表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔素の哲学―伝説の精霊樹―  作者: 晴乃チユキ
4/8

第三話「集落へ」

 これまでの疲れが押し寄せてきたのだろう、栄一の顔は伏せがちで、その伸びた前髪から覗く目に力強さはない。わずかに前を歩く男たちは、彼の風体が珍しいのかチラチラと視線を向けている。結構な頻度で見られているのだが、栄一はそれにすら気づく様子がない。

 あれほどのジャングルを走り回っていたのは一体どこの誰だったのだろう。今歩いているのは雑木林程度(もっとも植物は相変わらずシダ系だ)の獣道なのだが、ちょっとした木の根を踏み越えることすらままならない様子である。

 

 そうしてどれほど歩いたのか、すでに日は暮れて月が辺りを煌々と照らしている。すると突然、男たちが立ち止まった。栄一がふと顔をあげると、リーダーが前方を指差している。その先を覗けば緩やかな下り坂があり、それを下りた先にいくつかの小さい光が見える。どうやら〈あそこに集落がある〉と教えてくれたらしい。

 これまでジャングルを駆けずり回っていた栄一にとっては、大層嬉しいことだったのだろう。つい先ほどまでのげっそりとした表情とは打って変わって、今やその瞳には星が輝かんばかりである。これには男たちも苦笑いだ。その中の一人、髪を後ろで結わいた若い男が栄一の肩をポンと叩き、一行は再び歩き始めた。



――――――――――――――――――――



 ――疲労困憊。今の自分を表すのにこれほど適した言葉は他にないだろう。体はあっちこっち痛いし疲れてるし、もう何が何だか分からない。それでもあの光のもとに文明があると思えば元気も出た。

(いや文明というか、もう休めるところがあればそれだけで嬉しい、うん)

 これまでを見るに、彼らには俺を害するような気配がない。なんなら歩くペースを合わせてくれていたんだから、むしろ友好的と言えるだろう。きっと集落でもどこかしら休める場所を提供してくれるとは思う。

(体力が戻ったら出来る限りのお礼をしよう)

 そう心に決めると、この全身を包み込む気だるさも、決して悪いものではないように感じた。とはいえ、そもそもの疲労の原因はあのでっかいガガンボなのだが……。少しの恨みを込めてリーダーの方を見ると、――ガガンボがいなかった。


「あれ、あいつは?」


 俺の様子から察したらしい彼は、再度集落を指差した。――あぁ、先に飛んで帰ったのか。

 思い返せば人間の言うことをちゃんと聞いていたし、最初から最後まで攻撃をされた覚えはない。ただ単にまとわり付かれていただけだ。ふむ、以外といい奴だったのかも知れない。

 それでも二度と近寄って欲しくはないが。


 

 見えていた小さな光が、門前の篝火(かがりび)であることに気付いてからはすぐだった。

 リーダーの彼が立ち止まると、そこそこ立派な木の門が開いて、中から十人ほど男たちが出てきた。こちらを見ながら何かを話している。

(みんなは普通の服着てるんだなぁ)

 例えるなら弥生時代だろうか、麻のような服を着ている。――想像していたより身なりがいいじゃん。

 当人たちが聞いたら怒られそうなことを考えていると、リーダーが手招きをしていた。そのまま歩き始めたのでついていくと、村の中央に向かっていることがわかった。街路灯のように点々と続く篝火の先に、大きめのキャンプファイヤーのようなものが見えている。どうやらあそこは広場のようだ。


 この村の様子はと言うと、うん、なんとも不思議だ。リーダーたち裸組だけを見れば、それこそアマゾンの奥地にでもいそうな〈原住民〉という印象なのだが、先ほどの村人やこの住居を見るとそうではないことがわかる。

 村の入り口から軒を連ねる住居は、どれもが2階建ての大きなログハウスで、ところどころに装飾がある。ガラス窓こそないが、現代の建物と比べても遜色はないだろう。近くに見えてきた広場には石造りの家もあって、しっかりとした建築技術を持っていることが見て取れる。

(竪穴式住居みたいなものを覚悟していたんだけど……)

 思ったより快適そうで安心した。

 

 広場には、キャンプファイヤーが設けられていて、綺麗に整地された地面を照らしている。その片隅に、黒いローブらしきものを羽織った人物がいる。その人は丸太のようなものに腰掛けているらしい。


 黒い格好をしている割に妙な存在感がある人で、不思議と目が離せなかった。口元も黒い布で覆っていて、目だけがうっすらと覗いている。そんな風にじっと見ていると、リーダーが小走りに近づいていった。

(あぁ、あの人に用があったのか)

 二、三言葉を交わすとリーダーがこちらを振り返り、早く来いとでも言うように声をかけてきた。

 近づいていくと、彼が黒ローブの正面にある丸太を指差す。座れと言うことらしい。

 どっかりと腰を下ろすと、思い出したように疲れが襲ってきた。途端に肩が下がり、深いため息が出る。なんならこのまま地面に寝そべってしまいたいくらいだ。

 目の前に人がいるのも忘れて項垂れていると、ヒヒッ、としわがれた笑い声が聞こえた。ほんの少し顔をあげれば、薄い布の向こうから二つの目がこちらを見ている。目が合うと何かを話しかけられたがやはり理解は出来ない。

