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4話:希望はあっても夢はない学園

「それでは参りましょう」


 寝室から前室までの短い間、シオンに扉を開けてもらい、恭しい態度で促された。

 うひー、これが紳士か!

 今まで相手してくれてたの、シュピーリエとかメイドが主体だったから、なんか年上の男の人に丁重に扱われるとムズムズする!


「行ってらっしゃいませ、マリーさま」


 シュピーリエはメイドとしての仕事があり、私とシオンを見送った。

 今日はシオンが学園の中を案内してくれると言う。

 と言っても、すでに新学期が始まっており、この時間は授業中だ。シオンも教師としての仕事がある。

 ただ今日は午後から授業がないため、授業中の人がいない時間に案内してくれる手はずになっていた。


「ごめん、私無理言ったよね? 学校の中見てみたいなんて」


 人気のない教員宿舎の廊下を歩きながら、謝る。言葉は、人いないからいいか。

 先を歩いていたシオンは、驚いたように振り返った。


「いえ、そのような。私は父よりマリーさまの希望を叶えるよう命じられております。どうぞ、ご随意に」

「それ、結局は私が先生の負担増やしただけでしょ? うーん、魔術学園に興味持たないほうが良かったかなぁ」

「逆です。そうしてマリーさまがこの世界に興味を持って関わってくださるだけ、父も安堵しております。何せ、こちらの手違いでのことですから」

「フォルライン卿はいいんだよ。やらかした本人だし。でも、先生は違うでしょ」

「はい?」

「えーと、フォルライン卿が私の我儘でちょっと仕事の手を止めるのは、自業自得な感じがするけど、まさか息子に丸投げするとは思わなかったんだ」


 フォルライン卿が私を召喚したせいで家にまともに帰れない日々に陥った時も、少し罪悪感を覚えたのに。

 さらには手違いの召喚に関わりのないシオンが私にかかりきりなのも、どうかと思う。

 いや、せっかくの魔法学園だし、見学したいとは言ったけど。

 こんな時間作ってつきっきりで案内してくれるとは思わないじゃん。

 本当にこの先生って誠実っていうか、真面目っていうか。


「…………私は、今回のことを感謝しています」

「感謝?」


 予想外の単語に、私はシオンに出会ってからのことを思い返す。

 うん、完全に家庭教師よろしくこの世界の常識や魔法を習うことしかしてない。

 っていうか、シオン授業以外は私につきっきりだ。完全にプライベート犠牲にしてる。


「こんな機会でもなければ、私は父に頼られることなどなかったでしょうから」

「そうなの? 魔術学園の先生って、お城の魔術長官からすれば、青田買いのいい窓口だと思うけど?」

「アオタガイ?」


 どうやらこの世界に田圃たんぼはないらしい。

 スローライフで農業発展した聖女はいなかったようだ。

 シオンに青田買いの説明をすると、納得した様子で頷かれ、そして否定された。


「ここにいるのは王侯貴族の子弟ばかりです。入学した時にはほぼ進路が決まっています。決まっていない者も少数いますが、本当に少数ですから私が父に頼られるような状況ではありません」

「わー、ハイソサエティ」


 私の感想を仕舞いに、教員宿舎を出て、主従を入れ替える。

 メイドのふりをする時、シオンより先に口を開いてはいけないのだ。

 ただ、ちょっとフォルライン卿の親子関係が気になる。

 親子仲、上手くいってないの?


 私の疑問はさておいて、学校見学を楽しもう。

 校舎は城。運動場は複数。広さは見渡す限り山も含めてすべて。

 なんだここ? ちょっと規模が違い過ぎて楽しむまでテンションを持っていけないぞ?


「授業中ですので、質問があれば私の研究室に入ってからに」


 そうシオンに言われて、私は静かなお城の廊下を黙々と歩いた。

 ところどころで足を止め、シオンが声を潜めて説明をしてくれる。

 ただし、城の来歴やステンドグラスに描かれた物語の説明だった。

 うん、これ私が想像してた学校見学とだいぶ違う。これ、史跡見学だ。


 もっとも違うのは、漏れ聞こえる授業風景の音だった。


「第七次紅魔の侵略において、西側要衝とされた土地は何処だ! マクラミン!」

「は! ダーナン渓谷であります!」

「続いてここに示した防衛部隊が三日後の援軍を待つまでの間に行った防衛の要旨を述べよ!」

「は! 徹底的な籠城であります!」

「次、ベバッジ! この籠城における敗退理由はなんだ!」

「は、は! …………ひょ、兵糧の不足、であると考えます!」

「違う! 次、ジャンジャール!」


 怖いよ!

 なんでみんなして叫んでんの?

 シオン先生! ちょっと今すぐこの状況の説明お願ーい!


 私はシオンの研究室に入ってすぐ、授業内容を問い質した。


「それはきっと将校課程の授業ですね」


 何それ?

 説明になってなくない?


「そこの運動場でも、ちょうど隊列訓練が行われています」


 シオンが指し示す窓から外を覗けば、生徒らしい若者たちが号令に合わせて隊列を変更している。

 男女関係なく背筋を伸ばして動いてる姿から、迸る緊張感が窓越しでもわかる。


「あの、隊列訓練? の向こうで、走り込みしてるのは?」

「さて、隊列を乱した生徒への罰則でしょうか。私は兵科担当ではないので」

「ここって、軍学校だったっけ?」

「名称は魔術学園です」

「魔法、関係あるの?」

「もちろん」


 逆に不思議そうに首を傾げられた。

 え? 魔術学園がファンタジーの定番だと思ってた私がおかしいの?

