黒白リリーの雨降り傘歌
「ついに泣き出したか」
一つ二つと頬に触れる僅かな感触に、わたしは 人々が雨雲と呼びならわす灰色の瞳を向き出している、空と言う名の泣き虫を振り仰いだ。
「すまないな青常なる高き者。お前の悲しみを受け止められるほど、わたしと言う魂の器は大きくないんだ」
左の腕にひっかけてある、黒き布盾を青き泣き虫の瞳へと向け、そしてボフっと言う小気味よい音と共に、打突武器から変化、その真の姿を露わにする。
女子の中でも前から数えた方が早い高さのわたしの身体が、不釣合いな大きさの布盾によって、更に小さく見える。
「なんだ? そんなにわたしがお前の涙を拒否したのが寂しかったのか?」
灰色の瞳から、ボロボロと涙を我等地上の者へとこぼし続ける遥か高みの泣き虫に、そんな苦笑いがこぼれた。
「早く帰ろう。これ以上泣き続けられては、この暗黒の布盾が常備できなくなってしまう」
徐々に湿気を帯びて行く体と、それによって体に張り付く衣服 そして黒髪をうっとおしく思いながら、足早に住家へと急ぐ。
「っ、あれは……!」
思わず足が驚きと共に止まった。なぜなら、行きつけの書物を扱う商店の軒先にいたのは……いたのはっ!
「こんなところで出会ってしまうとは……!」
バラバラと、まるでわたしの心を知っていて それを心変わりと勘違いしたように号泣し出した天空の涙腺弱者。わたしが目線をかの光に向けてしまっていることが、そんなに不服化?
ーーど、どうしよう。すごいこっちみてるっ! しかも笑顔でこっちみてるっっ!
わっ! わわわっダッシュしてきたっっ!
「巨大傘はっけ~ん!」
「ひゃぁっ!」
慌てて両足をふんばって耐えた。あ……あぶなかったぁぁっっ。
「なっななななんて勢いで抱き着いてきたっ! 危険だとは思わなかったのかっ!」
「うん、くろちゃんだったら大丈夫だと思って」
くろちゃんとはわたしのあだなだ。常に全身黒尽くめだから、いつのまにかそう呼ばれている。まあ、漆黒のダークエンジェルたるわたしには似合いの通り名だがな。
「へ へいきなものかっ! はなれろっ!」
だからだ。だからこそ、このわたしと正反対の 金色の美しい髪や今少し雨のせいで透けてしまっている純白の衣服で彩られたこの少女は、闇と光の定めゆえに出会うと我が行動はおぼつかなくなる。
そしてなにより、この少女の接触癖のせいでよりわたしは行動を制限される。そう……視線やこの鼓動さえも。
「やだよ、今離れたら濡れちゃうじゃん」
「そ、それならもうすこしはなれてもぬれはしないっ。だからせめて……せめてもうちょっとはなれてっ。すくなくとも正面は……」
鼓動が……鼓動が。鼓動だけが倍速になったように激しい。顔だけが不自然に熱い。息が苦しいっ。
っていうかね。
ーー抱き着かれてたら嬉し恥ずかしくてしんじゃうから正面はやめて!
「あっれぇ? くろちゃん、顔真っ赤だよ?」
「にやにやするなこの色欲魔っ! かたをくむなぁぁっっ!」
「かわいいなぁ。声に力がないよん」
「こ、この……ばか。わたしのきもちなんかしらないくせに」
わたしの魂からあふれ出た言霊は、きっと灰色から落ち続ける涙の音で聞こえていないだろう。
「いつまで降るかわかんないし、このまま帰ろ。家、同じ方向だしさ」
「そ、そそ。そうだったのかっっ?」
こ、こえが……こえが裏返ったまま戻ってくれないっ。
ーーやだ。はずかしい。普段以上にはずかしいっっ。
「ほら、ちゃんと傘もってくんなきゃ」
そう言いながらも、この見目麗しい少女は余ってるらしい左手で、二人の間辺りにある暗黒の布盾の柄を握っている。
「う……うん」
頷きはしたものの、正直に言うのならばものすごく困る。正しく言えば、手の位置に困っているのだ。
下手をすると手が……てがふれ ふれあ 漆黒のダークエンジェルたるわたしにはフレア程度の魔法など造作もないっっ!
ーーって、なに言ってるんだろう、心の声なのにっ。
肩組まれて 更に傘の柄彼女が掴んで余計身を寄せられて、自分が思ってる以上に緊張してるなぁ これは間違いなく。
ん? 今、なんか 言った? 口がかわいらしく動いてたんだけど?
「今、なにか。ゆわなかった?」
思ったことを問いかけながら、そろそろと怪しい手つきでなんとか手が触れない位置に手を持って行って布盾の柄を、自由に動かせる右手で掴む。
「ん、うーん。なんにも」
「そのわりに、顔が赤いぞ?」
にやにやな表情で指摘、さっきのお返しだっ。
「なんでもない。そんなこと言う中二病ちゃんは、足ひっかけちゃうの刑だぞ」
「わっ、わわ やめてっあぶないっ!」
あぁまた声が裏返ったーっ!
「あははっ、いやー反応いいよねぇ。普段殆ど喋ってるとこ見たことないのになー」
「ううう……」
なんて弄られながら歩く。
雨でさえなければ、このままずっと歩いていたい。でも……。
ーー雨じゃなかったら、きっとこんな簡単に肩なんて組んでくれなかったよね。
「はぁ。いたしかゆしだなぁ」
「なんか言った?」
「なんでもない」
いたしかゆしうれしはずかし。わたしは心引かれた少女と、肩を組み、未だ続く雨の中を家路へと歩く。
ーー雨降りデートって思えば、ちょっとぐらい濡れてもいいな。そう思いながら。
DAS ENDE