10話:卒業パーティの二次会
春になり、私は卒業パーティというものへの参加を許されていた。
「本当に学生がパーティなんてするんだね」
「マリー、酒が入っているとは言え、誰に聞かれるともわからないんだよ」
シオンに口調を注意され、私は前のめりになっていた姿勢を正す。
そう言うシオンは、最初の頃の敬語ではなく、最近はいつでも普通に話しかけてくれる。この世界での仲良しツートップの一人がシオンなので、仲良くなれた感じがしてちょっと嬉しい。もう一人の仲良しシュピーリエがメイドの距離を頑なに変えないから余計に。
「申し訳ございません。先生に恥をかかせることのないよう、注意いたします」
「口調としては合格点なんだけれど、シュピーリエの口調を真似するのはやめてほしいな」
何故か悩ましげに視線を逸らすシオンに、私は頷いておいた。
貴族である生徒が主催する卒業パーティは、もちろん日本の打ち上げみたいなものじゃない。
ドレスコードがあって、パートナー必須、お酒も出る貴族の集まりだ。
しかも、魔術学園の卒業パーティは一回生のお試し卒業パーティと、二回生の本番卒業パーティがあるんだって。
今私が参加しようとしているのは、一回生と二回生が卒業パーティを終えて有志のみが参加する、いわゆる二次会だった。
「いつもはシックな色合いだから、今夜の華やかな装いは普段と違う君が見られて嬉しく思う。良く似合っているよ、マリー」
「う…………そ、そういうこと言われたら、どう答えればいいですか?」
「いや、素直に私が思ったことを言ったんだが…………。ただ、私以外に言われることがあれば、お上手ねとでも言って社交辞令として流していい。相手にしてはいけない」
なんだか圧を感じる笑顔で言いきられた。
その後、ひとしきりピンクっぽいオレンジのドレスの装いを褒められる。
いやぁ、貴族ってすごいね。相手を褒める言葉がスラスラ出てくるんだもん。
ちょっとおしゃれしても日本じゃ男ども気づかないし、言わないし。いっそ女子のほうが服装褒めてくれるくらいなのに。
シオンは真面目なほうだろうし、これで顔火照ってるようじゃ、私はこの世界の貴族と会話もままならないよ。
本当、生徒じゃなくてメイドとして入って良かった。
「喧嘩、とまではいかない今止めるべきだな。すぐに戻るから、あまりこの場から離れないように」
シオンがパーティに参加したのは、生徒同士の諍いを止めるため。今日で卒業の人もいるから、みんな楽しくやってほしいよね。
私はシオンのお仕事ついでのパートナー。知った顔もいないし、嗜むための話題もない。
なんて思いながら、華やかな装いでお喋りに興じる生徒を眺め、私は先生を待っていた。
そこに、淡い緑色をした蝶が横切る。
「何処から入ったんだろう? あれ、蝶って夜飛ぶっけ?」
よほどお喋りに夢中なのか、蝶は誰にも気づかれずバルコニーに繋がるカーテンの裏に入り込む。
窓が開いていないのか、薄いカーテン越しに蝶が行き場を失くしているのが見えた。
「しょうがないなぁ」
窓を開けて外に出すと、風に吹かれた蝶は、緑の燐光を残して掻き消える。
「え?」
「こんな子供騙しに誘われてくれるとはね」
声のしたバルコニーへ出てみると、そこにはイジドールが佇んでいた。
制服以外の姿を初めてみたけど、やっぱり漫画やゲームに出てきそうな恰好をしている。
あと、緑色の髪が現実を感じさせない一因な気がした。
「今のは、イジドールさまの魔法ですか?」
「そう。同じ属性を持つ魔法使いにしか見えない幻の蝶だよ」
「へぇ…………」
「つまり、私に水をかけた君は風と水の複合属性なわけだ」
「あ!」
はめられた!
さすがに七属性は考えにもないみたいだけど、あんまり単純に引っかかった自分が恥ずかしい。
よーし、ここはシュピーリエ真似っこ作戦だ。
「はは、そんな困った顔をしないでくれ。少し話をしないかい? バレンタインの時に助けてもらったお礼も言いたいと思っていたんだ」
「こちらこそ、水をかけてしまいましたこと、お詫び申し上げます」
深く属性について聞いてくることはないみたい?
確かにバレンタインからイジドールとは極稀にすれ違うくらいしかなかったから、言葉を交わすのはバレンタイン以降初めてのことだ。
「あからさまに誘ってくる女性も多いが、まさかあんなに大勢の人の前で盛ってくるとは思わなかった。水をかけてでも醜態を晒す前に止めてくれたことを感謝する」
「助けになれたのなら良うございました」
「初めて会った時は、もっと市井のお嬢さんという雰囲気だったのに、ずいぶんとらしくなったじゃないか。そのドレスも良く似合っている」
早速シオンに言われた決まり文句を言う機会が来ちゃったよ。
「お上手ですね。作法は、シオンさまのご指導のたまものかと」
「…………似合っていると言ったのは、本心からなのだけれど。それも、フォルライン先生がそう答えるように教えたのかな?」
うわ、ばれてる。なんで?
と思ったら、私の表情で察したイジドールは、口元を隠して笑い出した。
「やはり君は他と違うね。貴族のやり方が通じない。なのに、どうして不快感はないんだろうね?」
いや、知らないけど。
えーと、私が物珍しい感じかな、このお坊ちゃんは?
