窮地
……2回目、前回は完全に地の利を得ての勝利だった。
今回は果たしてどうだろうか? 勝算はほぼ皆無に思える。
それでもこいつを野放しにする事は出来ない。
何処まで逃げても、こいつは意地でも俺を狙うだろうからな。
「……」
「ふふ」
ゾンビ共のうるさいうめき声が周りには響いている。
だが、俺と彼女の空間だけはまるで別世界…それだけ静かだ。
お互いが動かない。お互いがお互いを睨みかたまっている。
どっちが動く? 動くのであれば向こうだろう。
俺が動いても勝ち目はない。後手に回るべきだ。
「ふぅ…」
ゆっくりと構えた…大きなため息と同時に拳を前に突き出し
左手は自分の頬まで移動させて。
一瞬の油断も出来ないこの瞬間…時間は過ぎていく。
「……ふ」
「く!」
最初に動いたのは予想通り彼女、吸血少女の方だった。
彼女は一瞬の間に間合いを詰め、俺の顔を狙い殴りかかってくる。
その攻撃をいなし、背後に回ると同時に肘で彼女の背を殴った。
最初の攻撃を捌かれ体勢が崩れていた彼女への追撃。
この一撃が入ったことで、彼女の姿勢は大きく崩れる。
「ファイヤ-!」
「ん、熱!」
接近しての追撃では効果が薄いのは分かっていた。
だから、多少の疲労は覚悟してでの魔法による攻撃。
「へへ!」
「この!」
彼女がこちらに向かって伸ばしてくる拳に自分の拳を当てる。
破壊力は向こうの方が上。俺は彼女の一撃に耐えきれずに後方へ飛ばされる。
「でも、これは狙い通り! ブレイブスマッシュ!」
「んな! がふ!」
俺の一撃は完全な不意打ちだった。
彼女はこの攻撃に対処することも出来ずに切断される。
…上半身と下半身が真っ二つ…常人なら死んでる。
「……かは」
「不意打ちでしかお前には勝てないんだ…悪く思うな」
「……ふ…ふふ、す、凄いね…だから…あ、アドバイス…だ」
「…何だ?」
「早く…私を殺すべきだよ……心臓を突き刺し、引き抜き、殺すべきだ」
「……」
ゆっくりと剣を持ち上げ、彼女の心臓に狙いを定めた。
……だが。
「……躊躇うのは死を意味する」
「うぁ!」
彼女は俺の足を掴み、地面に叩き付けてきた。
「がふ…そ、そんな…上半身だけで…」
意識が朦朧とする…不味い、頭を強く打った!
視界が…ぼやける…い、意識をた、保たないと!
「躊躇うことなく私を突き刺していれば…あなたは私に勝ってた。
驚いたよ、まさかあんな隠し種があったなんて」
「も…もう…下半身…再生したのかよ…」
「その通り。あなたは絶好のチャンスを逃したの」
あぁ、確かに絶好のチャンスを逃した…あんなチャンス
もう来ることがないだろう…彼女の下半身を切断し
ほんの少し度胸を持てれば殺せるほどのチャンスは…
「最初の時だってそう。意識を失った私を殺しておけば良かった。
そうすれば逃げられることもなく、こうやってあなたと
その仲間が危険な状態に陥ることもなかった」
「……」
「あなたは甘い。なんで私にトドメをさせなかった?」
「……自覚が無かったから…お前を生かすことで危機的状況に陥るって…
殺さなきゃならないって自覚してる相手なら…殺せるが
殺さなくても良いかもって思った奴は…殺せない。
お前の見た目がただのコウモリとかなら…躊躇わないけど」
「……同情したの? ふ、甘いね」
「…おいおい、同い年の子供って見た目の奴を…ひと思いに殺せるかよ…」
「まぁ良い、その選択と同情があなたと国を滅ぼす」
「あぁ…馬鹿だよ」
本当に馬鹿だよな…こいつを生かしていたら不味いってのに。
「一応、最後にあなたに名前を教えてあげる」
「そ、そう言えば…聞いてなかったな…」
「私はラキ。吸血鬼の真祖の血を引く純粋な吸血鬼」
「……通りで…強いわけだ」
