マリーさまの召喚が上手くいったことで、もう一つ条件を付加できることもわかりましたので、どのような条件を付加するべきかをご相談したいとのことで」
「あー、私が本当に助けてくれるかどうかも兼ねるわけか?」
「もちろん、断っていただいても」
「いや、別に相談するっていうなら聞くくらいはするよ。最初はフォルライン卿たちの失敗だったにしても、死にそうな状況でもないし、帰れることだってわかってるし。意固地になる状況でもないからね」
シオンが精一杯時間作ってくれてるのもわかるし、シュピーリエには美味しい思いさせてもらってる。
その二人を私につけてくれたのがあの土下座させたおじさんなら、相談くらい乗ってやろうじゃないの。
「本当に何かの助けになるなら私も嬉しいしね」
「…………そう言っていただけるだけで、父の付加した条件が機能していることに疑いはありませんね」
「仰るとおりかと」
普段黙ってるシュピーリエが、珍しくシオンに同意した。
この二人、主従関係じゃないと聞いている。
あくまでシュピーリエの主人はフォルライン卿であり、フォルライン卿から貸与された私なんだそうだ。
で、息子でもシュピーリエが屋敷に仕えるようになった時にはすでにいなかったシオンとは、数えるほどしか顔も合わせてないんだって。
なんと言うか、シオン相手に身分的な一歩引いたところはあるんだけど、シュピーリエ個人にシオンを重んじたり尊重しようっていう気が感じられないんだよね。
シオンがシュピーリエに私関係以外で何か言うことはないから想像だけど、シオンに命じられても拒否するんじゃないかと思う。
だからこうしてシオンの発言に反応するのも珍しい。
「マリーさま、父はクリスマスに一度学園を訪れます。その際に」
「はい!?」
「どうなさいました?」
「先生、今クリスマスって言った!?」
「えぇ、聖女さまがかつて制定された祝祭で、天の国にもあると聞いていますが」
「お、おぅ…………。なるほど、聖女関係かぁ。あー、だったら正月とかバレンタインとかもありそう」
「ショウガツとは確か、ニューイヤーパーティですね。それは元からこの世界の習慣であります。バレンタインに関しては聖女さまがお決めになった祭です」
「はは、バレンタインが祭って…………」
うん、なんか異世界ナイズさてる気がする。
ただ聞く限り、クリスマスは冬の寒さが本格的になり始めた頃に行われる催しらしい。
「クリスマスが終わると学園は冬休みに入ります。ですので、長期休暇前の楽しみとして、例年学園を解放して祝われます」
「あ、だからクリスマスにフォルライン卿が来るんだ?」
「はい。クリスマスの晩餐会の招待客として来るそうです」
で、息子に会うんじゃなくて、学校のお客になって、私に相談事を持ってくる、と。
「先生はフォルライン卿とどんなお話しするの?」
「私ですか? 必要事項は定期連絡に書いていますから、特には」
すっごく素で返された。
やっぱり親子仲って良くないのかな?
うーんここは早めに相談終わらせて、親子で仲良く過ごさせてみるか?
私の世話がフォルライン卿の役に立つって言ってたし、父親から直接褒められる機会があってもいいと思う。
「ちなみに先生、今までで失敗した条件って何? 考えた末に失敗した条件提案するのもなんだし、教えて」
「そうですね。私も書物でしか知りませんから、一度父に聞いてみましょう。私が知っている限りでは、誰とでも仲良くなると言うのが酷い争いを引き起こした例ですね」
「え、それっていい条件じゃないの?」
あ、なんかシオンの目が死んだみたいになった。
「誰とでも、です。つまり、敵味方関係なく良好な関係を築いてしまい、聖女さまは戦うことをひどく忌避するようになるのです。そして仲良くの範囲に友愛や恋愛の別がなかったため、恋愛感情を持った味方の人間同士が醜い争いに発展しまして」
おう、そういうことね。
「うーん、私がこの学園の様子見て感じた感想って、フォルライン卿に報告した?」
「しました。百年前にはまだ将校課程がなかったため、ご指摘いただくまで兵科に忌避感があるとは考えもつきませんで」
「そりゃね。うーん、とすると戦闘好きとかは?」
「…………まだ聖女召喚が定着する以前に、敵味方関係なく剣を振る勇者が現れたと言い伝えがあるので、戦闘技能を持ち合わせる方を召喚することは忌避されています」
「私の世界でそういう人引き当てるの、相当な確率だってことは言わせて」
もしかして女性限定にしてあるの、暴れても取り押さえられるようにだったりするのかな? この世界だったらそんな打算ありそうな気がする。
「父への返事は私が代筆する形でよろしいですか?」
「うん、よろしく」
なんとなく手紙の文面見せてもらったけど、読める単語自体が少ない。
手紙をシオンに手渡すと、指先が私の指輪に触れた。
「あぁ、そこにつけ続けてくださっているのですね」
「うん、私が帰るつもりだから気を効かせてくれたんだし。ありがとう」
私のお礼の言葉に、シオンはちょっと複雑そうに笑った。
毎日更新、全十六話予定
次回:異世界クリスマス