第五話「原因の究明(後)」
栄一とヤヌ、子供達がダイニングで席についている。テーブルの上にはいくつかの料理とパンのようなものが乗っていて、美味しそうに湯気が立っている。
広々とした空間に設けられた家具はどれも手作りで、工業製品にはない温かみがある。料理を乗せたお皿やフォーク、スプーンなどは木製だ。栄一もこういった内装は嫌いではないようで、キョロキョロとあちこちを見回していた。子供達もそんな彼の様子が面白いようで、はしゃぎこそしないが若干そわそわしている。本当はこの異国風の人に話しかけたくてたまらないのだろう。ヤヌはそんな子供三人を眺めて、少しだけ嬉しそうに茶をすすっていた。
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異国情緒というのだろうか、いつもは狭いアパートで食事を摂っていたので、こういうアメリカのホームドラマで見るようなダイニングでの食事は新鮮だ。
キッチンとダイニングのあるこのスペースの隣にはリビングがあり、その向こうに玄関が見える。ちなみにキッチンはどうなっているかというと、石造りのキッチン台があり、その上で薪を燃やして調理していた。その上には小さめの煙突があったので、煙はうまく外に抜ける構造らしい。水はもちろんと言うか水瓶だ。
さて、ここで問題なのは日本人の胃腸の弱さだが、それに関してはヤヌ婆が解決してくれた。
「なんだね、そういやお前さん体もボロボロなようだし、治癒と免疫の強化をしてやろう」
ほれ――彼女が軽く指を振るうと、全身の気だるさも痛みも一瞬で消えた。と言うか体の汚れも落ちていて、お風呂上がりもかくや、と言うほどに清潔感が漂っている。……何をした、この婆さん。
「ヒヒッ、なあに、普通の魔法師でも出来るような簡単な術さね」
事も無げにそういって茶をすする。
感染症とか食中毒の心配は無くなったが、結果、解明しなくてはならないものが増えた。
魔法の便利さと不可解さに頭を悩ませていると、キッチンの方から背の高い男性が入って来た。
「お待たせしましたね。これで揃いましたから早速頂きましょうか」
柔らかな物腰のこの男性は、昨日の警ら隊にもいたポニーテールの彼だ。名前をトゥパトゥルカといい、ヤヌ婆の弟子だそうだ。この料理も全て彼が作ってくれたものである。あぁ、念のために言っておくと、今の彼はちゃんと服を着ている。狩りや警らに出るときだけは伝統的に〈原住民スタイル〉なんだそうな。
「エーイチさん、お口に合わなければ遠慮せずに言ってくださいね」
そう言ってにこやかに微笑むイケメン、俺は不味くとも全て平らげる覚悟を決めた。もっとも、親が食事に厳しかったので、もとより残すつもりはない。
「ありがとうございますトゥパ、こうして食事を頂けるだけで大感謝ですよ」
その言葉に彼はニコッと溢れるような笑みを浮かべた。笑顔が輝いている、いや、もはや後光が差している。俺は心の中で彼を〈微笑み王子〉と名付けた。
食事はと言うと、文句なしに美味しかった。系統的にはメキシコなどの南米の料理に近い。味付けも香辛料がふんだんに使われていて、日本で出されてもお金を払えるレベルである。心底安心した。
俺が美味しそうに食べるのを見て、ヤヌ婆とトゥパもにっこりしている。子供二人は相変わらず興味深々と言った面持ちだが、話しかける事なくキラキラと見つめてくる。おいおい、豆が落ちたぜ坊や。
「ごちそうさまでした」両手を合わせて感謝する。
みんなも食べ終わったのでトゥパに習って食器を片付けようとするが、ヤヌ婆に止められた。
「エーイチ、それはトゥパに任せて、先に話を済ませておこうじゃないか。トゥパ、やる事がなくなったら部屋に来とくれ」
「はい、洗い物が済んだら向かいますよ」
俺は一言、すみません、と断りヤヌ婆についていく。今朝と同じ、2階に上がってすぐの部屋に入ると、ヤヌ婆は椅子に座った。続いて同じようにベッドに座る。