「よろしく……まぁ、吸血は後にして」
彼女は何故か動けない状態の俺を持ち上げる。
「何を…」
「ふん!」
「ぐ!」
……は、腹を思いっきりぶん殴られて意識を失う。
何が…狙い…で? 畜生…クソったれが…
「……こいつがあなたが欲しいという子供?」
「そう。彼女は私が貰う。他は良いけどこいつには手を出さないで。
一応、許可を貰いに来た」
「構わない。そう言う約束だしね」
「ん、私は気に入った人間を自由に捕まえて良い。
その代わり、この襲撃に加担して欲しい。だったっけ」
「そう、だから本来は私の許可を得る必要も無い」
「分かった、じゃあ、こいつは私が貰う」
「…でも、なんでそんなワーウルフに執着しているの?」
「私に初めて傷を付けた奴だから」
「…そう、で、まだ襲撃の加担はしてくれるのよね?」
「……まぁ、こいつを貰えるって言うなら手伝ってあげても良い。
でも、まだ吸血をしてないからその後で」
「先にすれば良いのに」
「許可を貰おうと思ってね」
「そう言うところ律儀よね」
「まぁね…さ、いただきます」
……首元に針が刺さるような感覚。
その痛みで俺の視線は僅かに開いた。
少しずつ力が抜けていく…このままじゃ…マリス…
(大丈夫、頼りになるお姉ちゃんを信じろ)
俺は心配するあいつに、そう言って1人で戦う事を選んだ。
それなのに負けてこのザマだって? ふざけんなよ!
「……お…れは」
このままじゃ…俺は嘘吐きになってしまう。
マリスを泣かせてしまう。あいつに辛い思いをさせてしまう。
それは駄目だ、それだけは駄目だ。それだけは許されない!
「俺は…俺は! 頼りになるお姉ちゃんのままじゃねーと駄目なんだよ!」
「く!」
全身が痛む! 激痛が走る! でも! こんなのどうでも良いだろ!
ここでくたばる訳にはいかねぇんだ! マリスの成長を見届けないと駄目なんだよ!
死んだという、父さん母さんの代わりに!
あいつを1人にするわけにはいかねーんだよ!
「あいつを1人には出来ない! 泣きじゃくるあいつの姿は見たく無い!
あいつの唯一の家族として! 成長を喜んでやれる唯一の家族として!
俺は! 俺はお前の眷属にも! 死んで化け物になったりも出来ない!
俺はあいつのお姉ちゃんのままじゃないと駄目なんだよ!
約束したんだ! だから! ここでくたばれるかよ!」
「なんで…吸血したのに! 動けない程に追い込んだのに!」
全身が痛む。まるで体中が炎に包まれたかのような痛が走る。
痛い、とにかく痛い…全身をズタズタにされてるような痛みも感じる。
だが! そんなのは関係ない! 俺は戦う!
例え激痛の中だろうと! マリスの元に帰るためには抗ってやる!
「俺は! ここでは死ねない!」
目を再び開いたとき…周囲の動きは非常にゆっくりになっていた。
アンデッド達は殆ど動きを見せず。ラキもゆっくりと仰け反っていく。
まるで世界の時間が遅くなったかのような、そんな状態。
「…何だ?」
そんな世界の中でも、俺はいつも通りに動けた。
普通に歩けるし、普通に拳も振り回される。
そして体中を見て回ったときに分かったことだが
不完全に回復していた筈の腹の怪我が完全に癒えていた。
これも何故だ? 今、何が起こっている?
いや、それは後だ…何が何だか分からないが、やるべき事は決ってる!
周りに居るアンデッド達を壊滅させることだ!
「うおぉおお!」
ゆっくりと動き回っているアンデッド達。
この程度の速度ならばすぐに殲滅が出来る。
全員、俺の動きには気付いてないようだった。
だが、ラキは俺の動きを目で追っているように見える。
しかし、奴は動かない。ならばあいつは最後だ!
今はこの周りに居るアンデッド達を全員ぶっ倒す!
