なんの変哲も無い出会いとチョーク
「ハァ、ハァ…!」
息を切らしながら坂道を登る。
全く、この坂はいつも僕を苦しめる。
通称、天昇坂。
なぜあの学校はこんな坂の上に作ったのだろうか。作った奴の精神を疑う。
もうそろそろだ。この地獄の坂を登り終える。
自転車を漕ぐ力を上げて、ラストスパートを粘る。
じきに足への抵抗がなくなり、坂を登りきったのがわかる。
ふぅ、と息をつきながら、校舎手前の道路を自転車で進む。
少し廃れてはいるが、この学校の雰囲気は良いものだ。
なぜだかは分からない。が、なんだか懐かしい感覚を覚える。
昔ながら、とか言うやつだ。僕平成生まれだけど。
駐輪場に自転車を置き、そのまま校舎へ入る。
と、まぁ余裕を持っているように言っては見るが。
キーンコーンカーンコーン
聞き慣れた、少し大きめのチャイムの音。
入学式の日に驚いたのを思い出す。
そしてこれは、ホームルームの始まる合図。
そしてこの音を教室の外で聞いている僕は…。
「遅刻だぞ、小森」
やがて下駄箱の陰から見えたのは、白と青のジャージを着た女性。
「…さーせん、坂巻先生…」
「ふむ、罪の意識があるならすぐに教室に行くがいい」
腕を組んで仁王立ちの坂巻先生。
とてつもない貫禄だが、よく見ると…いや失礼、よく見なくてもとても美麗な方である。
しっしっと手を振る坂巻先生に促され、すぐに上靴に履き替えて坂巻先生の横を通る。
先生の長い髪が揺れた瞬間、坂巻先生が少し優しく言った。
「まだ、学校は嫌いか?」
声に合わない強引さで襟を掴みながら…。
いや、こう言うセリフの時の行動じゃ無いでしょこれ。体罰よ?この人なんで教師になれたんだろう。
だがまぁ、先生なりに気を使ってくれているのだろう。
だが、僕はその問いに答えない。
少しだけ胸に刺さる罪悪感を抑え、先生の厚意を無下にし、話を変える。
「…呼び止めるんですね、僕も先生もはやく教室行かなきゃいけないんじゃなんですか」
「なに、心配するな。今日は木曜、私の体育の授業は3限からだ」
成る程、僕の予定は無視か。アンタ教師だろ。
坂巻先生は結んでいた青く腰まで伸びた長髪をほどくと、棒付き飴を舐め始めた。
「まぁ聞け、小森。お前には用事があるんだ」
「じゃなんで追っ払ったんだよ…」
すると、先生はキョトンとした顔で言った。
「なんでだ?来い来いと手招いたんじゃないか?」
あ、そういうやつだったのね。完全に間違い…じゃないね。だって襟掴まれる前「あっ」って聞こえたし。
そっか。この人こういう人だったわ。真実を捻じ曲げられるなんて先生すごーい。
「それで?用事とは?」
「あぁ、ま、簡単なお仕事だ。来たまえ」
すると先生は明確な手招きをした。やっぱさっきの手招きじゃなかったんだな。
ただ、先生はどこか別の場所に手招きをしている。
その理由は、すぐにわかった。
「はい…えーと…」
おどおどした声で顔を出したのは二人の女子生徒。
片方はそこまで緊張していない趣だ。
一方は綺麗なブロンドヘアが腰まで長く伸びている。鼻筋が通り、紅いめは大きく開いている。
もう片方は長く伸びた銀髪を、ポニーテールに纏めている。こちらも少し幼い顔立ちだが、蒼く光る目が印象的だ。
二人とも胸につけたリボンの色は赤。
僕と同じ学年カラーだ。
この学年にこんな美少女がいたとは。なんとも驚きだ。
「えーっと…何組の方でしたっけ…?」
とりあえず、僕はこう聞いた。
そう、相手を知らないときはまずこれ。
「あれ?名前なんでしたっけ?」「佐藤ですけど」「やだなぁ!下の名前だよう!」的な。
すると、彼女達と先生はキョトンとしている。
