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15話:イジドールを巻き込む

 冬の風の中でも優しく微笑むシオンに、頬を染めて寄り添うコレカの姿があった。

 教員宿舎の中から見下ろしていると、シオンは立ち止まってコレカに何かしらを告げる。

 するとコレカは頬を膨らませて拗ねたふりをして見せ、それにシオンがさらに何か言うと、機嫌を直してまた笑みを浮かべた。


「…………つ、疲れる」


 部屋に戻ったシオンは、私が前室にいることに気づかず、そう吐き出した。


「先生、お疲れさま。外は寒かったでしょ? 紅茶あるから飲んで飲んで」

「え、あ、マリー? 今の、聞いて…………?」


 慌てて背筋を伸ばそうとするシオンに、私は腕を引いて前室のソファに座らせる。

 私の声を聞いて紅茶をカップに持ってきてくれたシュピーリエは、シオンをチラ見して小さく溜め息をついた。


「マリーさまと先ほど、聖女と仲睦まじく歩いているお姿を拝見いたしました。よろしかったですね? 聖女さまを妻に迎えれば、将来安泰。下にも置かれぬ地位が約束されるでしょう」

「ま、待て、シュピーリエ! 私はそんなつもりなどない!」

「それは、フォルライン卿におっしゃってください。ご子息が聖女さまに気に入られたと聞けば、大層お喜びになられるでしょう」

「コレカさまに前向きになっていただくため、仕方なく、いや、職務を厭うわけではないが、決して疚しい気持ちなどない! それに、私は子供相手に思うところなどないんだ」


 必死に弁明するシオンに、私は思ったことをそのままに口にする。


「そっか、先生からすれば私も子供なんだ」

「マリー!? 君は十分大人らしい振る舞いも気遣いもできるじゃないか」

「いやだって、コレカ十六なんでしょ? 私ここ来た時十八でそんな変わらないよ?」

「はぁー…………」


 何故かシュピーリエがすごく重い息を吐いた。そしてじっとりした視線をシオンに向ける。シオンは膝に肘をついて指を組むと、視線を避けるように深く項垂れた。


「コレカさまは、十五くらいにしか、見えない。マリーは年相応だと、思う」

「見た目私と変わらないって。それに私の世界の成人二十歳だから、確かに子供だし」


 って答えたら、シュピーリエが上からシオンを睨み下ろす勢いで見つめてる。

 シオンもその視線の強さを感じてるみたいで、どんどん肩が縮こまってた。


「前から気になってたんだけど、二人って、仲悪かったりする?」

「シオンさまに好悪の感情はあまりなかったのですが、今はマイナスに傾いています」

「ぐぅ…………」

「スピちゃん、先生が傷ついてるからやめてあげて。コレカがまたヒキコモリに戻らないよう、頑張ってくれてるんだしさ」


 コレカが恋愛フラグ建てに失敗してヒキコモリになってから、シオンは定期的にコレカと話、どうやら好感度を稼いでしまったらしい。

 元が前向きすぎて人の話を聞き流すコレカは、シオンの個人授業を受けて遅れを取り戻しつつ、どうやら懐いてしまったんだとか。


「私も頑張らなきゃ。というわけで、ちょっと出かけてくるね」

「出かける? もしや、ダイザーくんのところか? それなら私も一緒に」

「先生は休んでて! 授業もしてコレカの相手もして、疲れてるのは顔色に出てるんだから。スピちゃん置いて行くからゆっくりしてて」


 気を効かせて言ったつもりだったのに、何故か二人揃って拒否された。


「私よりもマリーの言葉のほうが受け入れやすいのはわかっている。ただ、二人きりで会うのはやめてほしい」

「マリーさま、私の仕事はマリーさまのお世話です。シオンさまではありません」

「でも、先生一人で大丈夫?」


 本当にここのところ疲れた顔をしているから、正直一人にするのは心配だ。

 ソファに座ったまま私を見上げたシオンは、柔らかく微笑む。


「マリーに心配してもらえて嬉しい反面心苦しいな」

「妬いてもらえない時点で焦ってください」

「ぐぅ…………」


 シュピーリエが何かを囁くと、途端にまたシオンが苦しそうな唸りを上げた。


「それでは行きましょう、マリーさま」