「お前さん、結構愛想はいい方なんだねぇ」彼女がヒヒッと笑う。
「まぁ、人見知りはしませんね。仕事柄、人と接するのは慣れていますから」
マネージメントというのは簡単そうに見えて大変なのである。大切なのは細やかなコミュニケーションだ。それに気づくまでは随分苦労をした。
「そうかいそうかい、なら後でトゥパに村の人間を紹介させよう」
そう言って一息つくヤヌ婆、少し目を瞑ると、ゆっくり見開いた。
「さて、お前さんの話だったね」
聞かせておくれ――先を促される。ここに来る直前の話だ。
「それが、自分でもどう説明したらいいのか難しいのですが……」
あの出来事を、ありのままに話した。彼女は一切口を挟まず、静かに聞いてくれた。そして全てを話し終えた後、こう問いかけられた。
「エーイチ、辛かったろうが大事な事だ、しっかり聞かせておくれ。そのような現象、過去にも起きたのか?」
「いえ、地球が生まれてから四十六億年経ちますが、俺は聞いたことがありません」
俺は天体観測が趣味だったが、それに限らずロマンを感じるものはなんでも好きだった。宇宙、太古の地球、深海、いろいろなものをネットで調べるのが日課だったので、当然地球の歴史もある程度は覚えている。
活発な火山活動で燃える星になったり、逆に水に溢れて陸地がほとんどなくなってみたり、かと思えば氷河期には全土が凍っちゃったり。地球の環境が忙しく変化してきたのは、一般的に知られていることだ。
それでもあんな一瞬で全てが燃えるなど、たとえ大規模な太陽フレアの直撃であってもまずありえないと言える。……多分。
「やはり滅亡に関しては魔法に起因するのかもしれんのう」
燃え出したその瞬間に、そちらで魔法を使う条件が整ったのやもしれん。それでも星が丸々燃えるほどの魔法など考えられんがの。じゃが――とこちらを見つめるヤヌ婆。
「そのあとの話、お前さんが星の世界からここへ来た〈それ〉は説明できそうだよ」
「そうなんですか?」
「うむ。間違いなく〈御神渡り〉に似た何かを行ったんだろうさ」
「転移ということですか? いや、でも俺はそんなこと出来ないし、考えてもみませんでしたよ」
そもそも魔法を知らなかったのだ。仮に彼女のいう通り、燃えている中で魔法を使う条件が揃ったとする。その上で「強い危機感から無意識で身体強化を使えた」というのならまだ納得が出来る。だが身体強化と転移では話が別だろう。
「考えてもみなかったとは言いすぎじゃあないかい。強く願ったんだろう? ここから助け出してくれ、と」
確かに逃げたい一心でそんなことを思った。
「無論、生半では出来ん。本来であれば、確固たる意志と経験に裏付けされた技術を持ち、その上で自身に適切な術式を施してようやく空間転移という神業は成る。〈御神渡り〉とは伊達で付けた名ではないのさ」
とにかく、「超難しいんじゃよ」ということらしい。
「なら尚のことありえないじゃないですか」
「ヒヒッ、普通はの」彼女はニヤリとした。
「普通は?」妙な言い回しが気になる。
「自分自身を転移させる〈御神渡り〉でさえ世界に使い手は数人。ましてや他者を転移させることなぞ、このあたしにだって出来やしないわけだが――」
そこで言葉を区切ると、人差し指を立てて身を乗り出して来た。
「しかしの、お前さんの話に出て来た星々、それが超常の存在であったのなら、あるいは可能なのやもしれん」
いや、間違いなく星々がお前を送り出したのさ――そう語気を強めた。
言われてみれば、今思い返してもあの星たちは不可思議な存在だ。言葉はないのに、それぞれの発する微かな光が互いに補完しあって、言葉よりはるかに深く、広い情報を与えてくれた。
むむ、やはりあれは神様的な何かなのだろうか。
(そもそもあそこにいた俺は肉体ではなく精神の塊であったような気もするんだよな)
あれが死後の世界だったと言われても否定出来ない気がする。
