カップルリング
『恋は盲目』って言うけど、
『好き』っていう気持ちは、『バカになる』ってことだな・・・。
俺の彼女だった女は、
出会ったとき、都内の小さなクラブで働いていた。
今となっては、本当かどうか知らないが、
高校を卒業してから暫らくの間、
無知な俺でも名前を知ってるタレントの付き人をしていたんだとか。
面白がって、芸能界の裏話的なことを聞いたりもした。
クラブに勤めているのに、
擦れてない感じが可愛くて、
俺は彼女に夢中だった。
夜の勤めは、身体の丈夫じゃない彼女には、負担だったらしく、
ちょくちょく店を休んでは、ペナルティを課せられていた。
「店、辞めちゃえよ」
「辞めたら、食えないもん」
「アパート、引き払って、俺のとこに来いよ」
「ええ~っ?ん~考えとく・・・」
それからほどなく、彼女は店を辞めた。
アパートを引き払うまではしなかったけれど、
週に三日は俺の部屋に泊まって行くようになった。
一緒に生活してみて分かったことは、
彼女は家事の能力が無い、ということだった。
それでも、俺は全然かまわなかった。
彼女がそばにいる。
自分だけのものになった。
それだけでよかった。
彼女が欲しいと言えば、服やバッグを買ってやった。
まだ引き払ってないアパートの家賃を出したときには、
「必ず返すから・・・」
と、彼女は涙を見せた。
彼女が店を辞めて三か月を過ぎた頃。
部屋に帰ると、
いつも散らかっている彼女の荷物が無くなっていた。
彼女の携帯に電話してみる。
『お掛けになった電話は、電源が入っていないか・・・』
の、メッセージ。
不吉な予感がして、俺は彼女のアパートに行ってみた。
インターホンを押す。
すると、学生風の見知らぬ男が出てきた。
「野田・・・さん、は?」
彼女の苗字を告げる。
「野田って、前にここに住んでいた人かな?
二か月前から僕が住んでいるんですけど・・・」
「二か月前から・・・」
俺は言葉を失った。
他には行くあてもなくて、
彼女が勤めていた店に行ってみた。
「マナミなら辞めたわよ」
「いつですか?」
「三か月前くらいかな?」
「理由は聞いてます?」
「結婚するんだって聞いたけど」
「え?結婚?」
「なんでも、大阪の人だって言ってた。
そういえば、今月の末じゃなかったかな。結婚式をするって聞いたわよ」
混乱した頭を抱えて、部屋に帰って来た。
1Kの狭い部屋を見渡す。
いつも何かしら転がっていた彼女の荷物が、ひとつも無い。
もう一度、彼女の携帯に電話してみる。
『お掛けになった電話番号は、ただいま使われて・・・』
新幹線の座席に座る彼女が目に浮かぶ。
恋しくてたまらない・・・。
何をどうしていいのか分からなくなり、
着の身着のまま、ベッドにもぐり込んだ。
昨夜もこの狭いベッドで愛し合ったはず・・・。
いつもと何も変わらなかった、彼女の身体。
思い返して枕を抱えた。
キラリ・・・
視界の端に光る物。
それは転がって、ベッドの脇に落ちた。
リングだ・・・。
付き合って百日目に渡したカップルリングだった。
「うふふ。なんかユルユルだ」
左手の薬指に付けて笑っていた彼女の顔が、脳裏に浮かぶ。
サイズもよく分からないまま買ったから、
彼女のリングは大きすぎた。
彼女はいつも、右手の人差し指に付けていた。
彼女のリングを拾う。
そして、自分の左手の薬指のリングを見つめる。
カップルリング・・・俺たちは本当にカップルだった?