「え、あの状態の先生置いて行くの!?」

「大丈夫です。シオンさまは己の不甲斐なさと戦っているだけですから」


 シュピーリエの冷めた言葉を肯定するように、シオンは苦笑を浮かべて手を振る。


「ただ、早目に戻ってきてくれると嬉しい」


 どうして早く戻ってほしいのかはわからないけど、私はシオンに笑顔で頷いて教員宿舎を後にした。


 そして、最近イジドールがいることの多い、校舎から離れた林の中に入り込む。すると、予想どおりイジドールが一人木漏れ日を眺めていた。


「いたいた。イジドール、寒くない?」

「他人のこと言えるのか、マリー? ま、君が来ると思ってるからここにいるわけだけど」


 何か用事かな? と思って聞こうとしたら、シュピーリエが珍しく口を挟む。


「マリーさま、お戻りはお早めに」

「あ、そうだね。うーん、よし。イジドール、ちょっと話があるんだ。前に味方に引き入れたいって言ったの覚えてる?」

「…………君が何者なのか教えてくれる気になった?」


 なんで無駄にウィンクするの? そんなの芸人が受け狙いでしてるところしか見たことないよ。イケメン何やっても決まるってすごいね。


「正体なんて大袈裟なものはないけど、私の秘密一つ教えてあげる。その上で、話を聞いてほしい」


 ここにはイジドールを仲間にして、コレカ対策に協力してもらうために来た。

 さすがにこのまま攻略対象じゃないシオンに任せきりだと、ゲーム通りいかないし、シオンの負担が大きすぎる。

 私の面倒見てコレカの世話をして、なんてシオン働きすぎだよ。


 私は胸の前で両手を開き、属性別の光球を生み出し、お手玉をして見せた。


「…………は!? し、七属性!? マリー、君は…………!」


 おぉ、本当にすごく驚くんだ?

 イジドールは私がお手玉する光球を目で追って、見間違いでないことを必死に確認する。

 そして、瞬きもせず押し黙った末に、大きく息を吐き出した。


「ただのメイドじゃないとは思っていたけど、まさかフォルライン家の隠し玉だったなんて。この時期に入って来たってことは、聖女さま絡みの護衛かな?」


 なんかこっちが言い訳しない内に、納得できる理由を導き出しちゃったみたい。

 イジドールの協力を得るための言い訳は考えてたけど、ま、勘違いしてくれるならそれでいいか。


「護衛は、私じゃないよ。イジドール、聖女さまの護衛は、あなたになってほしい」


 途端にイジドールは顔を顰めた。優等生で通ってる侯爵家継嗣の顔じゃない。


「俺が距離を取っているのを知っていて、言ってるんだな? それはフォルライン先生、いや、フォルライン卿の指示か?」


 予想してはいたけど、すっごい剣呑。

 コレカだもんね。みんなの前で謝られたとは言っても嫌だよね。わかってる、わかってるけど、攻略対象にされちゃってるから、イジドールはこの先コレカに関わらなきゃいけない。


「イジドールが護衛を拒むなら、それだけこの国の半分がなくなる可能性が高くなる」

「はぁ…………? いきなり荒唐無稽なことを言うなんて」


 うん、信じられないよね。けど、コレカはイジドールの名前も家の事情も知ってた。だったら、コレカの言った魔王復活や国の半分を乗っ取られるという未来は事実になる可能性が高い。

 そしてそれを阻むには、コレカと一緒に五人の攻略対象には魔王の影と戦ってもらわなきゃいけないんだよ。

 そのために、コレカと乙女ゲームを、私たちは演じなきゃいけない。


「今回召喚された聖女さまには、未来視の能力が与えられてたの」

「未来視? …………それは、俺が聞いていい話か?」


 未来が見えるなんて、考えようによってはすごい力だしね。

 イジドールの警戒もわかる。けど、巻き込まれてもらう。


「イジドールじゃなきゃ、今は話せない。もうイジドールは、その未来視に関わってるから。身に覚え、あるでしょ?」

「…………俺の、生まれか」

「そう。聖女さまは天の国でこれから起こる魔王の再封印までの幾つもの未来の可能性を見た上で、召喚されてる。その中に、イジドールが自ら聖女さまに過去を打ち明ける未来があったの」