「それにの、お前さんに集まって来たという『何か』だが、それを魔素と考えるならつじつまが合うのさ」
一瞬なんのことかわからなかったが、最後に地球を覆い尽くした『アレ』のことだろう。それが魔素とな……なるほど、わからん。
「察しのいいお前さんのことだ、魔素が魔法の素というのはわかるだろう。なぜそれを魔素と断定したかと言えば――」
ここから長い説明が始まったので要約しよう。
ヤヌ婆が言った通り、魔素とは魔力の素であり、同時に最小単位であるそうだ。ほとんどの生物は、この魔素を集めて魔力を生成し、体内に蓄える。その魔力を様々な生命活動に使用しているらしい。受動的にだ。簡単に言えば、呼吸とは別のエネルギー変換らしい。
(なるほど、エネルギーに余裕があれば細胞自体も強く出来る。なら自然と新陣交代の頻度も下がると)
思いがけずヤヌ婆が若い理由を知った。
そうして生物が絶えず消費している魔素だが、一定以上集まるとわずかに発光する性質があるらしいのだ。そこでヤヌ婆に魔素を多めに集めてもらったのだが、確かにほんの少しだが光っていた。うん、夜なら綺麗かもしれない。とにかくそう言う理由で、
「お前さんの話のように、それだけ眩い光を放つほどの魔素を集めれば、他者を転移させることも出来るかもしれん」
と言うことらしい、なるほど。――それにの、と彼女が続ける。
「お前さんが転移して来たであろう時刻には、こちらでも異常があったのさ」
「異常? それはなんです?」迷惑をかけたのだろうか。
「なに、被害が出たわけではない。その日の昼過ぎに、ここら一帯を大量の残留魔力が覆ったのさ」
恐ろしく膨大な量のな――彼女は神妙な表情で告げた。
「普通ではありえんのだよ、あれほどの規模を一個人が消費することも、またその負荷に耐えることも」
その日感じた残留魔力は彼女が長距離の御神渡りをする際の数千から数万倍もの量であったらしい。一瞬なにが起こったかわからなかったほどだそうだ。だからこそ、俺に超常の存在が関わったことを確信したらしい。
ちなみに、この異常事態に原因を探るため警ら隊が出動した。お騒がせして申し訳ない。
「そう言うわけで、お前さんのこれは転移だ。だが、規模はわからん、それこそ世界や時空を渡っておるやもしれん」
「と言うことは、ここがどこかは依然として不明ということですね……」
完全には解決しなかったことに、少し肩を落とした。それを見てヤヌ婆がヒヒッと笑った。
「まあ今すぐ死ぬわけでもなかろうて。お前には教えたいことも聞きたいこともある、ゆっくり探っていけばええじゃろう」
それもそうだ、状況が全くわからなかった昨日に比べればかなりの進歩だ。それに問題も明確だ。
一つは、『魔法が原因だとしても何故地球が滅んだのか』ということ。もう一つは、『一体どこの誰が俺を転移させたのか』だ。そしてどちらも考えたところで埒があかない類のものである。
(それならこれからのことを考えた方がよかろうもん!)
いつもの調子が戻って来た気がする。これもヤヌ婆のおかげだ、こんなに頼もしい人に真っ先に会えたのはこの上ない幸運だろう。
「ありがとうございます! ヤヌ婆! なんだかやる気が出て来ましたよ」
グッと拳を握る。
「ヒヒッ、本来はそういう性格かい。その方がいいさね、お前さんはバカっぽい方が似合っとるよ」
年齢に似合わない若々しい笑顔を浮かべた彼女は、なんだか少し魅力的に見えた。
「口説かんでおくれよ?」ウィンクをされた。
「口説きませんよ!」
彼女はまたヒヒッと笑ってベッドの水晶を懐に入れた。
ここまでが長かった! 祝・熟女系ヒロイン。
次からは栄一の隠された才能が見つかります。
人物名に関しては、設定がありまして、ちゃんと意味のある名前です。辞書を見ながらの翻訳作業がもう……あってるのかどうかすらわかりませんので不安で仕方がありません。日本ではかなりマイナーな言語なので教えてもらえる人もいません泣