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5話:漫画みたいなイケメン

 その日は珍しく、シュピーリエが私に対して渋い顔をしていた。


「マリーさまがメイドの真似事など」

「いやいや、ここにいる名目はメイドなんだし。ちょっとは手伝わせてよ」


 手の空いた時にシオンやシュピーリエから魔法を習ったり、気分転換と称して近くの山にピクニックに行ったり、正直楽しませてもらってる。

 だからこそ、毎日メイドとしての仕事もこなすシュピーリエに、手伝いを申し出た。


「私の国には、国民の義務っていう決まりがあってね、教育、勤労、納税の三つなの」

「なるほど。シオンさまがお聞きになれば喜びそうなお話ですね」


 そうだねぇ。なんか天の国についてすごく興味津々だもんね。

 いやー、受験終わったばっかでまだ習った内容忘れてなくて良かったよ。

 少なくとも、シオンに教えてもらうお礼として、こういう話聞かせられるから。

 じゃなくて!


「今は教育の義務しか果たしてないの。三つある内に一つだけ! せめて労働くらいさせて! お願い!」


 元の世界にいた時にこんな国民の義務なんて考えたこともなかったけど、ここは異世界。使えるものは使わせてもらう。


「マリーさまの、お国の、義務…………。ここはマリーさまの国ではないので、義務を果たさないと、罰則があるわけではございませんよ?」

「それでも落ち着かないの。義務って言われてること、放棄してるとさ。ね? スピちゃんもわかるでしょ?」


 仕事に真摯なシュピーリエは、否定もできずに押し負けてくれた。


「私の補佐として、お手伝いいただくだけなら。あくまで、私が主です。よろしいですね」

「うん、じゃなかった。はい! いつも部屋出されてたから何してるか興味あったんだ」


 そうして私はその日、メイドにも身分差が歴然とあることを知った。


「それでは次に、寝室の清掃に移ります」


 シュピーリエの命令に、三人のメイドが静々と従う。

 私? 私はただシュピーリエの斜め後ろに立ってるだけ。


「花瓶の水の交換は後で。花を生けるのはこちらで致します。ベッドメイキングも私がしますので、そのまま。窓の桟もお忘れなく」


 私への説明も兼ねて命じて行くシュピーリエに、メイド三人は口答えもせず淡々と作業をこなす。

 私語はない。もちろん笑顔もない。

 なんか、ビルの清掃員でももっとフレンドリーだと思う。


「スピちゃん、よろしい? 今の、普通?」

「はい、そうですが? 何かお気に触ることでもございましたか?」


 メイド三人が退出して、確かめてみたけど、あれが通常運転らしい。


「メイドにも格がございまして、私やマリーさまは主人のお世話を直接任されるメイドなのです。彼女たちは主人とは間接的にしか関わりのないメイド。これから向かう洗濯場には、洗濯専用のメイドがおり、彼女たちは主人の生活の場に立ち入ることもありません」


 ベッドメイキングをしながら、シュピーリエはそう説明してくれた。

 私? 私はシュピーリエを眺めてるだけ。

 これはシュピーリエの仕事だからって、手出しを拒否された。そこ、私が使ってるベッドなんだけど?


 シュピーリエは慣れた手つきでシーツ類を剥がし、整え、洗濯物を籠に入れて抱える。


「それでは参りましょう」

「いや、さすがに不自然だから、籠一緒に持たせて」


 渋るシュピーリエを説き伏せて、私は教員宿舎から、城の裏手へと向かった。


「ちょっとした村じゃね?」

「住み込みの者たちもおりますので」


 そうかー。使用人はお城には住めないんだー。住み込みなのにー。

 柵に囲われた中には、同じ形の家が幾つも並んでいる。

 その一角に大きな井戸と、広い石畳を持つ洗濯場と呼ばれる建物があった。

 ちょっとした工場みたいな勢いで、大量の洗い物を女性たちが捌いている。どれが誰のってちゃんと籠に印があるから、間違えないように大声で報せ合い、時には歌って作業の集中力を維持していた。