え?なんか変なこと聞いた?最近はちょっとしたことでセクハラとか言うしなぁ…。ま、クラス聞いただけだけど。
「いや、うん。小森?」
「え、なに」
すると先生は、金髪の彼女の肩に手を置いて言った。
「彼女は転校生。今日からこの高校に通う生徒だぞ…」
3秒の間。
そっかぁ。転校生かぁ…。うん、まぁ分かってたよ?うん。気付いてた。
「あ、あーどうりで二人とも見たことないわけだー!そっかそっか、そーなんだー!」
と、とりあえず誤魔化してみた。
だが、先生は銀髪少女の肩を叩いてまたもやこう言った。
「まぁ、こっちはお前と2年間同じD組だがな」
「小森くん…流石に酷いわ…」
銀髪の彼女の蒼い目は哀れみの目。
かわいそうなボッチを見る目。痛い。
「いやぁ、人に関わらんやつだとは思っていたが、ここまでとは…」
先生まで…。
まぁ、言われてみればどこかで見たような気もする。
…やっぱしない。
だが、言われたままでは癪だ。僕も腰に左手を当て、反論した。
「いやいや、僕は平穏に過ごすんですよ。誰にも知られず誰も知らずに生きるんですよ」
「いや、でも小森くんは有名よ?」
即座な銀髪少女の反論。
そして彼女は、悲しい顔で続けた。
「ただ、顔を見せられてもしっくりこない人が多いけど…」
「それ有名って言うのかよ」
「いやまぁ、存在だけ?みたいな。小森っていうやばい奴がD組にいるーって感じですかね」
存在だけ?あぁ、こんな奴がいるらしい、という噂みたいなものか。
実際に人を見ない上で本人の許可無しに広がる勝手な他人による情報。
あぁ嫌い。こういうもので本人自体が変わってしまう例はいくつもある。
こいつもそのタイプなんだろうか。
「おーい、小森、目が殺し屋になってるぞー」
先生の声。なに殺し屋って。凶暴な目過ぎだろ。
だが、無意識に睨んでたようだ。顔を上げ、細くなった目をなおす。
「いやでも、授業中に永遠とアニメ見てる人なんて小森くんくらいですよ?皆なんであんな奴がウチの高校に!って言ってるわ」
銀髪少女が話を続ける。
この流れでわかる。これは完全に出会いイベントだ。ここら辺には重要な情報はない、これ系の話はスキップに限る。
が、生憎ここはリアルだ。それに僕はギャルゲの主人公でもない。話を聞いてやる意味がまるでない。仕方ない、ゲームしよう。
すると、銀髪に対し先生が言葉を返した。
「まぁ、確かにウチの高校じゃそうなるだろう。うちは中々学力高いしな」
あぁそうだ。この高校は偏差値が高い。
県内でもまぁまぁ上の方だ。そんなとこで不真面目に授業を受けていれば、まぁ怒る奴もいるだろうな。
あ、レアドロップ。
「ま、でも小森は基本、国数理は100点だしな。あんま文句言い辛いんだよなぁ」
「え…そんな頭いいんですか小森くん…。あ、いやでも社会と英語がダメなら真島先生と明石先生なら注意できるんじゃ?」
この言葉を聞いて、先生が苦笑いをしながら答える。
「いや、うん…。その二つも小森は99点だからなぁ…」
「え!?いや、それはそれで1点が気になるんですけど…」
声が止まったことに気付き、目線を上げる。
そこまでは先生は知らなかったみたいだ。目線を僕に送っていた。
おそらく、説明を求めているのだろう。
しまった、普通にゲームしてて気付かなかった。
「ん。あぁ、あの二人って、必ずテストに友達と云々って例文出すだろ?」
「え?あぁ、そうね。この前の社会は確かボランティアかなんかの問題だったかしら。『貴方の友達の足が大きな木に挟まれました。そこにあるのは鉄のパイプ。どう助けますか?』と、いつものサービス問題ね」
「うん、あの二人、一問だけそんなのだすだろ。だから僕、友達いないんでそんなこと起きませんって答えるんだよ。しかも、その問題に関しては、万が一友達がいたとて自分の命優先だろ?友は見捨てる」
