1話:明らかに間違い
「うあー! しまったー!」
足の下で広がる魔法陣の光に包まれて、そんな悲痛な叫びを聞いた。
あれだよね。やっちまったーって後悔から出る叫び。
うん、私も無課金ガチャ回そうとして、課金ガチャ回した時、そんな声出したよ。
出したけどね。
「間違いでよその国の一般人を誘拐しましたって、それで許されると思ってるの?」
私の目の前には、土下座をするおじさんたちが並んでた。
いや、いかようにもお詫びしますって言われたから、許しを請う姿勢だって教えたら、その場にいた全員でするんだもん。
いやー、異文化だわ。無抵抗で土下座って。
しかもいかにも魔法使いですって服着てるし、これはどう考えても異世界だわ。
私、伊塚 真理は、どうやら何かの手違いで異世界に転移させられたらしい。
「大変申し訳ございません! 天の国に住まうお方を我々の都合で無意味にお呼び立てしましたこと、心よりお詫び申し上げますー!」
「あ、はい。うん…………。えっと、その、なんでこうなったか、まず説明してほしいかな?」
お父さんや先生くらいの年齢の人たちが、揃って私の前で土下座して並ぶ姿って、ちょっと、いやかなり怖い。
やれって言ったの私だけど、ビビっちゃってもしょうがなくない?
あと純粋に、天の国って何処? あの世なの? 私の住んでた世界、異世界からしたら死後の国なの?
「少々長い話になりますが、よろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。あ、喋るなら顔も上げて」
「それでは」
一番偉いみたいな装飾の多いローブを着たおじさんは、正座に慣れない様子だけど一生懸命お尻の置き所を探り探り説明してくれた。
どうやらここが異世界で、おじさんたちはわかっていて私を異世界から召喚したそうだ。
あと、別にあの世って意味で天の国じゃないらしい。神様みたいな人たちがいる所ってことなんだって。マジか。
「我が国は、かつて魔王に人々が苦しめられた時代を経て、統一連邦として成立いたしました。その際、魔王への対抗手段として聖女召喚の儀式を伝承し実行して来たのです」
魔王と戦えとか言われるのかと思ったら、どうやら魔王はすでに封印されているそうだ。
代わりに、魔王の封印が揺らぐ前兆があったら、占いとかで日にちを決めて聖女を召喚。魔王の封印をかけ直してもらうんだって。
「天の国より至ると伝承される聖女さまは、我々にとって神の御使い。この世界の平和を維持してくださる尊きお方」
うんうん。なんかラノベの追放ものとかにあるような無碍な扱いはされなさそうだ。
うんうん。そう、聖女ならね。
「で? 明らかに私を召喚する時、しまったって言ったよね? 間違いで召喚って言っても否定しなかったよね? そこら辺どうなってるの?」
「さ、さすがは天の国に住まうお方。聖女さまでなくとも優れたお知恵をお持ちとお見受けする」
「うん、おべっかはいいよ。ちょうど私も受験が終わって機嫌のいい時だったから。良かったね?」
「は、はい! それはもう!」
ジュケンって何? とか土下座しながら囁いてるの聞こえてるけど、偉いおじさんは私に追従して頷いた。
うーん、たかが高校生にこんなに委縮するってことは、召喚特典のチートスキルでもあるのかな?
神さまに貰った覚えもないし、スキルを持ってる感覚もないんだけど?
「寛大なお方には、隠し立ていたしますまい。おっしゃるとおり、今回の召喚はこちらの手違いにございます」
おじさんが言うには、この召喚の儀式百年ぶりのことらしい。
しっかり伝承を残してやり方を継承していても、やっぱり以前成功した人が誰もいない中となると、不安だったそうだ。
「しかも、聖女召喚は全世界に布告される一大事。国の威信、我々の権威、国の将来、民の安寧と責任は重大」
絶対に失敗は許されないから、おじさんたちは聖女を召喚すると決まった日にちの一年前には準備を終えようと頑張ってたんだって。
で、今日その準備が完璧と言える状態で終わった。
後は必ず聖女が応えてくれると言う日にちどおりに儀式を行えば良かったらしい。
「そこまで完璧に仕上げてるのに、まだ手順を本番のままやって失敗を減らそうっていうその姿勢は評価するよ」
私も受験で頑張ったし、周りの友達もケアレスミスをなくすために問題集二巡してたからね。
でもね、だからってそのまま本当に召喚の儀式実行しちゃうって、ケアレスミスにしても誰か直前で止めようよ?
私の視線に籠ったドン引きの気配に、偉いおじさんはそっと目を逸らした。
「うーん? もしかして、まだ私に隠してることある?」
「ギクッ!」
今口で言った? え、違和感あるの私だけ? ここ、ギクッて口で言う世界なの?
私をそっと窺った偉いおじさんは、一つ咳払いをした。
「ど、どうか、我々が世界平和を第一に考えていることをご理解いただきたいのですが。…………実は、叶うなら今回のことは内密にしていただきたいのです」
「へぇ? 聖女召喚を任されるようなお偉い人が、自分の失敗を隠蔽するんだ?」
なんか幻滅だなぁ。
せっかく異世界に来たのに、その辺り元の世界と同じなんて。
「そ、その魂胆がないとは、言いますまい。あなたさまには、偽りを申し上げても致し方ない」
お、なんか潔く認めた。
「ですが、今ここで失敗を犯した我々がこの職務から外された場合、聖女召喚の儀式が失敗する確率が増すのです!」
「一番偉いおじさんが外されるだけじゃ終わらないの?」
責任とるとかって、偉い人から首切られるんじゃなかった?
