4.運命に『したい』再会
本日2回目の投稿です。キリの良い所を探していたら、2話分くらいの長さになりました…。
4.
「そうだ、これだけ人目を集めたんだ。情報局が見逃す筈が無い…」
「来る。『犬種』が、親衛隊が直々に────保護をしに来る」
舞子が顔を上げる。
保護?『あの人』が言っていた、『制服を着た連中』ってヤツ?
ウサギの目がきらりと光った。
サラサラと胸ポケから取り出したメモに何かを書き付ける。
「マイコ、どうしても支配階級になるのは嫌なんだな?」
「ヤ」
「我が儘め」
即答にエルモは微笑った。そうして耳元に何事かを囁くと、舞子が目を見開く。
その時、するりとその手からハンカチが風に舞った。
「あ」
一斉に人々がそちらに殺到した。
その隙に路地に走り込んだ外見少女は、『言われた通り』脚を緩めない。細い道の足元のマンホールに注意し、若返り屋に教えられた数だけ駆け抜ける。
一つ、二つ、三つ。レリーフの僅かな突起をぷっつり、と押すと……
「うにゃあああぁ〜〜っ‼︎」
マンホールが『下に開き』、頭から突っ込んだ。
緊急用のシューターもどきなそれを滑り落ちると、ズボッと何処かに突き抜けた。
赤い視界とサイレンの音が鳴り響く中、床から顔を上げると丸い物が突きつけられている。
………銃口?
「誰だ」
「………スミマセン、顔を上げてもいいですか?」
低い、だが若い誰何の声にびくびくしながら問う。そして、握っていたメモを差し出した。
「エルモからデス」
指先からそれが抜き取られた。銃を下ろした音がする。
「顔を上げてくれるか」
そろり、と顔を上げるとあの青年がやれやれという顔をしていた。
「あ、あの時の人!」
「失礼した。まさか、あんたとは思わなかったものだから…」
本気で済まなさそうな顔をした彼に舞子は勢いよく首を振った。
「いえ、不法侵入したのは此方ですからっ!」
反射的に日本人のコメツキバッタ精神で平謝りすると、美形が何故か驚きに目を見張る。
何だ?何だこの反応。
あ、ひょっとしてアレ?あたし、支配階級の気位が高いらしいお偉いさんと比較されてる⁉︎
「……いいんだ。エルモから彼に受けた昔の借りをあんたに返せ、と言われてる」
彼は獣耳をヒクヒクさせて、あたしにメモを見せてくれた。よ・読めない。
「あの、あの……持ち合わせはこれしか無いんですが…」
稼いだ金を見せると、彼はそっとその手を握らせる。
「それは取っておけ。俺が保護するとはいえ、無頼の隠れ家だ。いつ何があるか分からないからな」
苦笑した彼はうって変わって柔らかい雰囲気で、途轍もなく魅力的だった。
広い室内は地下とは思えない程広く、また寛いだ感じの良い居間で、つい不躾にもキョロキョロ見回してしまう。
舞子は飲み物を彼から渡されてソファーに落ち着くと、縋る様な気持ちで尋ねた。
「か、匿って貰えるんですか?」
「こんな狭い部屋であんたが良ければな」
暗に『無理だろう?』と阿る響きに気付かず、舞子は狂喜乱舞した!
ケモ耳に尻尾フサフサの美青年と同居!
毛並みからイヌ!それもシェパード!的な‼︎
黒髪に濃いブルーの瞳が綺麗…。
カミサマ、これは何のご褒美ですかッ⁉︎それとも罠⁉︎そして、何か回収されても憎めないだろうこの誘惑ぅ!ありがとう、異世界!かパラレルかトリップか全然状況、掴めてないけど!
優しいイケメンとならこの内面熟女、苦難どころか黄泉比良坂でも越えてみせますとも!(脳内1秒)
「有難いです!狭くないですし、全然地下感ないですよ、ココ。でも、変装道具とか用意して貰えるなら、こっそりと外で働きますから。家賃も入れたいですし」
ニコッと笑ってそう言うと、何故か青年は怒った顔でソファーに座る舞子の前に跪き、
「何でそんな事を言い出す?やはり、ここに居るのが嫌なんじゃないか」と、吐き捨てた。
「は?だ、だって、タダでお世話になるワケにはいかないでしょう?
