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予言ノート(僕の妹・美樹シリーズ)

作者: 神野 守

僕には一つ下の、美樹という妹がいる。そこそこ可愛くて頭も良いのだが、その表の顔とは別に、裏の顔を持っている奴だ。幸い、僕の事をお兄ちゃんと慕ってくれるのだが、敵と判断した奴には怖い対応をする。


父はけっこう厳しくて、手こそ出さないが大声で怒鳴る。たまに機嫌が悪いと、理不尽な理由で怒られたりするが、僕は気が弱いので反抗はしない。しかし美樹は、父に見つからないように、父の歯ブラシで床を拭いたり、父の飲むお茶に唾を入れたりと陰湿な仕返しをする。


僕はそれを知っているが、父には言わないし、もちろん妹をとがめることはしない。僕の出来ない憂さ晴らしを、代わりにやってくれているからだ。


小さいころから、彼女は研究熱心だった。「明日、天気にな~あれ!」と言って靴を飛ばし、表なら晴れ、裏なら雨、横ならくもりと、結果を毎日表に書き、次の日の天気と確認していた。当たる確率はどうなのか知らないが、けっこう飽きずに続けていたので感心したものだった。


また、お菓子を置いてからどのくらいでアリが集まってくるかなど、かなりマニアックな研究もしていた。中学生になると、透視能力を開発すると言って、裏返したトランプのマークや数字などを当てる実験をしていた。彼女はけっこうデータをつけるのが好きなのか、必ず結果をノートに書いていた。


すると今度はタロットカードを買ってきて、占いをするようになった。好きな男子のこととか、テストの問題まで予想して、かなり僕もお世話になった。美樹はメガネこそしているが、それでもかわいいほうだと思う。ニコニコしているので、友だちも多いようだが、ニコニコしている裏の顔は、僕以外はみんな知らない。


彼女には、同じクラスに気になる子がいた。麗菜れいなという名前のその子は、髪が長くてお嬢様系のおとなしい女の子だ。川口春奈に似ている感じで、けっこう男子からの人気があった。自分のことをそこそこかわいいと自負している美樹は、彼女にライバル心を持っていた。


ある日美樹は、彼女がバレンタインに手作りチョコで、同じクラスの藤田という男子に告白するらしいという情報を、友だちから聞いた。実は美樹も、藤田のことが好きだった。恋愛には奥手の美樹は、好きな男子にチョコをあげるなんてことはしたことがなかった。


ライバルに好きな男子をとられるかも知れないと焦った美樹は、夜に僕の部屋にやって来て一冊のノートを見せた。そのノートの表紙には《予言ノート》と書いてあった。「なにそれ?」と聞くと、そのノートに願い事を書いて、その予言を的中させるためのノートだと言う。僕は、デスノートみたいだなと思った。


美樹が言うには、言葉には言霊があり、強く念じれば念じるほど、その通りになるのだという。透視やタロットなどをやっていくうちに、霊感が強くなってきたと彼女は言うのだ。そして、いつかこの予言ノートを試してみたいと思っていたのだが、怖くて出来なかったのだ。


「こんなノート、使っていいのかな?」

珍しく妹に頼られて気分が良くなった僕は「殺人さえしなければいいんじゃない?」と言った。


「うん、私も殺人だけはしない」

殺人だけはしないって、上限はどこまで考えているのかは、怖くて聞けなかった。


その日から、美樹の《予言ノート》生活は始まった。彼女のやり方はこうだ。

《麗菜はフラれる》という言葉を、1ページいっぱいに書く。書きながら呪文のようにその言葉を唱える。それを、バレンタインまでのあと一週間、毎日続けるのだった。


僕はときどきノートを見せてもらったが、ページいっぱいに隙間なく《麗菜はフラれる》という言葉が書かれていた。美樹の一途な思いが叶えばいいなと思ったが、そんなことあり得るのかなという思いも半分あった。


そんな日々が一週間続き、ついに運命の朝がやってきた。緊張した面持ちの美樹は、目を瞑りながら朝食のトーストをゆっくりと噛みしめていた。僕は緊張に耐え切れず、先に学校に行った。


授業が終わって下校時間となり、いよいよ運命の瞬間がやってきた。麗菜は一人で校舎の影に立っていた。それを遠くで、美樹と僕は見張っていた。麗菜の友だちに言われて、藤田は麗菜のところにやってきた。何か話しているようだが、遠すぎて言葉はわからない。


麗菜が手作りチョコを差し出すと、藤田は喜んで受け取っていた。

「これって、OKってことなのか?」


僕は隣の美樹に聞くが、美樹は黙っていた。そして、そのまま美樹は走って家に帰った。彼らは何も悪いことはしていないのだが、僕は、かわいい妹を悲しませるこの二人が憎かった。


家に帰ると、美樹は自分の部屋に閉じこもっていた。僕は、かける言葉も見つからなかったので、何も声はかけなかった。その後数日間、美樹はあまり笑わなくなってしまった。


ところが、事態は急変することになる。

ある日の夜、僕の部屋に美樹がやってきた。


「お兄ちゃん、ちょっといい?」


僕は宿題があったが、妹と久しぶりに話せるのが嬉しかった。美樹は、例の《預言ノート》を見せた。そこには、”missionミッション completeコンプリート”と書かれていた。


「ミッション・コンプリート(任務終了)!?」


僕には意味が分からなかった。願いは叶ったという意味なのだろうか?不思議に思う僕に、美樹は詳細を語ってくれた。


実は、あのバレンタインの手作りチョコを食べた藤田くんは、チョコが原因で食中毒になり入院したというのだ。それが原因で大事なサッカーの試合にも出れず、退院後、麗菜に交際を断ったらしい。そのショックのため、麗菜は今、登校拒否状態なのだ。


「ということは、願いが成就したということ!?」

そう尋ねる僕に、美樹は紙袋を差し出した。


その中には、木で作った二体の人形があった。そして、頭の部分には、隠し撮りした藤田と麗菜の顔写真が貼られていた。よく見ると、藤田の人形の腹の部分には、何度もコンパスの針を刺した痕があった。美樹は、バレンタインの告白現場を見届けたあと、急いで家に帰り、この人形を完成させていたのだ。


そして、再び《預言ノート》に《麗菜はフラれる》という言葉を書き続け、藤田人形の腹を刺し続けたのだ。真っ暗な部屋にキャンドルを二つ灯し、ブツブツと念じるその光景を想像すると怖くなった。その結果、藤田は食中毒を起こしたのだろう。


美樹はさらに、麗菜の写真の頭の部分に、針を刺し続けたという。その努力の甲斐あって、見事に、”missionミッション completeコンプリート”させたのだ。ニコニコと笑う美樹を見て、「こいつに恨まれたらおしまいだ」と僕は思った。


「これからも仲良くしようね」


そう笑う美樹の言葉に、僕はうなずくしかなかった。

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