そう思ってると、土下座していた中の数人が勢いよく身を起こした。
「わ、私のせいなのです! 私が浮いた床の建材に足を取られなければ!」
「いえ、俺のせいです! こいつに押されて手に持っていた魔石を転がしてしまったせいで!」
「その魔石を踏んだ、私こそ!」
「いや、一緒になって転んだおいらが!」
「だったら書類をばらまいたあたしも!」
「書類を集めようとして魔法陣を起動した私が!」
「魔力注入の操作を誤ったわたくしも!」
うん、自称原因さんが十人以上自首した。
あーこれは駄目だわ。私を召喚する失敗に関わった人が多すぎる。
てか、不幸なピタゴラスイッチが起きてたのね。
そんなんで召喚される私…………。
「保身以外にも隠したい理由があるのはわかった。だったら、わざわざ秘密にしておいてなんて頼まずに、私を元の世界に帰せばいいでしょ?」
また偉いおじさんはそっと視線を逸らした。
嫌な予感がして顔を上げていた自称原因さんたちにも目を向けると、みんな音が立つほどの勢いで顔を逸らす。
「…………さすがにね、そこまで露骨な反応されると、察するなってほうが無理だから」
いい大人が雁首揃えて何?
本当に異世界からの誘拐なわけ?
「帰る方法、ないなんて言わないわよね?」
「もちろん!」
あれ? あるの?
「ですが、その…………足りないのです」
「足りないって何が?」
「魔力が」
どうも、おじさんたちが一番心苦しかったのは、私をすぐには帰せない状況にあるためだった。
「この召喚の儀式自体が、一年がかりで魔力を溜めて起動させるものなのです。それを今使ったため、本来の聖女さまをお呼びするために必要な魔力を今から溜めなければなりません」
「一年前から準備してて良かったんだか、悪かったんだか」
「はい、それで…………、あなたさまを帰還させるための魔力を溜める余力が、ないのです」
「あー、そういう?」
聖女を召喚しなきゃ魔王が復活するし、おじさんたちは私の存在を秘密にして、予定通り聖女召喚をしたい。
けど、聖女召喚のための魔力を私に使ったから、私を帰すために割く魔力がない。
「本当、私が今最高に機嫌良くて良かったね」
「そ、それでは!?」
「もちろん、聖女召喚ができたら帰してくれるんだよね?」
「その、できれば聖女さまが滞在する間は、留まっていただきたく」
聖女に関する魔法は、国が管理しているから、予定外の使用をするのは難しいそうだ。
今回は本番に備えて、同じようにすることを許可されていたために、誤魔化しが効く状況らしい。
「つまり、私は一年後に召喚される聖女と一緒に帰れって?」
「聖女さまにはまずこの世界に慣れてもらうことをしますので、二年滞在していただきます。ですから、あなたさまは、三年ほど」
「…………それって、元の世界に戻った時、同じように三年の時が流れてる?」
「さ、さて? 私は異世界に渡ったことなどないものでして」
それもそうか。
ここから帰って、どれだけ時間が経っているかわからない。
大学の合格通知を貰ったから、ちょっとハイになってこの状況受け入れてたけど、やっぱり酷い誘拐な気がする。
三年後に戻っても、キャンパスライフに乗り遅れ決定だし。
場合によって、私は浦島太郎かもしれない。
ただもしもの話をするなら、合格通知を受け取った日に戻れるかもしれないんだ。
「賭けだなぁ」
「確かに、あなたさまに指摘されるまで、天の国との時差というものを失念しておりました。その、可能な限りあなたさまをサポートさせていただきます。もちろん、永住をご希望になられるようでしたら、骨身を惜しみません!」
「うーん、口約束にならないっていう保証はないんだよね」
「いえいえ! 天の国からいらしたお方は、例外なく天の加護を持ち、どんな窮地にあっても幸運を引き寄せられると言われております。あなたさまを謀れば、必ずその報いを受けることになるのです」
どうやら、偉いおじさんが私を敬ってたのは、そういう理由らしい。
窮地で幸運ねぇ。なんか主人公補正みたい。
「よし、何もわからないまま悩んでも答えなんて出ないね。じゃ、帰れるようになるまでお世話してもらおうかな。できれば、キャンパスライフより楽しい経験ができるといいんだけど」
「キャンパス、ライフ、ですか?」
「学校での思い出づくりみたいな?」
「おぉ、それでしたら。この世界について知っていただくためにも、魔術学園に行かれてはいかがでしょう? 聖女さまも魔王封印に向かうまでの間、通っていただく名門校です」
え、本当にキャンパスライフしちゃうの?
私、異世界でキャンパスライフ? それはちょっと、惹かれるかも。
こうして私は、手違いで起きた異世界召喚によって、大変な三年間を過ごすことになった。
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次回:先生に偽名を貰う