この世界で暮らしていくだけの常識を身に付けるまで、ご迷惑でも置いて欲しいんです。
教えて戴きたい事も山程ありますし。だから、貴方のお仕事の時間に働いて、せめてお家賃だけでも」
青年は呆気に取られた様だ。そうして、目の下に朱が走る。
勘違いに気づいてくれた様だ。良かった。
舞子はコーヒーに似たテイストのそれをサイドテーブルに置いた。
「深水舞子です。舞子がファーストネームです。済みません、暫く御厄介になります。どうかよろしく」
手を出すと、少し躊躇う気配がして…だが、直ぐに力強い掌が彼女の手を包み込んだ。
「トール・レイクラスだ。あんたと同じくレイクラスがファーストネーム。…よろしくな」
どうしよう⁉︎若返りマジックが通用してないわ!この男性‼︎
そう言えば、既に若くなる前のアラフォーで砂漠の暑さで化粧がデロデロな処、ばっちりこのヒトに見られてたよ!
やっぱり迷惑なんじゃー?と思う程素っ気ない自己紹介だった…。
しかし、あたしはめげない。ストライクゾーンど真ん中のケモ耳美青年と一つ屋根の下で(地下だが)暮らせるなんて幸せの骨頂!それだけで胸が一杯で別腹にチョコしか入らないわ!
フサフサ胸毛が無いのは残念だけど、尻尾フッサフサ!触りたい!モフりたい事故を装ってもスライディングで滑り込んで抱きしめたいィ!
しかも、痩せて綺麗になれて若返る事まで出来たし。いつ還れるとも目処もつかないこの状況ならば、楽しむしか‼︎無いじゃないのよ!
そうだな最悪、酒でも飲ませてうっかり間違えさせて、ラブホで朝チュンして目覚めると横ですっぽんぽんのシクシク泣いてる知り合いの女が、『初めてだったのに(無理がある)…。責任取ってね』と言って強引に付き合わす、とゆー憧れのシチュエーションにむしろもつれ込んじゃえ!ごめん、最初に謝っておきます。(2秒)
「え、と?じゃあ、トールさん?」
「レイクでいい。あんたは…マイコでいいのか?」
そんな真っ黒な脳内煩悩決起大会の痕跡をを綺麗に隠して尋ねると、彼は頷いてそっと手を離すと向かいのソファーに腰を下ろした。
「見た処、『はぐれ』の意味すら分かっていない様だが、そちらはどの程度この状況を把握しているんだ?」
彼も一呼吸置いて、熱い飲み物をゆっくりと口に運ぶ。
「はい。まあ、こちらも大分大まかなんですが……」
あたしは自分の推測を口にした。
常識から世界観まで彼には教えて貰わなければならない。
頭がおかしな女だと思われるかも、とは思ったが、こういう質問が出る限り、彼は頭の回転は悪くない。
それにおそらく彼の言う『はぐれ』とは食い違いが出てきている筈だ。あたしの存在自体を変だと思っているだろう。
素直に真実を語って協力を得る事は難くないと思う。
そして思惑通り、彼は興味深げな頷いた。
【ふむ。確かにあんたが『同じ世界』の過去から来たのかは定かでは無いが、少なくとも似た世界から来たのは間違いない様だ】
彼はいきなり公用語から最初に話し掛けてくれた日本語でそう言った。
「最初はタカマガハラで多く見る容姿だったから、旧日本語で話し掛けたが普通に意味が通じたろう?少なくとも言語が離れる程遠い世界では無かった様だ。
文献やデータに拠る世界や国の成り立ちも、驚く程似通っている。過去に於いては多少の食い違いはあるだろうが、あんたの知識で充分通用すると思う」
すると、ざっくり言えばここは『未来』か。
「それなら俺達の姿は随分奇異に見えたろう?ざっとあんたがいた時代から二百年くらい後の核戦争に拠る弊害なんだが」
「核戦争⁉︎」
「そう。このシティの住人を見たろう。総じて獣相や虫相を持っているのをおかしく思わなかったか?核戦争でこの星の地軸がほんの少しズレた。だが、それだけで地上の様相は激変する。その上、放射能による遺伝子異常が多発し、人類生き残りを掛けた、科学者による生命増強策が強行された…それがあらゆる動物、昆虫や爬虫類との掛け合わせ」
は、爬虫類も!