「フォルライン先生も、君が来てから随分と変わられた。生徒相手にも腰が低くて甘く見られがちだったのに、今では真っ直ぐに生徒と向き合う姿勢が良くわかる」
「シオンさまは最初から生徒のことを思い、教育に専心なさるお方です」
「そうかな? 私が入学した当初は、隠しきれない劣等感を抱えているように思えたよ」
「劣等感、ですか?」
聞き直すと、イジドールはじっと私を見つめて来た。
思わず見つめ返すと、思わぬ感情の色を見つける。
何かを求めて得られない焦燥のような、劣る自分を卑しむような暗い色だ。
「あぁ、なるほど。劣等感って、コンプレックスのことか」
思わず素で呟くと、イジドールは弾かれたように視線を逸らす。
うん、すっごいマズイこと言った気がする。
目ガン見しながらとんでもないこと言っちゃった。
けど、考えてみれば確かにシオンも似たような目をしていたかもしれない。
なんと言うか、暗い感じで自信なさげな。
まぁ、私と喋ってる時って天の国の話で目をキラキラさせてたんだけどさ。
っていうか、シオン生徒に甘く見られてたんだ? わかりやすく説明しようって考えてくれるいい先生なのに。
勿体ない生徒たちだなぁ。
「イジドールさま」
「あぁ」
そっぽ向いたまま返事しないでよ。イケメンだからバルコニーから夜の風景眺めるとか、無駄に絵になることしてさ。
言いたいことは言うけどね。
「シオンさまは何処が変わられましたか?」
「人との接し方が顕著だけど、大きく言うなら前に出るようになったことかな? 例えばあのバレンタインの日、以前のフォルライン先生なら君を庇って前に出る姿を想像できなかった。フォルライン卿の五男として、目立たずにいようとしていたよ」
五男としてって、どういうことだろ? 大人しい人って感じ?
「人を良くご覧になっていらっしゃるんですね」
「…………人の顔色を窺うのが癖になっているからね」
「顔色? 信頼できる家族や友人はいらっしゃらないんですか?」
「君は本当に言葉を飾らないな」
イジドールは責めるように言うけれど、私を見た表情に怒った雰囲気はない。
というより、正面から言われてすっきりしたような様子さえ見える。
「では、失礼ついでに。悩んでおられるように見えますが、別に、人の顔色を窺うことが悪いわけでもないでしょう?」
「へぇ、それはどうして?」
「他人同士、関係を築こうと前向きに望むのなら、相手が何を考え、何を願い、何を嫌がるか、きちんと把握してこそでは?」
「以外に打算的な考えをするんだね、マリー」
「打算と言いますか…………親しい中にも礼儀ありという言葉は、知っていますか?」
初めて聞いたと、イジドールは首を振る。
「えーと、顔色を窺うって言い方がまずいと思うんです。そこは、相手を思いやるとか、気づかいをするとかそんな言葉でいいんですよ」
あ、駄目だ。シュピーリエの真似っこが続かない。
イジドールは言葉遣いが崩れても不快な様子は見せないし、いいか。
「無理に自分のやり方を変えるんじゃなくて、考え方を少し横にずらすような感じでいいんですよ」
「難しいことを言う。私は継嗣として、行くべき道は決まっているんだよ」
「長男だからとか言われるのかもしれないですけど、長男だろうが、長男じゃなかろうが、イジドールさまはイジドールさまなんですから、自分の生き方を模索していいでしょう」
決まった道でも、道草を食うことくらいは本人の意志だと思う。
道草を食って入った脇道で、何かいいものを拾うかもしれないし。そういう可能性を全否定してまで進まなきゃいけない道なんて、きっと踏破し切れない。
頑張って続けると決めてても、モチベーション維持のためには適度な休憩ってすごく大事だ。私も受験で経験した。
「行くべき道が決まっていても、何処で休むかは道を歩く人次第ですって」
「…………本当に君は、予想外のことを言ってくる」
「えっと、失礼しました?」
よくわかんないけど謝っとくかーくらいの勢いで謝罪したら、笑われた。
と思ったら、なんか近寄って来たよ?
うん、近くない? いや、でもシオンもこれくらい近いことあるか。これがこっちの人のパーソナルスペースなのかな?
「そう無防備だと、期待してしまうな」
「何をですか?」
「キスを」
「…………はい!?」
驚いて後ろに下がろうとしたら、いつの間にか右手を握られていた。素早い!
しかも、イジドールは悪戯を思いついたように笑って、指輪にキスをする。
「何をしているのかな?」
途端に、背後からシオンの声がした。いつもよりずっと低い声出されてびっくりする。
その上、私が振り返る間もなく、イジドールが握っていた私の右手をシオンが奪い返した。シオン、指で指輪の表面拭ってる? 汚れでもついてた?
「私のメイドを返していただこう」
「ダンス一つも誘わせていただけないとは、ずいぶん…………」
意味深に言葉を濁したイジドールに、シオンは視線を彷徨わせる。
なんだかイジドールのほうが年下なのにさまになってるのは何故? なんの話かわかんないけど、どっちが優勢か私でもわかるよ?
ふと気づいて会場のほうを見ると、シュピーリエが眉間を険しくしてシオンの背中を睨んでいた。
もしかして、私が知らないところで仲が悪いのかな、この二人?
最近二人だけで話してることもあるし、喧嘩したなら仲を取り持つよ? なんせ、この世界での私の仲良しツートップなんだから。
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次回:聖女召喚成功