3話:人生初のメイド服
首元まで詰まった黒のワンピースは踝丈。
真っ白なエプロンは肩に大きく襞が寄せられていて、盛り上がったワンピースの肩をさらにボリューミーにしていた。
ツートンカラーのザ・メイド服! 私はちょっと浮かれて一回転してみる。
「なんか、これぞって感じだね」
「この学園のメイド服は周辺では珍しい形になっておりますが。なるほど、天の国ではこれが良くある形なのですね」
「そっか、スピちゃんが着てたのって、上下別だし、エプロンも前掛けだけだったね」
「はい、マリーさま。補足いたしますと、頭巾と肩掛けもメイドの制服の一部となっております。そう考えると、このエプロンは前掛けと肩掛けを一体化した物ですね。ヘッドドレスは頭巾を簡略化したと言うところでしょうか」
「なんか、スピちゃんって頭いいよねぇ」
「ありがとうございます」
ニコリともせず答えるシュピーリエは、私と一緒に教員宿舎の一室を占拠していた。
「先生、着替え終わったよ。入って入って」
「失礼。不都合はありませんか?」
「大丈夫。っていうか、先生こそいいの? こっちの大きい部屋私に回して?」
ここは先生ことシオンに用意された教員宿舎の一室。
ウォ-クインクローゼットのついた広い主寝室なんだけど、そこを私に明け渡すと言う。
当のシオンが何処で寝るかというと、前室と主寝室に出入り口のある使用人部屋だ。
うん、使用人部屋つきってあるんだよ、この学校。
前室はなんか応接室っぽい感じで決して狭くないし。
日本のワンルームマンションよりよっぽど広い。
「スピちゃんもさ、ウォークインクローゼットで寝起きせずに、私と一緒にこの部屋使っていいんだよ?」
「「それはいけません」」
声を揃えて止められた。
なんか、身分的な区分はしっかりしなきゃいけないとか、面倒な話をされた。
すごく二人とも熱弁してたから、この世界じゃ大事なことなんだろう、と思ったら、切り捨て御免的なことも場合によってはあるらしい。
「怖! 無礼だったら殺してもいいって、あんまりじゃん! 命をなんだと思ってんの!? 偉い身分があるなら、そこは寛大な心で許そうよ」
って言ったら、なんかシオンもシュピーリエも和んだ表情になった。
なんで?
「その考えが天の国の常識であるなら、召喚される方は正しく聖女さまなのでしょう」
「マリーさまも魔王封印の力さえあれば、聖女に相応しいお方です」
「いや、それは言いすぎだよスピちゃん。私が言ったのなんて…………」
常識でしょって、言えないのがなぁ。
切り捨て御免なんて、江戸時代の話だし。時代によって常識は違うっていうのを実感させられた。
簡単な教員宿舎の施設説明を受けて、私たちは修練場という体育館のような所にいた。
教師用の魔法練習場らしい。先生も腕磨かなきゃいけないんだって。
「それではまず、マリーの魔法の属性を調べることにしましょう」
今は他に人がいないけど、人目があるかもしれない所では、シオンは私に敬称をつけない。シュピーリエは敬称をつけたままだけど、メイドも家門で格がわかれるから、そこはスルーでいいらしい。
身分って面倒臭いなぁ。四民平等考えた人、すごいグッジョブじゃない?
「ではシュピーリエ、手本を」
「はい。マリーさま、この水晶に手を翳し、三つ数えながら呼吸を繰り返します」
そうして集中するように目を閉じたシュピーリエは、静かに呼吸を繰り返す。
すると、ぼんやり手が光り始め、水晶の中へと吸い込まれて行った。
「緑色に輝きましたね。これは風の属性を表す色です」
説明しながら、シオンはシュピーリエが手を引いた水晶に、片手を翳した。
「そして、この白が金の属性。次に、黒く光ると地の属性になります」
「なんで先生は光の色が変わるの? 複数の属性ってあり?」
「ありです。複合属性は珍しいですが、ないわけではありません。さ、まずはやってみてください。聖女さまの中にも複合属性の方はいらっしゃいましたから、色の変化が落ち着くまで、水晶に手を翳し続けてください」
シオンに促され、私は水晶に両手を翳す。
目を瞑って手に集中し、呼吸を数えた。三回ほど繰り返すと、なんだか掌が温かくなる。
目を開けたら、赤い光が浮かび上がっていた。
「もしかして、火の属性?」
「そのとおりです、マリーさま。まあ! まだ色が変わっています」
シュピーリエが珍しく興奮した声を出した。
「青? …………相性の悪い水の属性ですね。扱いに気をつけないと、え?」
「あ、今度は白くなった? 先生、これは金の属性なんだよね?」
「そ、そうです。属性が三つも、いえ…………まだ色が変わってる…………」
見ていると、光は赤、青、白、黒、緑、黄、桃の七色が現れた。
するとシュピーリエが信じられないと言わんばかりに声を震わせる。
「…………七属性…………?」
「これは驚いた。強い魔力をお持ちだとは思っていましたが、まさか七属性とは」
「え、すごいこと? 七属性って、これで属性は全部じゃないの?」
「いえ、ほぼ全てです。ただ、魔王のみに当てはまる闇の属性と、聖女さまのみの光の属性があるだけですので」
どうやら私は魔王と聖女に限定される以外の全ての属性を備えているらしい。
つまり、どんな魔法でも覚えさえすれば使える、と。
なかなかチートな感じじゃない? これはちょっと舞い上がってもいいかもしれない。
「なるほど、これだけの素養を持ちながら、聖女さまでないのは、魔法の属性も起因するということか。いや、まず聖女召喚の儀式で呼び出されたことを考えれば、聖の属性を持たない理由とは…………」
