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春になりたてじゃまだ寒い

「有里沙・ルス・レイシェルドです。フランスから来ました。まだまだ日本のことも分かりませんが、親しくさせていただければ幸いです!」


有里沙は、そういうと元気よくお辞儀した。

お辞儀の勢いが強すぎて、伸びた髪が後を追う。

その姿に和む女子、歓声を上げる男子。

まぁそれもそうだろう。こう言ういわゆる美少女には、抗えない美というものが存在する。

どんな者も、その美の前では思わず頰が緩む。まぁ、先程の廊下の少年のような者は別だが。

そんな事と同時に、銀髪、もとい秋 飛鳥は、職員室前で再開した思い出の少年のことを考えていた。


それにしても、小森くん、私のことを覚えてなかったか…。

周りに興味が無いのは知ってたけど、まさかあそこまでだなんて…。

去年、入学式当日のあの日から、私は彼に惹かれている。

多分、他の女の子は彼の魅力になんて気付かない。2年間嫌われ者を見てきた私しか気付いてないだろう。

でも、なんで覚えてくれなかったんだろう…。

私、自慢じゃ無いけど顔は悪く無いと思うのに…。

そういえば、有里沙のことは行為ではなくとも、ほんの少し興味がありそうには見てた…。

ふと隣の有里沙を見ると、彼女は男子の質問に答えていた。


「有里沙ちゃーん!運動得意ー?」


「そうですね、自信はありますよっ!」


そういうと、有里沙は元気よく跳ね上がった。

それと同時にあがる男子の歓声。

そうか、胸か。揺れる胸か。

ふと見下げると、そこに広がる平原。

すっ、と手を当て、ため息をつく。

なんでかなぁ、無い…わけじゃないけど…微?いや、美かな。


バンッ!


急に響いた大きな音。

やってきたのは、イヤホンをつけてゲームをするふりをした少年。

女子のショートカットのような髪と、鋭利な刃物のように切れた目、肩幅が狭く、制服を着ていなければ女の子にさえ見えそうなその姿。

小森 奏だ。


「なに?あの態度。本当あり得ない」


「有里沙ちゃんも可哀想だよな、あんな奴がいるクラスに入れられて」


陰口が教室に広がる。

有里沙は、胸に手を当てて心配そうに小森君を見ている。

すると小森君は口を動かし、「大丈夫だ」と一言。

気付けば、クラスは小森君の悪口は酷いものになっていた。

…それこそ私の遅刻に気付き始めていた人もいた。

だがその攻撃の矢を小森君は全て自分へ向けた。憎まれ役だ…。

多分、薄々有里沙もそれに気付いているのだ。

ただ少し、それだけではないような気もするのだが…。

ふと小森君を見ると、彼は私にガッツポーズを向けていた。それも慰めるような目で。

その視線の理由に、私はすぐに気付いた。

…私、胸に手を置いたまんまだった…。

恐らく、気にしている事に気付いたのだ。

いや、まぁ事実だけど…事実だとしてもなんか気にくわないっ!


気付けば、チョークを投げていた。




キーンコーンカーンコーン


チャイムの音。今度は自分の席で聞いている。

しかもこれは、始まりではなく終わりのチャイム。部活のない生徒を帰らせるためのチャイムだ。

だが、部活もないのに僕は教室にいた。

一人窓から見える夕焼けを見つめる。

考え事というやつだ。

有里沙、と書いてあったか。あの金髪、やはり見覚えがある。

だが、今日一日、出てこようとしては出てこない。


「んーーっ!」


頭を激しく掻き、やがてぶらんと両手を下げる。

下校のチャイムもなった。これ以上考えても無駄みたいだ。帰ろう。

そう考え、バックに手をかけた瞬間。

ガラガラッと前のドアを開けたのは、朝会った銀髪。


「ん、銀髪か」


「変な名前つけないで。…もしかして名前わかんない?」


「…」


うん、ごめん。わかんない。

とは言えないしなぁ…。どうするべきか…。


「飛鳥。秋 飛鳥よ、覚えてね」


おお、自分から教えてくれたか。


「はい、さーせん…」


「はぁ…。まぁいいわ。で、まだ帰らないの?」


「まぁ、考え事してて」


「ふーん、でも、部活終了時間なのにここにいるのは、委員長としては見過ごせないわね」


ふむ、委員長だったか。

銀髪…秋は、腰に手を置きながら僕のところへ歩いてきた。


「ねぇ、部活、入らない?」


「…はぁ?」


意味がわからなかった。

どの流れで部活勧誘に行き着くのだろうか?