(おばあさんだったのか。なんか雰囲気あるよな、オールドタイプの占い師みたいだし)

 その声色からかなり歳をとった女性であることがわかったが、それがわかったところで胡散臭さが増しただけだ。


 すると、またヒヒッと笑って、今度はこちらの手を取った。急なことにビクッとしたが、この直後、さらに驚いた。


「これで通じるかい、失礼な坊や」


「――っ」思わず息を飲んだ。


 突然聞こえた日本語に目をぱちくりさせていると、再び老婆は話しかけてくる。


「なに、あたしゃ怒っちゃいないよ。〈胡散臭い〉だとか〈気味が悪い〉だとかは、言われ慣れているからね。――言葉を話せないわけでもないんだろう? なんとか言ったらどうだい」


「あっ、いやそのっ、すいません! そのっ、えっ?」


 混乱しながらもとっさに謝罪の言葉が出るあたりが日本人だ。しかし、目の前の老婆が突然日本語を話し始めたのだからやはりびっくりする。

(いや、と言うかこの人、俺の心読まなかったか!)


「ヒヒヒッ、そんなに驚くこともなかろう。まずは落ち着きなさい」


「は、はい……」コクコクと頷きながら、心を落ち着ける。


「まずは一つだけ聞いておこうか。坊や、通訳魔法に驚いているあたりこの辺の、いや、この大陸の出身じゃないだろう?」


 また目が点になった。


「――魔法? 魔法って、なんです?」


 その言葉を受けて、今度は老婆が驚いた。


「なんだい、通訳魔法どころか魔法自体知らないのかい!」


「いやいや、魔法って言葉は知ってますよ、けど、魔法なんておとぎ話じゃないんですから……」


 何を言うのかと思えば魔法だなんて、冗談も休み休み言ってほしい。なんて思ったが、考えてみれば先ほど心を読まれたばかりである。


「あれ? もしかしてお婆さん、本当に魔法使い?」


「……こりゃ参ったねぇ」


 見れば隣で立っているリーダーまでも首を振っている。


「まぁいいさね、見たところ坊やも随分消耗しているようだし、詳しい話は明日にしよう。今夜はゆっくりお休みよ」


 そう言って繋いでいた手を離すと、リーダーに顔を向けて声をかける。と、なんと今度は意味のわからない言葉で話し始めた。いや、老婆の言うことが本当なら、さっきまで話せていたのは通訳魔法なるもののお陰なのだろう。

(確かに外国の人があんな流暢に話せるわけないよな)

 狐につままれたような気分だ。と言うか、疲れが酷すぎていろんな感覚が曖昧だ。先ほどから足もしびれているようだし、あまり気だるさで自分が座っているということも忘れかけていた。ここが夢の中で、次の瞬間に自宅のベットの中で目を覚ましても驚きはしない。というか、そっちの方でお願いします。

(あ、やばい、すごく眠い)

 ここにきて俺の体も限界に来たか。立ち上がることも出来そうにない。

 

 眠気に逆らわず目を閉じれば、焚き火の中で木がパチパチと爆ぜているのが聞こえる。炎に意識が向くと、自分を包む程よい熱気を感じた。目の前で交わされる異国語の会話も、子守唄のような心地よさを持っている気がする――。



――――――――――――――――――――



「ま、お前さんも話の内容は雰囲気でわかっていたんだろうが、とにかくそういうことだ。この坊やは怪しいが害意はないよ」


 老婆は、こっくりこっくり船を漕ぎ始めた栄一を見て微笑んだ。


「確かに、この村を攻めるつもりなら、動物除けの罠に掛かるような間抜けは寄越さないか」


 リーダーが腕を組みながら答える。


「そういうことさね。――もっとも、この坊やも気になるところが無いわけではない。王都でさえ見られないような一級品の服を着ているのに、なぜ魔法を知らないのか」


 辺境どころか、大陸から離れた小島に住む少数民族でさえ魔法は使うのにね――そう言葉を続ける老婆の瞳からは、困惑の情が見て取れる。


「それに、魔法を知らないというくせに、()()()()()()()を隠そうともしない」


「なんだい、あんたも気がついていたのかい」とぼけたように老婆は言った。


「これだけの残留魔力だ、気づくなという方が無理だろうよ」リーダーは肩をすくめた。


「魔法のことを少しでも知っていたら、魔法使用による〈残留魔力〉も当然知っているはずさね。子供でも『魔法を知りません』なんて馬鹿な言い訳はしない。それでも、この子は一切嘘をついていなかったよ」


 本当に魔法を知らなかったのさ――老婆が困ったように頭を掻く。リーダーも、ふむ、と言ったきり考え込んでいるようだ。


「なんにせよ、明日話を聞けばいいさ。お前さんのペットも反応はしなかったんだろう? 少なくともこの坊やの安全性は保障されたようなもんさね。どこへなりとも寝かしておやり」


 眉間にしわを寄せてゆらゆら揺れている栄一を見かねたらしい。リーダーは軽く頷き、広場の外にいた部下たちに目配せする。


「はてさて、吉と出るか凶と出るか……。何れにせよ波乱は免れんだろうね」


 フードに隠された双眸は、運ばれていく栄一をじっと見つめていた。

 原稿は縦書きで書いているのですが、そのまま投稿すると読みづらいんですよね。なので無駄な行間や改行が目立ちますが横読み用に調整して投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