「各国で健康で美しい、ほんの一握りの要人や資産家が『人』のままで生き残り、種の保存の為に保護された。彼らはヒューマンタイプ=ヒュータイプと呼ばれ、俺達の上に君臨した。
この世界がその結果だ。故に、保護されている現在のヒュータイプは白人種が殆どだ。
あんたの様な純粋な黄色人種は現在、確認されたいない。だから、あんたの話は信じられる」
うわあ、信じてもらえたのはそんな理由なの?大国アメリカやヨーロッパ勢の影はこんな処にまで及ぶか。あたしは眉根を摘んでグリグリとマッサージした。
「獣相、虫相を持つ市民総てにヒュータイプへの従属性を遺伝子レベルで刷り込ませてある。いずれ彼等が戦前の様に地上の王となる為に。特に忠誠の傾向が強いのが犬種だ。元々一番馴染みのある種族だった所為か、人への友愛と信頼が最も強い。ヒュータイプの住まいであり、行政府であるタワーにおいてはその番人だ。同時に彼等の親衛隊でもある」
「だから制服を待て、と言ったの?」
彼は此方を真っ直ぐ見て頷いた。
「まさか、支配階級になるのを嫌がるとは思わなかった。
…彼等は数が希少で同族間の連携が強く、またその種の保存の為にも同族でしか交わらない。
だからたとえ『はぐれ』と呼ばれる発見されていないシェルターの生き残りで、黄色人種であろうとも同種を厭う事は有り得ない。
なら、その方が幸せになれると、そう思った」
あたしは首を傾げた。
「そんなに少ないの?」
彼は苦笑する。
「このシティは多い方だ。兄妹で二人も居る」
あたしの飲み物のカップを回収すると、今度はお茶らしき物を差し出した。
マメな人だ。シェパードに似た尻尾がゆっくりと動く。
「貴方は犬種よね?レイク。親衛隊にはならなかったの?」
痛みにも似た光が彼の目を過ったが、直ぐにそれを消して彼は微笑む。
「ああ。俺は『野良』だよ。総ての犬種が親衛隊になれる訳でも無いし、数は少ないが俺の様になりたがらない者も居る。まあ、例外に近いが」
ええー。彼はヒュータイプ嫌いなのかしら…刷り込み意味無いじゃん!
こんなに綺麗で格好良いのに!あのエルモからこんなに面倒臭そうな存在のあたしを託された事といい、きっと有能に違いないのに。
『なりたくない』って…むう、もう老いらくの恋は前途多難なの?
「信じて貰えて嬉しいけど、それじゃ災難ね。あたしみたいなの抱え込んじゃって」
てへへ、と笑うと、彼は真顔で此方を見ている。
「…本気で言っているのか?」
あれ?違うの?
「だって、最初から関わりたくなさそうだったし…。迷惑なんでしょう?」
そうあたしが言うと、彼は眉を顰めて首を横に振った。
「あれはその方があんたにとっていいと思ったからだ。迷惑なのはそっちだと思うぞ。
なにせ、これから自分の世話は自分でやらなければならないんだからな。
靴一つとして誰も履かせてくれないぞ?」
どこのお姫様ですか、それは。
「お忘れかもしれませんが、あたしはこの世界のヒュータイプとは違うのよ?自分の世話くらい自分で出来ます。つか、靴くらい自分で履かないでどうすんの。有り得ないんですけど?」
ちっちっち、と指を振ると、彼は面白そうに笑った。どこか、不思議そうに。
「そうか、そうだな。悪かった」
「ですよ。あたしは最初に見捨てられた時はてっきり、若い子じゃなかったからかと」
憤然として投げやりにそう言うと、レイクは申し訳なさそうに謝った。
「そんなつもりじゃなかった。あんまりびっくりしてそんな事、考えもしなかった。
────悪かったな。でも、綺麗になった」
素直にそんな感想を言われ、あたしは顔が赤らむのを自覚した。
「…それは、エルモが……」
ムニャムニャと続けていると、いつの間に回り込んだのか、レイクが目の前で顔を覗き込んでいる。
「本当に綺麗だ。きっと皆があんたを欲しがる。マイコ、俺の処で本当にいいのか?」
よし、ここだ。目にぐっと目力を入れる。
「貴方が嫌で無ければ」
ぽん、と頭に手が置かれ、優しく撫でられる。あれ?ハズした?
「俺は約束を守る。マイコ、よろしく」
「……よろしくお願いしまーす」
何処か悲哀に満ちた自分の声が、他人事の様に空々しく耳に響いた。
感想や戴いた評価、嬉しくてにやにやしながら見ています。怪しいです。通報しないで下さい…。
8/19修正。ウチのあいぽんの予測変換がアホだ…orz