秋の顔を見ると、割と真剣だ。


「一応聞くけど、なに部?」


「探偵部!」


探偵部。探偵部、か…。

なるほど、聞くからに胡散臭い。

なんだ探偵部って。学生がやるもんじゃねえだろう。僕は高校生探偵じゃねぇぞバーロー。


「ま、付いてきてみてよ!」


半ば強引、それも意思さえ伝えられずに僕は手を引かれた。

ま、ここはまぁまぁ学力も高いし、そんな大それた事件なんてそうそうないだろう…。


そう思っていた時期が、僕にもありました。

机の上には紙、紙、紙。その全てが依頼書である。


「あっ!小森さん!」


走ってきたのは金髪っ娘。

元気に髪を揺らしている。


「ん、金髪か」


「…」


どうしたのだろうか、急に黙り込んでしまった。

金髪はもじもじと手を弄りながら、少し頰を赤らめて口を開いた。


「あの…名前を覚えていただけていないのなら、有里沙、と呼んでいただければ…」


「なんだ、そんなことか。ふむ…そうだな…」


少し考える。

有里沙、とは彼女のミドルネームだ。

あまり親しいとも言えない僕が呼ぶような名前でもない。

そもそも、彼女はクラスの男子のほとんどから有里沙ちゃんと呼ばれている。今更恥ずかしがることなどないだろうに。

結論、彼女は僕に気を使っている。

ならば、そんな気など使わなくて良いことを示し、楽になってもらおう。


「わかった。じゃ、レイシェルドと呼ばせてもらう」


「え…あ、はい…」


声のトーンが下がった。成る程、ホッとしたんだな。

僕は、初めて女子の心情を理解できたことに、深く感動した。

だが、うんうん、と一人頷いていると、脇腹に激痛が走る。


「痛っ!?」


「わかってないのね」


痛みの方向に目を向けると、銀髪が不服そうな顔でそう言った。

意味がわからず、しばらく向き合ったまま固まっていると、やがて銀髪はすっと顔をそらした。髪の間から見える耳が赤い。そんなに怒ってたのか…。

すると、今度は逆方向からの攻撃。


「うおっ!?」


「むー…」


こちらは金髪が頰を膨らませて唸っている。


「どうした…?」


「わかりません」


わかんないのに突いたのか?とんだサイコ野郎だな…。

わけもわからず二人の少女の怒りの矛を受けていると、そこに助け舟が入った。


「お、やってるかー?探偵部」


ガラガラっと扉をあけて入ってきたのは、坂巻先生。


「こんにちは、坂巻先生」


「こんにちはっ!」


「んす」


三人それぞれ挨拶をすると、坂巻先生は部屋の隅に置いてあった椅子に座った。

てかお前ら、さっきの怒りの顔はどうした。


「それで?小森の連行はうまくいったみたいだな?」


「えぇ、先生の言っていた通り、一人教室で格好つけていました」


格好つけてただと?先生がそう言ったのだろうか。なに吹き込んでんだこのクソババア。


「あ?」


坂巻先生の凍てつく目が僕を刺す。

え、やだ。聞こえてたかしら。

…いやまて、マジでどう気付いた。

とりあえず、主犯が先生だということを知ったわけだ。連行の理由を聞かなければ。


「で、僕はここでなにをすれば?」


「入部して、依頼を片付けろ」


いや、まぁわかってはいたが…。

本当に探偵をやってるのか、この部活。

依頼書を手にとって見てみると、中には学校外からの依頼もあった。

だが、ここで少し疑問点が生じる。


「あの、探偵部の部員でこれで全員ですか?」


「ん?そうだが。なにか変か?」


「えぇ、きんぱ…レイシェルドは転校生、僕は今日初めてここに来た。なら、探偵部は秋一人だということになります。ですが、秋だけにここまで大量の依頼が集まりますか?」


そういうと、先生はあれ?と拍子抜けな顔をした。


「なんだ、お前にしては勘が悪いな?昼休みの放送で有里沙が探偵部入部の話してたろ?

