11話:聖女召喚成功
夏が過ぎて秋も目前。
そんな時期に、私は魔術学園を離れてフォルライン卿の屋敷に戻っていた。
別に魔術学園を離れるのは初めてじゃない。長期休みには、フォルライン卿の別荘や避暑地にお世話になったし。
けど、今回はそんな気軽な呼び出しじゃなかった。
「マリーさま、手紙にてご報告いたしましたとおり、聖女召喚の儀式に成功いたしました」
何処か疲れた表情のフォルライン卿が、改めて報告する。
そう、私が召喚されてから一年がすぎ、聖女が召喚されたのだ。
「それは聞いてたからいいんだけど、どうして私をわざわざ呼び出したの?」
新学期に向けて準備するシオンを手伝っていた私に、フォルライン卿から召喚成功の手紙が届いた。
そこには、聖女について相談したいと、屋敷への帰還を願う文面があったのだ。
突然のことに、忙しいはずのシオンも同行してくれてる。シュピーリエも当たり前のようについて来た。
「聖女に、何か問題あった? 条件変えたことで、影響とか?」
「…………お呼び立てした上で大変申し訳ないのですが、私にも、わからないのです」
「わからない?」
「はい。聖女さまが何を言っているのか、わからないのです」
私は思わずシオン見た。
椅子に座ってるのは私とフォルライン卿だけで、シオンは私の椅子の背後に、シュピーリエは壁際に立っている。
「言語能力は、聖女召喚の儀式で付与されるものであると、記録には残っていたはず」
私の視線だけで察したシオンがそう言うと、フォルライン卿も頷いた。
「シオンの言うとおりです。確かに、私たちにもわかる言語なのですが、その、意味の分からない単語を混ぜられ、何やら…………会話が噛み合わない風でして」
フォルライン卿も、どう説明していいかわからず、私に直接聖女を見てもらおうと呼んだそうだ。
これは、前シオンが教えてくれた勇者のような、狂人の類が召喚されたのかな?
そうだとしたら同じ異世界の人間というだけで顔を合わせるのは怖い。
「会うにしても、もうちょっと知っておきたいんだけど。例えば、どんな単語がわからないの? その聖女、召喚された時の反応は?」
私が促すと、困惑しきりだったフォルライン卿も、最初から話したほうが早いと頷いた。
呼び出された聖女の名前は、ユウキ コレカと言うらしい。
フォルライン卿は日本人の名前の並びが姓名なのわかってるから、きっとコレカという名前なんだろう。
…………どんな字書くの、それ?
「こちらが、コレカさまから賜った、お名前の文字となります」
「結城恋令華…………」
うん、コレカの漢字は気にしないでおこう。同じ現代人ってことはわかったし。
私はフォルライン卿の、召喚当時の話に耳を傾けた。
「召喚が成功しましたのは、マリーさまの件で、皆確信しておりました」
ちゃんと今度は儀式の間無駄口叩かなかったらしいよ。
で、私の時と同じく状況がわからずに固まってるコレカに、フォルライン卿は聖女として召喚させてもらったって説明したんだって。
で、コレカは言ったらしい。
『乙女ゲー召喚キターーーー!』
「「「マ、マリーさま!?」」」
膝に顔を埋めた私に、壁際のシュピーリエも心配して寄って来た。
いや、もう本当…………、そう来たか…………。
私はおもむろに立ち上がると、ドレスの裾を持ちあげて靴を脱ぐ。
そしてフォルライン卿に向かって床に正座し、膝の前に両手をつけた。
「マリー!」
いざ頭を下げようとした瞬間、シオンに両肩を掴まれる。
フォルライン卿も、私が土下座をしようとしたことに気づいて、慌てて床に膝をついた。
「マリーさま、いったいどうなさった!?」
「いや、本当にごめん。まさかこうなるとは思ってなかった。マジごめん」
心底謝る私は、三人がかりで宥められて椅子に戻された。
ついでに、シオンとシュピーリエに、ドレスの裾を上げるははしたないことだと怒られる。私としては足よりこの胸見せるタイプのドレスのほうが恥ずかしいんだけど。
「やはり、マリーさまにはコレカさまの言動の意味が理解できるのですね?」
「できる、けど、わからない」
フォルライン卿に無駄な希望を抱かせないために、私は即否定した。
だって、私はこの世界をゲームの世界だなんて思ったことはない。
確かにイジドールを見てぽいなとは思ったけど、私の知るゲームにイジドールのようなキャラクターはいない。
というか、私、乙女ゲームほとんどしたことないんだよ。
「私にわかる範囲で言うなら、きっとコレカはこの世界をゲーム…………実在しない世界だと思ってる」
「実在、しない、とは?」
まぁ、そうだよね。この世界で実際生きてるおじさんからすると、飲み込めないよね。
「ゲームより物語って言ったほうがいいかな? 似た物語を知っていて、きっと彼女はこの先、魔術学園に入ってどんな出会いがあるかを知ってるんだと思う」
「そう言われてみれば、コレカさまはよく『知ってるからいいよ』と仰って、こちらの話を断ち切ろうとなさいます。それと『スキップないのかな?』とも聞かれるのですが、意味はわかりますか、マリーさま?」
「うわー…………。えっと、コレカの中ではここは一冊の本の中だと思ってると思えばいいかな? で、スキップはページを飛ばすこと。説明はいらないからさっさと楽しい部分だけ見たいってこと」
「それは、なんと言いますか…………」
お偉いフォルライン卿は、私の適当な説明で問題を理解してくれたみたいだ。今まで見たこともないくらい、真剣で渋い表情を浮かべている。