 窓の外を見直してみるけど、ファンタジーって呼べる非現実的な要素が見当たらなくない?

 いや、良く見ると髪が緑色の生徒がいる。

 え? あれって地毛?


「軍役はわかりますか? もしや、長く戦争がないために、天の国にはないのでしょうか?」

「ないねぇ。自分で望んで専用の学校行く人ばっかり」

「それは、また…………」


 軍役ってあれでしょ?

 国民だったら一回は軍に入って訓練受けろっていう。外国にはあるって聞くけど。


 シオンはこめかみに指を当てて考え込んでた。


「言葉自体はあるのですね? でしたら、ここ統一連邦には魔法使いに対する軍役があります」


 どうやら、この世界における魔法って、戦場だと銃や大砲の代わりらしい。

 だから、貴族であっても魔法使いはこうして戦うことを学ぶのが当たり前なんだって。


「魔術学園に入学することで、軍役は短縮されます。また、ここの卒業生は指揮官として配属されますから、将校課程を経ることになるのです」


 うん、全然意味が分からない。

 ただ、魔法に夢も希望もないのはわかった。


「なんだか投げやりな表情ですが、いいですか?」

「はい、続けてください」

「魔法を使えない平民の兵役は男性限定ですが、魔法使いであれば男女関係なく兵役が課されます。男女の体力の差は考慮されますが、基本的に魔法の威力に性差は関係ありませんので」

「なるほどー」

「ただ、行軍を行い戦場へ行くにも基礎体力や乗馬の技術、野営地での心得がなくてはなりませんので、魔法使いにおいて兵役に男女差はなく、同じ訓練を受けることになります」


 本当に夢も希望もない。

 …………って、聖女洗脳して戦争に放り込むなんてしてた世界だった。

 最初から期待しちゃ駄目だったのかぁ。

 そう考えると、私、ここの生徒になれなくて良かったんじゃない?

 うん、良かったよ。私に希望は残されてる。

 体育会系のさらに上を行く軍系の学校なんて入りたくないや。


 私が深く頷きを繰り返していると、質問はないと見てシオンは話を切り替える。


「それではマリーさま、ここに来てもらったのは一つお渡しする物があったためです」

「何なに?」


 今はこの期待外れ感を覆す物ならなんでもいいやー。

 そんな投げやりな気持ちで、机の引き出しを開けるシオンに近づいた。


 シオンの研究室は、木材が目につく内装で、煉瓦の壁に囲まれていたお城の廊下よりは落ち着く。

 ただ魔法的なアイテムはないし、書類らしき羊皮紙が積み重なっているのを見る限り、事務的な部屋だという印象だ。


「こちらを」


 そう言って、シオンは掌に収まる小箱を開いた。

 布の張られた箱の中には、模様の彫られた金属のリングに楕円形の黒い宝石が飾られた指輪がある。


「指輪? 渡す物って、私に?」

「はい。こちらは魔力を抑制する作用のある魔法をかけた物で、マリーさまの強い魔力を隠蔽するための装飾品となっています」

「あ、そういう…………」


 いきなり箱から指輪出すって、ちょっと勘繰っちゃったじゃん。

 いや、プロポーズされるような間柄じゃないけど、やっぱりちょっと、ね!


「父から私に預けられた言い訳として、遠縁の魔力の強い娘という設定だったのですが、そこに七属性が加わると、もはや一般人とは言い切れないのです」

「えっと、異世界から召喚されたってばれるかもしれないの?」

「そうです。高魔力ならこの学園の中にもいます。ただ、七属性まで持ち合わせているとなると、マリーさまの素性を深く探ろうとする者も現れるでしょう」

「だから、手っ取り早く魔力を抑えて、目立たないようにさせようってこと?」


 頷いたシオンは、じっと私の手を見る。

 そして、箱から指輪を取り出すと、片手を差し出してきた。


「マリーさまには害はありませんので、どうかお手を」

「う、うん、はい」


 思わず差し出されたシオンの手に指を伸ばす。

 すると、優しく私の右手を掴んだシオンは、迷いなく薬指に指輪を通した。


「う、え…………」

「何か違和感でも? 私の自作なので職人の細工には劣りますがサイズは合っているはず」

「や、違う違う!」


 シオンは指輪の収まりが悪いのかと心配そうに見てくる。

 その様子に他意はなさそうで、なんだか過剰反応した自分が恥ずかしい。

 右手の薬指って、恋人が指輪つける場所じゃなかったっけ?

 いや、でもここ異世界だし。そう言う意味合いないのかも? それか、この指に着けないと効果がないとか?


「手入れはシュピーリエに命じてください。それ以外では、どうか外されませんよう」

「う、うん、わかった。その、わざわざ用意してくれて、ありがとう、ね」


 そしてそろそろ手を放してください!

 なんか一々手つきが優しくて、そんな扱い受けたことない庶民はどうしていいかわかりません!


毎日更新、全十六話予定

次回:漫画みたいなイケメン


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