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13話:ヒキコモリ聖女

 聖女コレカが入学してから三カ月。

 ヒキコモリになりました。


「なんで…………?」


 職員会議から戻ったシオンに現状を知らされ、私はシオンの研究室で天井を仰いだ。

 イジドールを怒らせた一件から、コレカの行動には学園の教師たちも注意を払っていた。


「フォルライン卿がつけたメイドさんからの報告を見る限り、イジドールの攻略に失敗した理由を確かめようとしてたはずだよね?」


 コレカはイジドールと思うようにイベントが起きなかったために、焦って間違った自己アピールをした末、複雑な家の事情を公衆の面前で暴露するということをやらかした。

 失敗を自覚したコレカは、他の攻略対象相手にイベントを起こそうとちょっかいをかけていることは、シオン経由で私の耳にも入っている。


「実は、教員のいないところで例の婚約者がコレカさまに苦言を呈したそうなんだ」

「あぁ、不仲って言われてる赤の婚約者ね。イベントの一環…………だったらヒキコモリになんてなってないか」


 攻略対象の四人を、私はわかりやすく赤、青、黄色、ピンクで呼んでる。

 直接会ったことないし、記号として覚えたほうがコレカの思考に沿えそうな気がしたから。それにプロフィールを聞く限り、赤が王道、青がツン、黄色がお気楽でピンクがお色気とイメージしやすい人たちなんだよね。

 シオンも私と話す中で、攻略対象やらルートやらイベントやらという言葉を覚えてくれている。いらない知識増やしてごめんね。


 ちなみに、同学年の攻略対象四人に不自然なほど馴れ馴れしいコレカを、周囲は異世界からの聖女だからと、大目に見ていた。

 イジドールのように公然の秘密を暴露される者もいなかったため、このところ静かだったんだけど、やはり攻略対象の婚約者としては面白くなかったらしい。


「定番だと婚約者からの虐めとか?」

「虐め? 例の婚約者は、婚約というものがどういった意味を持ち、どのような義務が発生するものかと、懇切丁寧に説明したと言っている。攻略対象の生徒も事前に婚約者から報告されて了承したと証言もしている。虐めと呼べるようなものではないかと」

「あー、うん。婚約者の人、すっごい合理的で冷静なんだっけ?」


 親の決めた婚約、と言えば聞こえは悪いけれど、そう感じるのは私が異世界人だから、らしい。シオンたちこっちで生まれ育った人間は、特に思うところはないんだって。


「確か不仲説は、どう見ても性格が合わないから噂されるだけ、なんだよね? ただどっちもいい家の貴族だし、婚約者としての体裁は保ってるし、婚約に不満はない。で、合ってる?」

「あぁ。コレカさまの入り込む余地なんて、父が手を回してより良い条件を提示した上で割り込ませる以外にない状況だ。もちろん、コレカさまからは何も言われてないので、父は手を出してない」