…いや、お前そもそも屋上で一人で食うのか」


「あぁ…もうだいたい理解しました…」


「え?小森くんはこの大量の依頼の理由がわかるんですか!?」


うん、君のおかげだね。

とは言わない。「まぁね」と一言。

まぁ、学校外からの依頼には少し疑問が残るが…。まぁいい、概ねの依頼の理由は理解した。

つまり、レイシェルドへ近づきたいがための依頼。

ほとんどの依頼は差出人が男子。それも、その内容は掃除の手伝いや勉強会の誘い。


「まずは、いらないものの削除からするといい」


「ま、それが妥当だな」


僕の意見に先生も頷く。

よし、最後まで呼ばれた理由は分からなかったが、僕は帰るか。


「それでは」


依頼書を机に置き、バッグを手にかけて振り返る。

さて、愛する妹のところへ帰……。


「ちょっと先生。帰れないんですが」


「いや、帰るな。お前も手伝え」


いやだなぁ…。やんわり雰囲気で断ったつもりだったのになぁ…。


「なんでですか、理由がありませんよ」


「そうだなぁ…。あ、確かお前、アニメ好きだったな?」


「え?まぁ」


「お前の好きなキャラ、全部おんなじような感じだよな?」


「違いますけど。全然違いますけど」


「いや、風貌は一緒だろ?」


「…まぁ、細部は違いますけど大まかな共通点くらいは」


たしかに、僕が好きなキャラには必ずと言っていいほど共通点がある。

それは主に


「金髪だよな?」


そういうと、先生はレイシェルドの肩を持ち、僕の方へ押してきた。

彼女は、口をパクパクさせ、顔を赤くしている。

そうだよね、まぁ怒るよね。ごめんね。


「たしかに、僕は金髪6好きですよ?ですが、それはアニメの世界においてです。しかも、彼女は僕が好きな金髪キャラの条件を満たしていない…!」


「お、おう、急に真剣になってどうした」


先生がすこし身構えている。

少し声を張りすぎたか。

だが、実際彼女には一つ足りないのだ。


「ツインテールですよ、ツインテール。あとニーソ。金髪ツインテールと言ったら、ハイニーソと絶対領域はセットでしょ」


「お、おう…」


おっと、三人とも変態を見る目なのはなんでかな?

だが、僕は事実を言っただけだ。実際、僕の好みを餌にするなら、ニーソは絶対条件なんだから。

ま、変態と思わせた方が、この場から逃げやすいし、そういう演技なんだが。

だが、この先生の前じゃ嘘は見抜かれる。…なぜが直感的に。

ならば、真実のうちで軽蔑されるように立ち回るだけだ。

本当の趣味を、誇張して変態ののように…ように…ようにっ!そう、あくまで変態の「ように」!


「だ、だが、お前あれだろ、銀髪も好きだろ?あのー、なんだかクトゥルフ神話かなんかのニャルラト…」


「待ってください、先生。それ以上はダメです」


先生の発言を、銀髪が即座に止める。ナイスだ。

少し著作権的に危なかったが、まぁいい、いいパスだよ先生。


「たしかに、銀髪も好きですが、先ほどと同じ通り、ここは三次元です。第一、秋は髪結んでるじゃないですか。僕が好きなのは銀髪ロングですよ。この程度のポニーテール、クソほどの興味も…」


僕は言葉を止めた。

しまった、言いすぎた。そこまで貶すつもりはなかったとはいえ、この言い方はまずい。クソはまずい。

よく考えれば、さっきから金髪も言葉を発さない。


「…」


「…」


二人とも何も言わない。

教室の中に冷たい空気が流れる。

やがて、動いたのは銀髪だった。

バッグと金髪の手を取り、扉を開ける。


「帰ります」


それだけ言って、二人は教室を去った。

さっきとは違う空気だ。先生も僕も、何も言わない。


「なぁ、小森」


先に声を発したのは、先生だった。


「はい」


「お前の事情は知っている。お前の気持ちも少しは理解してるつもりだ」


「…はい」


「少しは、受け入れてみないか?」


先生のその言葉に、溜息をつく。


「…たしかに、今のは僕が悪かったです。ゴミクズとはいえ、人の形をしたものに言われる言葉としては、不快だったと思います。

…やりすぎた。後悔した。そんな気持ちがないわけじゃ無いです」


「なら…」


「でもだめなんですよ。アイツらは僕と関わらない方がいいんですよ。それはどんな奴でも一緒です。どんなに僕に好意を持ってくれたって、僕はきっとその好意に返せない」


先生は、黙って窓の外を見つめている。

続けろ、ということか。


「彼女たちはまだ僕の領域に踏み込んでいない。傷ついてもらう前に、先に突き放すのが懸命でしょ」


先生は、まだ窓の外を見つめている。

やがて、そのまま僕の言葉に返した。


「なぁ小森。私もお前とはそこそこの付き合いだ。少なからず、お前に近寄ろうとした者達もみてきている」


「はぁ…」


「だがな、アイツらは、なんだか違う気がするんだ」


「なんだかって…つまり勘じゃないですか…」


「まぁな。だが、私の勘はよくあたる」


「なぁ小森、もしお前の心が少しでも動いたらでいい。ほんの一歩、踏み出してみないか?」


先生は、朝より優しい笑顔でそう言った。

その言葉に、少しだけ思った。

たった一歩だけなら。試すだけなら。

少し、近づいてみるのもいいのではないかと。

ただ、それでも。


「僕は多分変わりませんよ。アイツらには、アイツらの世界があるんでしょうから」


きっと、二人はもう僕に近づかない。

初対面でもわかる。なんせ、僕への態度なんてみんな同じようなものだから。

あんなことを言われたんだ。朝のことで少し好感を持たれていたとしても、帳消、いやむしろメーターはマイナスだろう。


「僕も帰ります。さようなら」


バッグの取っ手を強く握り、教室の扉を開ける。


「小森」


「…なんすか」


「まだ、学校は嫌いか?」


朝と同じ質問。

僕は、迷いなく答えた。


「えぇ、とっても」


扉を閉めれば、教室の光が遮られる。

窓の外の空が暗くなったのに気付く。


「はぁ…」


春になって日が昇る時間が少し長くなった。

気温も上がってきて、制服の上着を脱ぐ生徒もチラホラ見受けられる。

ただ、いつもと同じはずの廊下は少し、ほんの少しだけ、肌寒かった。


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