 彼女たちに至ってはメイドらしい制服もなく、年齢も年かさの人が多い。


「さっきの掃除の様子とは対極的だね」

「騒がしいので、長居することはお勧めしません」


 ちょっと残念に思いながら、私はシュピーリエに促されて洗濯場を後にした。

 シュピーリエが説明してくれたところによると、洗濯場の人はほぼ平民だそうだ。

 だから直接生徒にも教員にも接しない。王侯貴族ばかりだからね。

 シュピーリエのメイドとしての仕事も、主に格下のメイドを監督すること、郵便物の受け渡し、お茶汲みなど。ベッドメイキングを自主的にするのは、ただの趣味らしい。


「皺ひとつなく仕上げられた時の達成感は得も言われません」


 えっと、毎晩皺だらけにしてごめんね。

 なんてのんびり歩きながら、教員宿舎へ戻ろうとしている、一人の生徒が目に入った。


 良く見れば軍服にも似た詰襟の制服に身を包んだ男子生徒。

 身長は高く、顔つきは精悍。

 何より私の目に留まったのは、目の錯覚を疑いたくなるような緑色の髪を持っていたからだった。

 うわー、ゲームとか漫画にいそうな人が、現実に動いてるよ。


「マリーさま、不躾にご覧になってはいけません」

「あ、そうか」


 メイドよりも生徒のほうが明らかに格上なので、こっちから喋りかけることもいけないと注意されていた。

 …………んだけど。なんか、緑髪の生徒が、私を凝視してるんだよね。


「君、先日フォルライン先生と一緒にいなかったかな?」


 なんて思ってると、生徒のほうから声をかけて来た。

 シュピーリエに目で訴えると、一つ頷かれる。


「…………はい、そうです」

「やはりそうか。あの強い魔力の気配がなかったから、別人かと思った」


 あちゃー、指輪貰う前に認識されちゃってた。

 っていうか、私が生徒のいる場所歩いたのなんて、この間シオンに学校見学させてもらった時だろうなぁ。


「その指輪の力のようだね。美しい黒だな。瞳の色に合わせたのか」

「はい、先生…………フォルラインさまより、付けておくようにと」


 なんか、立ち話の態で話しかけられ続けてるんだけど。後さらっと褒められた?

 シオンが心配したとおり、高い魔力ってだけでなんか気にかけられるものなのかな?


「その顔立ちと髪の色、聖女さまの血筋に連なる出かい?」


 答え方がわからず、私はシュピーリエに助けを求める。


「お話のところ失礼いたします。彼女は国内を転々としていたため、その才能に気づかれることなくこの年まで育ちました。フォルライン卿のお気遣いにより、ご子息の下で基礎を学び始めたばかり。ご質問にはわたくしがお答えいたします」


 後で聞いたけど、私みたいな日本人顔、たまにいるらしい。

 それというのも、この世界で暮らすことを決めた聖女が過去にいたから。

 で、だいたい聖女を召喚するのは国で、聖女がこの世界に残ると国の要職に就く貴公子が結婚相手として宛がわれる。

 だから、貴族の中に日本人顔がたまに生まれるし、日本人顔ならいい所の家の出っていうのが相場なんだって。


「それはすまない。魔術長官の…………。あぁ、申し遅れた。私はイジドール=トゥ=ダイザー。見てのとおり、風の恩寵を受けた魔法使いだ」


 そう言って、イジドールは緑色の髪を額から払う。

 言っちゃえばキザの一言に尽きるんだけど、元の顔がいいせいか、なんか許容できちゃう。


「体色に属性の色が出るのは、大変稀なことで、恩寵と呼ばれます」

「なるほど」


 顰めた声でシュピーリエが教えてくれるけど、なんか今、耳元に不自然な風が吹いた。

 シュピーリエも気づいたみたいで、ちょっと責めるようにイジドールを見る。


「気づかれたか。もしや、二人は風の属性かい?」

「大変申し訳ございませんが、仕事がありますので失礼させていただきます」

「え? えっと?」


 なんだかシュピーリエの対応がこの上もない塩になった。

 理由を察しているのか、イジドールは気分を害した様子はない。


「残念。あの面白みのないフォルライン先生の恋人について、もっと知りたかったんだけど」

「恋人?」


 思わずオウム返しに口にすると、イジドールも驚いたような顔になる。


「その指輪、そういう意味じゃないのかい?」

「これ、魔力を隠蔽するって」

「いや、その指につけた意味は?」

「つけてもらったから」

「マリーさま」


 シュピーリエに半ば腕を引かれて、私はイジドールから離れる。

 イジドールを振り返ると、困ったように首を傾げていた。


「フォルライン先生のことだから、何も考えてない? いや興味がなく、意味自体知らないこともあり得るか…………。引き留めて申し訳なかった」


 呟きの後にイジドールは軽く手を上げて言った。

 うん、ちょっと待って。

 それってつまり、右手の薬指って、こっちでも恋人いますっていう意思表示なの!?


 教員宿舎に入っても引っ張られるままの私に、シュピーリエがフォローを入れてくれる。


「知っていたとしたら、マリーさまが軽薄な異性に煩わされないようにとの、お気遣いかと」

「知ってたらなんて前置きするってことは、知らない可能性のほうが高いってことじゃないの?」


 シュピーリエは私の問いに視線を逸らす。

 あー、否定できないんだ! 私のときめき返せ! あの朴念仁!


「もう! なんなの、あのイジドールって!」


 八つ当たり気味に言うと、シュピーリエは真面目に答えてくれた。


「ダイザー家の長男イジドールと言うと、侯爵家の継嗣であったかと」

「なんで長男ってわかるの?」

「…………トゥとは長男を指す名です。統一連邦では王侯貴族の名乗りにおいて、名の後に姓もしくは領地を名乗る以外に、名と姓の間に爵位、もしくは兄弟の順序を名乗ります」


 つまりあれか? イジドール=太郎=ダイザーって名乗ってたってことか。シオンが名乗るとすれば、シオン=五郎=フォルラインか。

 ふは、思ったよりも間抜けな感じになっちゃった。

 どっちもタイプの違う美形なのに、揃って野暮ったくなる。


 うん、ちょっと溜飲下がった。

 指輪のことはいいや。好きな指にはめていいか聞いて、いいならそうしよう。


毎日更新、全十六話予定

次回:聖女の召喚条件

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