「つまり傍から見れば、コレカが婚約者のいる相手にちょっかい出してるだけ、なんだよね」

「婚約はすでに公にされているから、もはや既婚者も同じだ。コレカさまには教員からも注意はしていたんだが…………」


 きっとコレカは婚約の重要性をわかってなかった。だってゲームじゃただの情報だ。

 そして婚約者からの説教も聞き流した。その結果、攻略対象四人から、節操のない女だと見なされ、距離を置かれてしまったそうだ。


「コレカさまが現状に気づくのが遅かったため、今になって引き篭もってしまったそうだ」

「婚約者のほうから説明をして警告までしたのに行動を改めなかったから、今度は攻略対象のほうから離れた。…………うーん、コレカが気づいたの、この時期だからかも?」


 秋に入学して、三カ月。もうすぐクリスマスだ。

 つまり、イベント時期である。


「クリスマスに何か起こると知ってたコレカだけど、現状、誰にも相手にされてない。だから、自分が全員の攻略に失敗したって自覚したのかも」

「メイドからの報告では、ツリーをダイザーくんと観に行くと言っていたはずだ」

「イジドールに聞いてみたけど、そんな予定ないらしいよ」

「まぁ、上手くコレカさまを避けていたからな、彼は」


 イジドールは幼少期に継嗣であったはずの弟と比べられてきたため、この年まで継嗣として認められるよう頑張って優秀さを身につけたそうだ。

 その甲斐あって、周囲からの評判は高く、学生としても下級生から慕われてる。

 攻略対象たちは身分が高くイジドールの事情も事前に知っていた。だから暴露後に態度を変えるようなこともなく、イジドールもコレカに纏わりつかれる攻略対象たちの相談に乗っているんだって。

 相談に乗るついでに、コレカの動向を聞いて、学内で鉢合わないよう上手く避けているとは、イジドールから直接聞いた。


「たぶんコレカの知る物語では、クリスマスに攻略対象の誰かと一緒にツリーを見に行くことになってたんだと思うよ」

「けれど、クリスマスを目前に誰とも親しくなれず、ひどく落ち込んでしまった、と」

「そう聞くと、どれだけ自意識過剰で硝子のハートなんだよって思うけど。コレカのモチベーションが乙女ゲームを実体験できるってところにあることを思えば、引き篭もらせたままってわけにもいかないよね」

「あぁ。魔王の封印されている場所は、魔族でも容易には近づけないようになっている。旅をする基礎体力作りや魔法による自衛手段の確率は必須だ」


 そう、この魔術学園、聖女が魔王の封印場所へ行くための育成機関でもある。

 ゲームだったらキャラのステータス育てるとかそんなところなんだろうけど、ここでは実際に本人が鍛えなきゃ話にならない。


「ヒキコモリをやめさせるしかないよね」

「メイドや担任が説得に赴いているけれど、仮病を使ってベッドからも降りないそうだ」

「わー、仮病って言いきるんだ」

「治癒魔法の権威が派遣されたからな」


 そう言えばここ、魔法で病気治るんだった。

 で、聖女さまの体調不良ってことで、国一番の人が派遣されたんだって。

 病院に行かなくてもちゃんと診断されて、健康体って太鼓判押されたら、もう仮病って言うしかない。

 もしかしたら心の病気かもしれないけど、このままだとコレカの株がだだ下がりだ。

 誘拐紛いの召喚でもいい人ってつもりで条件付けたのになぁ。

 シオンにも迷惑かけてるし、ここは私がなんとかするべきだろう。


「やっぱり私が一回、コレカと話して」

「それは駄目だ」


 シオンがきっぱりと拒否した。


「なんで? 同じ国の人間の言葉なら聞いてくれるかもしれないし、コレカが私に襲いかかるような性格じゃないっていうのはこの三カ月でわかってるでしょ」

「自らの失敗をマリーが存在するせいだと責任転嫁して排除に動く可能性があると言ったのは君だ。そんな危険なことはさせられない」

「先生、心配しすぎだよ。確かに聖女さまの命令ならメイド一人なんて学校から閉め出せるけど、結局は私フォルライン卿のお世話になってるんだし。いきなり路頭に迷うなんてないでしょ。危険ってほどじゃないって」

「父は確かにマリーを匿うだろうが、君が進んで不快な状況に陥る必要はない。コレカさまに対面するのは許可できない」


 シオンは難しい顔をして、強く反対した。

 普段、私がお願いすることはなんでも聞いてくれるけど、コレカとの対面に関しては、シュピーリエとも足並みを揃えて反対してくる。

 うーん、なんでだろう?


「スピちゃんは私と離れるのが嫌だって言ってくれたけど、先生はどうしてそこまで反対するの?」

「…………私も、マリーと離れるのが嫌だからに決まっている」

「え…………、あ、そう…………? あ、はは。あぁ…………、そうだよね。私がいないとコレカの言葉の意味わからなくなるもんね!」

「いや、そうじゃなく!」

「よし! 頼りにされてるなら、ちょっと本気で会わずにコレカを探る手を考えてみようかな。今までの発言見直すことから始めるとして、先生も協力してね」

「それは、もちろん…………」


 わー、ヤバい! 勘違いしそうになった。

 は、恥ずかしい! 何考えてんだろ、自分!?

