14話:乙女ゲーム的ルート選択
はい、こちら伊塚真理ことマリー=アイネスです。
ただいまわたくし、聖女コレカと教師シオンの対話を隣室で盗み見ております。
なんて言ってみたものの、正直呆れてる。
何にって? 盗み見専用の部屋が、元お城の校舎内にあることがだよ!
私がいるのは、隣の部屋の様子が窓のようなマジックミラーで丸見えになってる部屋。
日本にあるようなものほどクリアには見えないけど、笑ったり嘆いたりっていう表情はなんとなくわかるくらいだ。
で、私の手には金属の棒。
見た目はジョウロの口の部分で、用途としてはマイク。
これに喋りかけると、対になるイヤーフックへ音を伝える魔法の道具だそうだ。
そのイヤーフックは、もちろんシオンの耳にかけられている。
『コレカさま、皆はあなたに怒っているわけではないのです。それどころか、体調不良を訴えるあなたを心配しています』
宥めるように喋りかけるシオンに、コレカはじっと俯いてるだけ。
ちなみに声が聞こえるのは、マジックミラー上部に、集音の魔法道具が備わっているからなんだって。
向こうの声は良く聞こえるけど、こっちの声は壁に阻まれる使用らしい。
「これでは埒が明かないのでは?」
私と一緒にシオンの奮闘を見守っていたシュピーリエが囁く。
聞こえないって話だったけど、やっぱり覗き見してると声小さくしちゃうよね。
「…………先生、ちょっと揺さぶってみて。たとえば、元の世界に帰りたいかとか」
私の指示はきちんと聞こえているらしく、シオンはコレカに帰りたいかと聞いた。
すると、コレカはようやく顔を上げる。
『え、帰れるの? それってリプレイってこと?』
『リプ…………? 最初に説明があったかと思いますが、お役目を果たしていただければ、こちらで帰還の準備をいたします』
『え、え、え!? 帰る準備!? 再封印終わったらエンディングじゃないの!?』
だー! やらかして引き篭もっておいて、まだゲーム感覚か!
しかもリプレイって、やり直したら上手くいくとか思ってんの!?
一人慌てるコレカは、何処にでもいそうな女子高生だ。
髪を染めてるわけでもなく、派手な化粧をしているわけでもなく、日本人としては中肉中背だけど、西洋風の人々が暮らすこの世界では実年齢より幼く見える。
そして全体的に甘えた雰囲気があって、シュピーリエ曰く、お子様すぎて世界を託すには不安な少女だった。
「先生、魔王の再封印のために学校で鍛える必要があるってことも、説明し直してあげて」
聖女召喚の儀式で呼び出された部屋で、帰還するための魔法を使うと説明していたシオンに、私はコレカが聞き流したであろう部分の再説明を指示した。
案の定、コレカの主眼は学園での恋愛であり、魔王の再封印は二の次。恋愛が失敗した現状、再封印のことは頭になかったようだ。だからリプレイって…………。
メイド経由で聞いたコレカの行事予定としては、一年半恋愛イベントに費やし、半年で再封印の旅をクリアする予定だったはず。
『魔王の復活は、戦乱の世の再来を意味するのです。我々も、コレカさまに縋るだけの身で勝手な言い分とは思いますが』
『そんな大げさに言わなくても。行けばいいだけなんだし大丈夫。魔王のことは心配しなくても平気。それより旅の間にイベント起こせないことのほうが』
だー! 会話が噛み合わない!
事前にゲームだと思い込んでるって伝えてたシオンも、どんどん繕えなくなって声が硬くなってる。
「先生、先生、落ち着いて。これも想定内でしょ。あくまでゲームだと思い込んでるなら、ゲームの本筋に沿うように誘導しなきゃ。私に話しかけるみたいに、優しく聞きに回って」
そう、問答集を作るにあたって、どんな方向に話を持って行くか、また、コレカがどんな考えを口にするかを検討して想定している。
もちろん、あくまでゲームの世界だと思い込んだまま話を持って行く方法も考えていた。
シオンはちょっと深呼吸してコレカにゆっくり問いかける。
『コレカさま、以前から気にかかっていたのですが、まるでこの先何が起こるかを知っているようにお話しなさいますね』
『え、えーと、うん…………そう、かな?』
あれだけ口にしてて、今さら誤魔化すの?