 私はお手玉していた光球から手を放す。

 だいぶ魔法の制御ができるようになったから、手を放しても七色の光球は回転を続けた。

 この制御っていうのも難しいらしいんだけど、私の魔法チートだとあんまり難しくない。回ってるイメージさえ途切れさせなきゃ、十分以上回せる。


「聖女さまは五人の騎士に守られて漏れ出た魔王の力から世界を守り、そして再封印する。それが最も犠牲の少ない未来視。聖女さまはそれを実現しようとして、失敗した」

「いや、待て。一回その回すの止めてくれ。現実味がなさすぎる」


 優等生のイジドールからしても、私の魔法は非常識みたいで見るからに混乱してた。

 ま、それが狙いなんだけどね。判断が鈍ってる内に畳みかけろってシオンも言ってた!


「聞いて、イジドール。こんなことできるのはたぶん私だけだろうって、先生も言ってる。けど、私は聖女さまの未来視には影も形もないの。私じゃ、世界を救うことはできない」

「まさか…………。七属性をそこまで制御するなんて、すでに世界一と言っても過言ではない魔法の才能だ」

「それでも、私は聖女さまの未来視に関わらない。関わってない以上、私が前に出ると未来視を変えることになる。約束された未来を放棄して、危険性は変わらない未来を選ぶ理由なんてないでしょ」


 私の主張を吟味するように、イジドールは黙り込んだ。

 ただ、顔はすごく渋い。表情繕えないくらいコレカと関わりたくないんだろうなぁ。


「イジドール、対象は五人だよ。あなたはその内の一人。一人で抱え込まなくていいし、聖女に直接関わらなければ、私も協力する。何より、イジドールは選ばれた」

「選ばれた?」

「そう。他にも侯爵家の人間はいるし、複合属性の人間もいるし、戦うことが得意な人間もいる。けれど、それだけの人が集まるこの学園の中で、イジドール、あなたは世界を救う一人として選ばれた。これは、あなたにしかできないことなんだよ」


 ちょっとイジドールの目が泳ぐ。

 腹違いの弟から継嗣の座を奪ったっていう罪悪感とか、元は貴族じゃなかったっていう劣等感とか、そこら辺を刺激する台詞はシュピーリエが考えてくれた。

 すごく卑怯な気はするけど、イジドールを利用するだけなんてことにならないよう、口説き文句は考えてる。


「まだ聖女さまの未来視は秘密だし、五人の騎士のこともフォルライン卿を中心にした一部の上層部しか知らないの。けど、協力してもらえるなら、魔王の再封印が成功した後、大々的に騎士の献身は公表される。褒賞も、望みのまま」

「それで釣られると思われているとしたら、心外だな」

「世界を救ったという貢献の大きさを評して、イジドールを始祖とする新たな家を建てることができるとしても?」

「!?」


 侯爵家を出て自分の家を建てれば、イジドールは平和的に、かつ誰にも落ち度なく継嗣の権利を弟に返すことができる。それも、二年という短期間で。

 探るような鋭い視線を正面から見返せば、降参するようにイジドールは両手を挙げた。


「できれば…………望む相手との結婚の許諾も欲しいところだな」

「それはお嫁さんになってほしい人が頷いてくれたらじゃない? 相手も結婚したいって言えば、きっとフォルライン卿がお膳立てしてくれ」

「マリーさま!」


 その気になったらしいイジドールに頷こうとした途端、何故かシュピーリエに止められる。

 肩を竦めたイジドールの目は、何か思い決めたような色をして、私を真っ直ぐに見据えていた。


毎日更新、全十六話予定

次回:帰るまでに

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