「いやぁ小森…お前そんな理由で100点逃してるんか…」
先生が口を開けて引いている。
即座に反論。
「嘘つきは泥棒の始まりなんで」
「限度があるでしょ…」
銀髪少女と先生に引かれる中。
二人とも一歩ずつ下がり、変人を見る目をしている。
だが、ただ1人、反応が違う少女がいた。
「凄いです!小森さん!」
もう1人の金髪だ。
どこらへんが凄いのだろうか、完全に頭がぶっ飛んでるんだな。
というか、完全に存在を忘れていた。
指を前で組みながら、トコトコ近寄ってくる。
「貴方はもしや、正義の学生探偵、探偵君では…」
「違います」
学生探偵探偵君。
最近流行っている子供向けアニメだ。海外進出もしているらしい。
うん、まぁ普通に違うよね。僕もアレは全話見たが、やはり子供向け。大した話ではなかったのを覚えている。
ストーリーも波が弱い。トリックも浅い。声優は棒読みで、作画はよく崩れる。
「えぇ…でもその明晰な頭脳、中性的な見た目、気怠げな態度、男子にしては長い髪。まさに学生探偵探偵く…」
「ちがうっつの」
思わず突っ込んでしまう。なんだこの娘。
顔立ちを見ると、外国人だろうか?肌の白さから見て北欧ら辺だ。
「そもそも、探偵君は正義だろう?正義は勝つの体現者。対して僕は基本負けるしな。逆説的に悪。探偵君とは言い難いだろ」
「自ら悪を名乗る生徒ははじめてだ…」
「そうですか…残念です…」
シュンと頭を垂れる少女。
くっ、久し振りに罪悪感を覚える光景だ。
このままでは気まずい。話題を逸らすのもわざとらしいな。話を戻すか。
「それで?いい加減用事を教えてくださいよ」
「ん?あぁそうだった。こいつをお前のクラスまで連れていけ」
そう言うと、先生は金髪少女の背中を押して僕に寄せてきた。
「あー、わかりましたー」
「おや?」
先生が怪訝な表情を見せる。
「なぜ僕なんですか、と聞かんのか?」
心の底から驚いているようだ。
断ると思っていたのだろうか?僕だって頼み事くらい素直に聞くわ。
いやまぁ、先生が知りたいのはこういうことじゃないだろう。
「まぁ確かに、同じクラスの銀髪っ娘でもいいじゃないかとは思いましたよ?だけど、僕になったのには理由がある。
普通に考えて、僕だけにしか出来ないなんて仕事ではない。なら、そこの銀髪に問題があるのは確かです」
すると、ニヤリと笑みを浮かべた先生は興味深いと言わんばかりに身を乗り出した。
「それで?その問題とは?」
「ま、他に仕事がある。が妥当でしょうね。でも、僕が今聞いたのはホームルームのチャイム。その以前に仕事がある係はこの学校にはない。つまりは、この案内を受けることは出来るが受けたくはない、と。
だけど、見た感じはいい人です。それくらいを面倒くさがるような人にも見えない。
ここからはだいぶ憶測になりますが、彼女は規律に厳しい面がある。なんせ、先生さえ諦めている僕の授業態度に口を出すほど。それでも彼女は、僕の遅刻に対して何も口出しをしない。
つまりは彼女は僕の遅刻を責められない理由がある」
「その理由とは?」
いやいや、わかってるくせに。
と思いつつも、僕は話を続けた。
「彼女も遅刻をしたんです。大方、学級委員長や風紀委員など、皆のお手本系の人なんでしょうね。普通に入っていけば、皆に遅刻だとバレてしまう。まぁ考え過ぎなだけですし、転校生へ色々説明をしてたとでも言えばいいだけなんですが」
「ほう、よく読んだ」
先生の言葉で推理は終わる。
そう、先生が知りたかったのは、僕が仕事を嫌がらなかった理由ではない。
僕が僕の仕事だと判断した理由だ。