私は続行の指示を出し、シオンにコレカの言動で不自然な点を挙げさせる。
具体的には、出会う前から攻略対象の名を知っていたこと。イジドールの家の事情を知っていたこと。学校の行事予定を知っていたことなどだ。
で、問題はここでコレカからのアクションを期待しないこと。
こっちがゲームに合わせるんだ。ゲームの中だと思い込ませる非現実的な答えを誘導する。
『まるで、コレカさまは未来視のような能力を持っていると、メイドたちが言っておりました』
『未来視…………。そう言えば、そうかも?』
『やはりですか。さすがは聖女さま。でしたら、今回の体調不良も何か理由があってのことなのでしょう。よろしければ、今後どのようなことが起こり得るのか、教えていただけますか?』
『え、聞きたい? けど、上手くいってないっぽくて…………』
『そうなのですか? でしたら、コレカさまの未来視を私が手助けをいたしましょう』
『そうか、そうだよね! サポートキャラならそうこなくっちゃ!』
乗って来た! コレカ、チョロイ!
思うにこの子、行動が極端だ。いや、衝動的ってやつかもしれない。
要は、あんまり考えて行動してないよね。
『幾つもの未来を知っておられるとは、素晴らしいお力です』
『えへへ。なんせ聖女として召喚されてるからね。実は、この聖女召喚って、悪の手が加わっててまともな聖女が召喚されないの。けど私だけは特別で…………』
『それはそれは。コレカさまが特別でいらっしゃるにも理由があるのですね』
シオンがすごく持ち上げると、わかりやすくコレカは持ち上げられる。
「…………やっぱり先生って口上手いよね。私も気をつけよう」
「マリーさまに対しては、シオンさまは本心かと。言葉のままお受け取りください」
「スピちゃん? いや、コレカほど重要じゃない私にもいっぱい褒めてくれるのはスピちゃんもでしょ」
「マリーさま、それは私の本心です。誠心です。赤心です」
「う、うん…………えっと、ちょっと調子乗らないよう注意しようって思っただけだから」
なんかシュピーリエに凄まれた。
そんなやり取りをしている間に、シオンが上手くコレカからイジドールに対する突然の暴露に至る経緯を聞き出す。
『イースは先輩だから、この一年でイベント押さえとかないと卒業しちゃうでしょ。その後は旅に出るまで手紙でのやり取りになるの。だからまず最初に落とさなきゃいけないキャラなんだ』
どうやらコレカの知る乙女ゲームだと、イジドールはイースという愛称で呼ばれるらしい。イジドールがコレカに対して、最初から知り合いのような距離に詰められたと言ったのは、愛称で呼ばれてたからかもしれない。
結局コレカの失敗は、普通に馴れ馴れしすぎたからだね。
好感度上げるにも段階があると思うんだ。
それを無視して好感度マックスの態で詰め寄られても、恋愛に発展するなんて無理なんだよ。しかも、焦って自分はなんでも知ってるなんて口走ったら、ドン引きだ。
「先生、段階踏めってそれとなく伝えて」
私の無茶ぶりに、シオンはオブラートに包んで距離の詰め方が悪かったことを指摘した。
『親しくなるにも、階段を上るように一歩ずつでなければ、相手が驚いてしまいます。何をもって親しくなるかは、人によって条件が違うのでは?』
『条件? …………あ、好感度かぁ!』
うん、それってゲーム的にも初歩なんじゃないの?
