再会への別離
「おじさん」
その声に、斜木が声を上げると、鉄格子の外で丸い瞳の少女がこちらを見ていた。
右腕に布が巻いてあるのを見て、あの子だと気がついた。
「あ……あぁっ」
それ以上、声が出なかった。
斜木はその場にうずくまり、嗚咽を漏らして泣いた。
その斜木の丸まった背を、鉄格子の隙間を伸びてきた、小さく温かい手が撫でた。
あの日からひと月半過ぎたこの日、斜木は監獄を出た。五十件もスリを働いた男の早すぎる釈放に、町民や監獄内からも批判が殺到したが、才がその決断を覆すことはなかった。
並んでこの町を出て行く二人の後ろ姿を見送りながら、この町を離れる、と話した十環を思い出して、燦利は胸につかえるものを感じた。
「おじさんと話して、そうすることに決めました。才様も、了承してくれました」
「……この町にいれば、飢えることはないし、何かあれば助けてやれるぞ」
「もう、十分助けていただきました」
「まだ、右手も不自由だろう。せめて、もう少し回復するまでこの町にとどまったらどうだ」
「あとは、よく動かすようにするだけだと先生も言っていたので、大丈夫です」
燦利は、決心が固そうなのを感じて、それ以上言い募るのをやめた。
あの黄蘭という男がいた屋敷は、ここからそう離れてもいないらしい。もし、十環を探しているとしたら、この町に留まり続けるのは危険でもある。
十環は、布に巻かれた右手を伸ばして、燦利の手にそっと触れてきた。
「優しくしてくれて、ありがとうございました」
そう言って、ほんのり浮かべた笑みは、春の風の様に柔らかかった。
「寂しそうだな」
そう声を掛けられて、はっと横の父を振り返ると、いつになく穏やかな表情をしていた。
「寂しい……のでしょうか。少し、違う気がします」
「どう違う?」
そう問われると、答えを見つけるのは難しい。
燦利は、遠くなっていく人影に目を凝らしながら、考えた。
「多分、近くで見たかったのだと思います」
「見たかった? 何を」
「あの子が、幸せになった姿を、です」
優しくしてくれてありがとう、と言った。優しくできた覚えなどない。あの程度で、優しくしてもらったなどと思わなくていいのだ。
そのもどかしい気持ちが、寂しさに似ている。
「……そうだな」
才も静かに同意した。
「あの子が言っていた、黄蘭という男の事、何か分かりましたか?」
「あぁ、そのことだが、思い当たる男がいる。ただ、もし予想が的中していれば、とても私だけでは手に負えない。慎重に調べてみる必要がある。燦利、お前の手も貸してくれるな?」
「はい、もちろんです」
燦利は、あの日見失いかけた進むべき道が、再び真っ直ぐ伸びているのを感じた。そして、その進んだその先で、再会できることを心の奥底で願った。
小さくなった人影がこっちに向かって手を振り、角を曲がって行った。
才獄編。実質この話で終わりです。
サブタイ通り、一旦、燦利達とはお別れです。
寂しい。