 男の人に離れるのが嫌とか、そんな風に言われると焦っちゃうよ。

 シュピーリエの言葉なぞっただけなのに、心臓ドキドキしちゃったじゃん。

 よし、仕切り直しだ。


「けどこのままじゃ埒が明かないと思うんだよね。直接会うのが駄目なら、こっそり覗くとかはあり?」

「…………存在を気取られないなら」


 眉間の皺をほぐすように揉みながら、シオンは答える。

 漏れる溜め息がなんだか悩ましげ。いや、悩める状況なんだけどさ。


「コレカ、寮の部屋から出ないんだよね? その部屋には、使用人部屋あるんでしょ?」

「使用人部屋に潜んで、コレカさまの様子を直接見る、ということかな?」

「できれば、話を誘導したいけど。そこはコレカがどう受け答えするかを想像して、問答集作るしかないかなぁ」


 受験の面接練習で使ったなぁ、問答集。

 あんなにパターン考えつける気がしないけど、シオンの期待に応えたい。


「カメラでもあったら楽なんだろうけど」


 バラエティなんかでよくあるやつみたいにさ。別室でライブを見ながら、無線で指示飛ばすの。そしたら私がコレカの様子見ながら質問誘導できるのに。

 シオンにも乙女ゲームがどんなものか説明してるんだけど、いまいち理解できないっていうか、私の話しか知らないからセオリーがわからないんだよね。


「ライブ配信とかは言わないから、テレパシーできればいいのに」

「マリー、何かしたいことがあるが、必要な物がないからできない、と言うことだろうか?」

「先生、よく私の訳のわからない独り言からそこまで推理できるね」


 頭いい人ってすごいなぁ。

 と思いながら、私はカメラやテレパシーの説明をした。


「つまり、離れた場所から監視する目と、遠くから指示を出せる声が欲しい、と」

「五感で例えるなら、離れてても私の声が聞こえる耳、かな。声が聞こえるならコレカにも聞こえちゃいそうだし」


 私の言葉に、シオンは灰色の目を伏せて考え込んだ。


「確か、耳に類する効果の魔法道具を、父が所有していたような」

「え、フォルライン卿が? それ、借りられないかな?」

「できると思う。父もマリーさまに危険が及ぶようなことには反対していたから、早速手紙を送ってみよう」


 シオンが言うには、早くても五日はかかるだろうって。

 手紙って往復する人の足があるからね。電波でピピピなんてことはこの世界じゃ無理だもん。

 聞いたら、魔法で電話みたいなことはできないくもないけど、有線。

 つまり、スマホみたいに持ち運びは無理だし、線で繋がった特定の場所にしか連絡はできないみたい。その上、基本的に個人宅に電話みたいな魔法の装置は置かれてないんだって。

 魔法があっても、不便なことは不便だなぁ。

 けど時間があるんだったら、やっぱり問答集は作っておこう。


「先生、私の指示でコレカと会話するの、先生がしてくれる? 正直、慣れない人に上手く伝えられるかわかんなくて…………。頼りきりでごめんね。できる限り手助けするとか言っておいて」


 胸の前で両手を合わせてお願いすると、シオンは照れたように笑った。


「マリーに頼りにされていると言われては、断る理由もない」


 シオンは私の右手を取ると指輪に口づけた。


「私との間に遠慮はいらない。いつでも、私を頼ってくれ」

「ふぁ、は、はい…………」


 手には触れてないけど、今、完全に唇つけたよね!?

 わー! 恥ずかしくて指輪触れないんだけど!

 もう、シオンってそういうところあるよね! これでも私も女なんだから! お触りにはちょっと気を使ってほしいよ!

 っていうか、こんな気障なことナチュラルにできるって、実はすっごい誑しなんじゃないの!?


毎日更新、全十六話予定

次回:乙女ゲーム的ルート選択

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