「はぁ!」
ゆっくりと動くアンデッド達を1人、また1人と撃破していく。
少女の様な格好のアンデッド。死体にしては随分と血色が良い。
でも、ここにいると言うことはアンデッドなのだろう。
俺はその少女も強く殴り付ける。
「最後はお前だ!」
最後にラキへの攻撃を仕掛ける。
彼女はゆっくりとした動きではあるが、防御をしようとしている。
だが、そんなゆっくりとした動きでは俺の速さには反応出来まい。
彼女の防御をくぐり抜け、俺は彼女を強く蹴り飛ばした。
ゆっくりと吹き飛んでいく彼女へ何発も追撃を入れ、森の木へ叩き付ける。
「はぁ…はぁ…何が起こったんだ?」
さっきまであそこまで早く動いていたラキの動きが唐突にゆっくりになったのは何故?
全く分からない…でも、倒すことが出来た。
「……」
ボロボロになったラキを眼前にして、俺は再び悩んだ。
彼女を殺すべきか…それとも、生かすべきか。
これから先の事を考えれば…殺すべきだろう。
彼女はきっとまた俺を狙ってくる。だから今殺すべきだ。
……しかし、何故か彼女の姿とマリスを重ねてしまう。
同じ様な身長の小さな女の子…何で俺は彼女を殺せない?
殺すべきなのに…その方が、俺にとってもマリスにとっても良いはずなのに。
…いや、本当にそうなのだろうか? 抵抗できない状態の小さな女の子を殺して
俺はマリスが誇れるような姉になれるのだろうか?
……いや、きっとなれない。こいつを殺しちまったら
俺はマリスの自慢の姉にはなれない。マリスがこの事実を知らなくても
俺は知ってるんだ…なれるわけが無い。
「……」
彼女を殺すのは止めて、俺はマリス達に合流するためにアンデッドの群れへ突撃した。
全部鈍い、俺はアンデッド達を排除しながらマリスの元へ走る。
そして、涙を浮かべているマリスの姿を見て…安心したのか全身の力が抜けた。
「何! え!? セイナさん!?」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「な、何!? 何なのこの子! 何あの速度!
アンデッド達を蹴散らしながら戻ってきた!?
何処から!? どうやって!? 何あれ!?」
「わ、分からない。でも、今は動けないみたいだし急いで保護しないと!」
「お姉ちゃんに近付くなぁ!」
「…あ、アンデッド達が…」
「仲間同士で殺し合ってる? 同じゾンビなのにどうして!?」
「ゾンビがゾンビを殺す事はある。狙いが違うゾンビ同士は殺し合うって」
「でも、今までそんな事!」
「なんでいきなり殺し合いを始めたかは分からないけど、
今がチャンスなのは間違いないわ! この間に一気に殲滅よ!」
「うん!」
ゾンビ達の唐突な仲間割れもあり、王都は無事に防衛された。
何故ゾンビ達が唐突な仲間割れを始めたかは不明だったが
最も有力な説はネクロマンサーが排除されたからと言う物だ。
しかし、あの群れをかいくぐりネクロマンサーを排除できる物が何処に居る?
ネクロマンサーの位置も不明だというのに…どうやって?
色々な不足の要素はあるが、王都はこれが真実だと把握し、住民に発表。
何故なら、ネクロマンサーを討伐したという冒険者が出たからである。
彼女達パーティーは国で盛大に祝われた。
……本当の英雄は別にいるというのに。
「……お姉ちゃん」
「恐らく、ネクロマンサーを撃破したのはセイナさんでしょうね」
「何でそう思うの? もう討伐したって奴らが出たし」
「Sランクのバックワードでしたっけ」
「そうよ、確かにSランクならネクロマンサーを撃破したとしても不思議は無い」
「でも、証拠はない。それにバックワードは積極的に動くパーティーでも無いし」
「だけど…セイナさんが倒したって言うのも…証拠無いし、可能性低いじゃん」
「あの速さで動けた理由は分からないけど、あれだけの速度で動けるなら
ネクロマンサーを撃破したとしても不思議じゃ無い。
それに、アンデッドの群れを蹴散らして戻ってきたんだよ?」
「…分からないわ、でも、セイナさんが目覚めれば全て分かるわね」
「うん…それまで待とう」
「お姉ちゃん…」
1週間経っても起きないから…最悪、目覚めない可能性も…
いや、大丈夫、セイナならきっと大丈夫。
私達は信じる事しか出来ないんだから。