「先生、先生。研究熱心なのはいいけど、今は魔法教えてー」
「は! これは失礼をいたしました」
シオンは魔法研究に熱心らしく、私に興味津々だ。
嘘です。
私じゃなくて、私を召喚した聖女召喚の儀式と魔法でのみ繋がる天の国に興味津々です。
なんかちょっと悔しいから、早めに思考を引き戻した。
「ねぇ、私の魔力強いっていうけど、どれくらい強いものなの?」
「そうですね。今の学内では一番と言えるでしょう」
「シオンさま、今の学内と限定する理由をお答えいただけますか?」
ちょっとむっとしたシュピーリエに苦笑しながら、シオンは言った。
「来年には、並ぶ魔力を持つと思われる聖女さまがいらっしゃる」
「聖女って、必ず魔力強いものなの?」
「伝承ではそのようです。過去の研究書を見る限り、最初は異世界から召喚した者が皆、高魔力を持つために戦力として期待され開発された魔法だったようです」
その頃には聖女だけではなく、勇者も召喚されていたらしい。ただやることは一緒。魔王との戦争だ。
結果、聖の属性を持った聖女を使役する形が一番呼び出した国にとって都合の良い方向に運んだため、聖女召喚という儀式が確立したそうだ。
「碌でもないなぁ」
「「申し訳ございません」」
「いや、先生とスピちゃんが謝る必要はないよ。どっちかって言うと、私が召喚された今の好待遇をお膳立てしてくれた過去の聖女さまたちに感謝かな」
そっかー、別に魔力強いのは普通なんだぁ。
調子に乗らないでおこう、うん。
それから、私はシオンに魔法の基本を教えてもらった。
シュピーリエは最初から魔法を使えたので、教わってるのは私だけ。
「スピちゃんは何処で魔法習ったの?」
「幼い頃、家庭教師から教わりました」
「へー、この世界じゃ魔法って小さい頃から使えるものなんだ?」
「小さい頃というよりも、貴族なら早い内に魔法の適性を調べますね」
「うん?」
シオンの言葉にシュピーリエを見る。
「貴族? 先生が?」
「私もそうですが、シュピーリエも貴族の子女です」
「え、えー!? 私のメイドなんてやってていいの!?」
驚いたら、逆に驚かれた。
「シュピーリエ、どういうことだろう?」
「…………推測ですが、マリーさまは高い教養と清い道徳心をお持ちですが、どうも平民に近い暮らしをしていらっしゃったようなのです」
「つまり、メイドを使わずに日常生活をご自身で? …………まるで修道女のようだな」
「なるほど、言い得て妙ですね。聖職者とは、マリーさまのようにあるべきなのでしょう」
「おーい、なんか妙な話になってない?」
それから説明されたことによると、いい家のメイドとは、格下の貴族の娘がやることらしい。格下の貴族の家ではさらに格の劣る家の娘がメイドをする。
もっと下になると、貴族の血は入ってるけど、貴族じゃない、ありていに言うと妾の子なんかがやるらしい。
私も格下貴族という名目で、行儀見習いとしてシオンのメイドになっているんだとか。
うん、本当に身分制度徹底してるな。
貴族の相手は貴族じゃなきゃできないんだって。それが、生活に関わる雑事だとしても。
「ちょっと思ったけど、この異世界転移、夢も希望も薄味じゃない?」
「マリーさま、私の料理ではお口に合いませんでしたか?」
「あ、違うよ。ちょっとこの世界にまだ慣れてないだけだから。スピちゃんの作るレモンパイとか、すっごい美味しい」
日本じゃそんなの食べたことなかったけど、全然酸っぱくないし、レモンいい匂いだし、美味しいんだよね。
後、紅茶飲む習慣なんてなかったのに、毎日シュピーリエが用意してくれるから、すっかり三時になるとお茶したくなる体になっちゃった。
「それでは、今からお茶の用意をいたしますので、失礼させていただきます。パイ生地は、昨日お屋敷で準備した物を持参しておりますので」
「わーい、レモンパイ!」
私が両腕を上げて喜ぶと、シュピーリエは微笑んで修練場を後にした。
「マリーはすごいですね。あの気難し屋を微笑ませるなんて」
「スピちゃんが気難しい? 素直だし、駄目なことははっきり言ってくれるいいメイドさんだと思うけど」
「ふふ、では私も良い教師であると言っていただけるよう、気をつけましょう」
「え、先生十分いい教師だよ。ここに来ること決まってから、お世話になりっぱなしだもん」
シオンは灰色の目をいっぱいに見開いた。
「わからないところあったら、すぐ調べて教えてくれるし、私がこっちの常識から外れたこと言っても怒らないでいてくれるし。なんか、先生には教えようって誠実さがあるのがわかるんだ。だからいい先生だと思うよ」
「そ…………んなことは、初めて言われました」
「あれ、そうなの? あー、私の世界だと七歳から最低でも九年は教師に関わるから、それで色んな先生知ってるせいかも」
高校も行ってるから、考えてみれば一クラスできる数の教師と関わってる。
なんて考えてたら、シオンは突然私の手を取って額に押しいただいた。
「あなたの評価に恥じない人間であれるよう、これからも精進いたします」
「えっと、うん。これからもよろしく!」
どうすれば正しいのかわからなかった私は、とりあえず元気に肯定しておいた。
いきなり手繋いで、何してんのー! 女子高生にお触りしたら警察沙汰よ!? 先生として褒められたの、そんなに嬉しかった? いや、まさかね。
…………この距離感、この世界の普通なのかな?
毎日更新、全十六話予定
次回:希望はあっても夢はない学園