「先生、念のためイジドールとの詳しいイベント内容聞き出せないかな?」
シオンはイジドールとの距離の詰め方が悪かったという前提で、どうすれば良かったのかをコレカと復習するように話し合い出した。
『コレカさまのお話を纏めると、ダイザーくんとは城の裏手で出会う予定だった、と』
『そう。なのにイース来なくて。貴族の生活に疲れると、裏手で使用人たちの声聞いて昔を懐かしむはずなの』
あぁ、一年前に出会った時、イジドールがあんな所にいたのはそう言う理由があったんだ。よく考えたら、侯爵家継嗣がいる場所じゃないよね。
『出会いやっとかなきゃ、クリスマスのイベントも起きないし。だからイースのこと見てたんだけど、全然出会わなくて、つい校舎の中で声かけちゃったの。やっちゃったとは思ってたんだけど、やっぱり出会いイベントないしさぁ』
『クリスマスのイベントについてもおさらいしましょう。ツリーを見に行って、ダイザーくんに助けられる予定だと言っていましたね?』
シオンは、自分勝手に話すコレカに嫌な顔せず誘導し、本筋に戻す。
本当にいい先生だ。
『そうなの。人波に流されたところを、ぎゅって抱き締めて助けてくれて、再会するの!』
うん?
『それで、侯爵家に媚びない私を特別視してくれるようになって』
はい?
『バレンタインは攻略対象全員にチョコあげられるイベントだけど、ここでまた好感度稼いでおかなきゃいけないの。そうしたら、卒業パーティで二人きり、ベランダでイースがちょっと悩みを打ち明けてくれるんだ』
はは、いやいや、まさか、ねぇ?
『で、寮を引き払う日に、家の事情で悩んでいて帰りたくないっていう胸の内を私に告白して、文通が始まるんだよ』
あ、そこは違うんだ。
いや…………いやいやいや、最後以外なんか身に覚えがあるんですけど!?
え、私知らない内にイジドールルートを横取りしてた?
コレカの暴走って私のせい?
「マ、マリーさま、どうなさいましたか?」
突然頭を抱えた私に、シュピーリエが慌てる。
その間に、シオンは他の攻略対象のルートの確認を始めてた。
コレカが言うには、同学年の四人は後半で挽回できるらしい。
ただ、卒業してしまうイジドールとのイベントは前半の一年しかチャンスがなく、イベントを一つでも取り落すと、魔王の再封印に同行してくれなくなるそうだ。
「…………先生、攻略対象五人、どうしても必要かな?」
思いの外低くなった私の声に、先生はちらりとマジックミラーに目を向ける。
『コレカさま、ダイザーくんを始めとした五人は、魔王の再封印へ同行することがあなたの望む未来でしょうか?』
『うん、そう。やっぱりコンプリートしたいじゃん。それに、魔王復活戦には人数いたほうが楽だし』
なんかとんでもないこと言ったー!?
シオンとシュピーリエも絶句してるよ!
『…………は? 魔王、復活?』
『あ、復活って言っても、本体じゃなくて長い年月で滲み出た力が纏まった影らしいから、大丈夫。討伐失敗すると国の半分乗っ取られるけどね』
何を持って大丈夫なのか、その根拠がわからん! 本当に軽いな、コレカ!
少しは自分の前にいた聖女たちの苦労を聞いてあげて! 何人も聖女が必要なくらいには魔王強いはずだから! っていうか、国半分って大丈夫じゃないから!
『ゲームとは違うことしてたから、失敗しちゃったんだし。これからはシナリオどおりやるね! シオンもちゃんとシナリオどおりに戻すの手伝ってよ!』
『それは、もちろん、ですが』
『まずは、怒らせちゃったイースに謝りたいな。その後でいいから悪役令嬢の好感度もなんとかしなきゃ。あっちも好感度稼がないと妨害がひどくなるの忘れてたんだぁ』
違う、そうじゃない!
お気楽なコレカに、シュピーリエさえ頭を抱えていた。
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次回:イジドールを巻き込む