そんなおじさんに、私は土下座で謝ろうと思った経緯も話さなきゃ。
だって、きっと私が適当な助言したせいだ。
「あのね、コレカみたいな人が召喚されたの、たぶん私が言った楽しめる人っていう召喚条件のせいだと思うんだ」
「…………なるほど、夢物語のような気持ちで、現状を受け入れる方、と」
「うん。ごめん、余計なこと言わなきゃ良かった」
「いえ、マリーさま。助言を請うたのは私です。そして、マリーさまの助言を入れたのも私なのです。あなたに謝罪の必要はございませんとも」
って言われても、罪悪感が酷い。
「マリー、もしや類話を知っているのか? 以前、異世界召喚に関する物語を知っていると言っていただろう」
「うん、ある。ゲームだと思い込んで、ゲーム通りに自分の欲望を満足させるために行動して失敗する話。なんでもゲーム通りに進むって妄信してるせいでね」
シオンにそう答えると、フォルライン卿が身を乗り出した。
「しかしマリーさま、無欲であることも条件に入っております。欲に走ることがないと考えた場合、どのようなことが想定されるでしょう?」
「そう言えばそうだね。…………それでも、コレカが知ってる物語どおりに行動するんだと思うよ。欲はなくても楽しむために」
「ということは、コレカさまの行動は予測可能、ということでしょうか?」
「ごめん、私コレカがどう動くかはわかんない。コレカがここをなんて言うゲームの世界だと思ってるかも知らないし、今聞いても思い当たるものがないんだよ」
私の言葉に考え込んでいたフォルライン卿は、外から人を呼んで何か資料を取り寄せた。
「これは国の極秘資料ですが、どうか、目を通されてください。そして、気づいたことがあれば忌憚なく仰っていただきたい」
一年でだいぶ読み書きができるようになっていた私は、シオンに聞きつつ資料の内容を理解した。
これは、コレカが召喚されてからこっちの、会話一つ一つにまで及ぶ監視報告だった。
「ちょ、これ! も、もしかして私もこんな風に?」
「マリーさまはその、こちらの手違いでしたので、こうした資料を残すわけにはいかず」
「よ、良かったぁ。もしあるなら処分して、お願い!」
召喚早々、おじさんたち土下座させたとか、後世に残さないで!
「父上、確認してもよろしいでしょうか? この、聖女さまの発言の中に散見される個人名が、当学園の生徒に該当するのですが?」
「マリーさまのお言葉を聞いて、私も得心がいった。コレカさまの上げた名は、物語に出てくる者の名なのだろう」
「あ、イジドール!」
思わず言った私に、全員の目が集まる。
ごめん、何か思い出したとかじゃなくて、ゲームっぽいキャラだと思ったら、本当にそうだったんだと思っただけなんだよ。コレカの出した名前に、イジドールもいるし。
…………発言を待たれてる。うーんと、一応聞いておくか。
「イジドール以外に名前の挙がってる四人ってさ、もしかして魔法の恩寵を受けた、派手な髪の色してたりする?」
「やはり類話があるのか。マリーの言うとおり、四人は新入生に名前が一致する者がいて、全員属性を象徴する髪の色をしている」
やっぱり、赤とか青の髪の色してるのかー。
待てよ、七属性ってことは、後二人キャラいてもおかしくない感じじゃない?
念のため聞いてみると、髪の色は赤、青、黄、桃らしい。
白と黒の隠しキャラとかいるのかな? それともサポートキャラ?
不確定なことを言って惑わすわけにもいかず、私は胸の内で考えるだけに留めた。
「マリーさま、コレカさまが個人名と共に言われるルートとは何のことでしょう?」
「ぶっちゃけ、恋愛するための道順」
「は…………!?」
隠してもしょうがないからそのまま言ったら、真剣だったフォルライン卿の顔に、半笑いが浮かぶ。
うん、国の威信かけて召喚した聖女が何をって思ってるんだろうね。
本当にごめんね。
「言い忘れてたけど、コレカは自分が主人公の恋愛物語の世界にいると思ってる」
「は、そ、そう、ですか…………。確かに、婚約者のいる者もいますが、不仲が噂になっている貴公子ですし。上手くいけば添い遂げることも可能なのでしょう」
「婚約者? まずいなぁ。私の知ってる話のお決まりだと、婚約者とコレカがぶつかるし、場合によってはその婚約者が家を巻き込んで没落する」
「「「は!?」」」
荒唐無稽な話に聞こえるんだろうけど、乙女ゲームってそういう話あるって聞くし。
この一年、上も下も身分をしっかり守って秩序を保つ姿を見て来た私からすると、聖女が望めば恋愛で争う必要なんかなく、フォルライン卿がお膳立てしてくれるとは思うけど。
「私が言ってるのは物語上の話ね。もちろん学生の痴情の縺れでそこまでのことが起こるとは思えない。けど、コレカはそうして敵を排除しなきゃ物語が進まないと思ってたら、やらかしかねないってこと」
真剣に告げると、フォルライン卿も否定の言葉は口にしないでくれる。
「きっと、私はコレカに会わないほうがいい。コレカが私こそ、排除すべき敵だと認識する可能性がある」
「そんな…………!」
声を上げたのはシュピーリエだった。無言のシオンは父親を真正面から見つめ、それにフォルライン卿は頷きで返す。
「マリーさま、勝手なお願いではございますが、どうか、お知恵をお貸しください。聖女さまに会うことがないよう、手配をいたします故」
その申し出に、私もただ頷きを返した。
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