いやぁ、やっぱ長文って無駄な体力使うよね。
ふと少女達を見ると、彼女達は唖然と立ち竦んでいた。
「え、小森君、実は天才…?」
「凄いです!やっぱりあなたは探偵く…」
「だからちげえっつの」
金髪は懲りないな…。
金髪少女は、僕の手を握りながら目をキラキラさせている。
やがて熱が冷めたのか、自分の行動に勝手に恥をかいて一歩下がる。クソ、平常心平常心。
「でも、本当にすごいですね!まるで…」
なんだ、また探偵君か?いいぞ、いつでも来い。すぐに突っ込んでやる。
身を構え、彼女の言葉を待つ。
「…いえ、なんでもないです…」
だが、少女は言葉を止めて黙り込んだ。
「なんだボケないのか」と少し先生が残念そうにしている。
シュンとしつつ笑う彼女に、場が固まる。
触れてはいけない何かのではないか。きっと二人はそう思っているんだろう。
僕?ゲームしてるから話さないんだよ。
だがまぁ、このままでは永遠に廊下で話すことになる。
「ま、さっき言った通り、銀髪でも怪しまれずに堂々と遅刻はできます。今は副担任か何かが仕切っているのでしょうし、遅刻の事実は出席を書く担任の坂巻先生さえ知っていればいいですよね」
「ん?お前はどうするんだ?」
「周りに責められるような遅刻をします。そうすりゃ、今日の遅刻者は僕という印象が強くなる。そうすりゃ彼女に疑いは生まれませんし」
少しカッコつけて腰に手を当てる。
やがて時間がたっても、誰も何も言わない。
目を瞑ってドヤ顔をしていなかったから気付かなかったが、先生はなぜか妙に優しい顔をしている。
やがて一歩踏み出し、僕の方へ歩み寄ってくる。
「え、なになに」
さっきまでのポーズが嘘のように僕は慌てる。
本当にこの人が近寄ってくるのは怖い。
「いや、ほんとなに…」
ポンッ
先生は、僕の頭に手を置くと、そのまま過ぎ去って言った。
本当になんだったんだ。
ふと銀髪を見ると、彼女も哀れむような目をしている。胸で両手を握り、何か言いたそうにしている。
「はぁ…」
だが、何か諦めたのか、ため息をついて先の態度へ戻った。
なんだろう、なにか悪いことでもしてしまっただろうか。
「まぁいいわ。もう行きましょう、アリサさん」
アリサか。そんな名前だったとは。
すると金髪は、僕に一礼すると、銀髪の後ろをトコトコと歩いて行った。
しかし、先ほどの金髪の微笑。
頭の奥に、思い出せそうななにかを感じる。
彼女らの後に、印象的な遅刻をしなければならない。僕には少し時間がある。
その間に考えようとした。
が、だめだ。なにも出てこない。
「ま、僕には関係ないか」
三分ほどたってから、僕は誰もいない廊下を歩き出した。
2年C組の教室の前。
金髪への質問タイムだろうか、歓声と金髪の声が聞こえる。
タイミングを見計らい、バッグからイヤホンと携帯を取り出す。
ゲームをする素振りをしながら、ドアを勢い良く開け、
バンッ!という大きな音に教室の生徒が振り向く。
イヤホンからはなにも流れていない、周りの悪口が直に聞こえる。
「なに?あの態度。本当あり得ない」
「アリサちゃんも可哀想だよな。こんな奴がいるクラスに入れられて」
悪かったな。こんな奴で。
ふと二人の方を見ると、金髪は心配そうな顔でこちらを見ている。
幸い、もうクラスメイトは自分達周辺で陰口を叩いている。誰も僕を見ていない。
この状況なら、金髪の意に答えてやれる。
金髪に向かい、大丈夫だ、と口パクをする。
銀髪は…なんでアイツ胸押さえてんだ…?
………そうか、たしかに金髪意外とおっきいもんね…。
僕は慰めるような目を送り、右手でガッツポーズをした。
そして、届かぬ念を送ってやる。
(がんばれっ!)
二秒後、チョークが飛んできた。