26.【閑話】フィメールの歌の価値
このお話はちょっと続編に連動しているんですが。ノー原稿で脳内構成のみで書いたらこうなりました。メルたん、ごめんね。ハムは素人みたいな5人以上のアイドルさん達に含む所は何もありません。ホントですよ?
26.
どんな小さな声もレイクが拾っていたから、あたしには疑問に思っている事があった。
そういや彼はあたしの鼻歌すらも心地良さげに聞いていたっけ。
それなら、ちょっとくらい試してみる価値、あるよね?
「思いっきり歌える様な場所、ですか?」
カインが驚いて目を見開いて、そう聞き返してくる。
「うん」
「─────因みに何方が歌われるのか伺っても?」
「あたしに決まってるじゃない」
「マイコ様が」
主におうむ返しをする僕は本当に驚いている様だ。
さもありなん。ふふん、とドヤ顔で胸を張るこの主以外に人前で進んで歌を披露しようなんて酔狂なヒュータイプは世界中何処にも居なかった。
歴史上でも有り得なかった。
「無いの?」
「ございます。─────しかし、フィメールが歌われるとなると、混乱は必定で」
「誰が全員に聞かせると言ったのよ。取り敢えず、ストレス発散に大きな声を出したいの」
「左様でございましたか」
明らかにホッとした声に、舞子は可笑しそうに笑った。
「何、動揺してんのカイン。あたしの声なんて聞き飽きているでしょう?」
すると、犬種の美青年は大きな溜息を吐いて、ゆるゆると首を振った。
「─────まだ、貴女様に置かれましては御自分の価値を理解なさっていらっしゃらないのですね?」
「……唯の、歌よ?職業歌手でもあるまいし。大袈裟な」
「…丁度、式典用の大聖堂がございます。お試しになられれば宜しいでしょう」
式典時以外に人が中に居ても、殆ど素通りしてしまう、という音響抜群の大ステージに上げられ、ティアラとイヤリングを渡された。
ティアラは脳内で起こされる曲をデジタル化して演奏用の端末に信号として送り、スピーカーでワイドアップする。
イヤリングは本人さえも忘れているその歌詞を情報として読み取り、カラオケの様に3Dで歌い手の目の前に浮かび上がらせるらしい。但し、あくまで本人の視覚に依る性質のものである故、実際に見る事の出来るのは彼女だけ、といった優れ物だ。所謂、カンペである。
「おお〜。…中々広いね…う、カイン、鍵まで掛けないでいいけど、軽く入り口は閉じといてくれる?」
「畏まりました─────まあ、確かに鍵は掛けない方が、逆に安全でしょう」
「?」
「暴動が起こる可能性がありますから」
何を言ってるんだ、この近衛は。
と、言った顔をして軽く彼の肩を叩くと、舞子はステージに上がった。
選曲を脳内で済ませて、ゲームの主題歌を思い出す。
アレなら、思い出せる。大丈夫、イケる。
ティアラを撫でて、イントロを流した。
ちょっとしたバラードだ。肩慣らしにはいい。
花を待って待ち望んで、貴方はあたしを呼んだのね
待っていた、呼んでいた、心から
その呼び掛けに応えたから、ここに居る
久遠の河を越えて、時の結び目を解き、
貴方に大輪の花を咲かせに、あたしここまで来たのよ
歌っていた、望んでいた、昔から
手を伸ばして、恋を知って、切なさに泣いて
貴方がそうあたしに求めた
『傍に居てくれるだけで力になる』と
その呼び掛けに応えたから、ここに居る
刹那の時を愛し、今のあたしを抱いて、
貴方に永久の恋を教えに、あたしここまで跳んだの
愛を持って持て余す程の貴方があたしを呼んだのだから
最後の一音の韻を踏んだ所で、目の前の異常に気が付いた。
だから、言ったでしょう────そんなカインの声が頭に響いた。
そこには陶然として、剰え滂沱の涙を流す獣種の皆さんが客席に溢れていた。
カンペに捕らわれて気付かなかったのか。
舞子は望む以上の『効果』に驚きを越して、軽く引いていた。
人種の声にはどれだけの魅了効果があるのか?
それが知りたかっただけだったのだが。
最初のイントロが流れた時に、耳慣れない、大聖堂に似つかわしくない、それでいて、流行りの曲とも曲調が違う。
「な…んだ?歌…か?これは」
そんな音に、外の、通りすがりの職員が気付いた。
妙に心惹かれるフレーズに思わず足を止め、扉に手を触れると、開けて直ぐに流れ出す音の奔流に存在ごと引き寄せられて、
黒髪のフィメールがそこで歌っていた。
「フィメール…。あ…あ、何という」
視界の隅に、同じ様に跪く同僚の姿が見える。
何という僥倖か。『彼女』の愛の歌を生で、こんなに近くで聴けるなんて──────
声の切なさに涙が流れる。感情にダイレクトに訴えてくる美しい声に、恋情が溢れた。
人魚の声に惹かれて沈む船乗りの様に。
セイレーン、と誰が呟く。
さもありなん。少なくとも溢れる感動に立っていられる者など誰一人、居なかったのだから。
───────と、言った有様で、カインに横抱きにされて裏から退場した舞子は、頭を抱えていた。
これでは確実なデータが取れない。
『あたしを見て』感動されても困るのだ、と。
そこで、
「いっちょ、録音ブースで歌撮り出来る?」
と、近衛に聞いてみた。
カインは澄ました顔で、
「先程の見事なバラードでしたら、このサウンドキューブに録音してありますが」
と、いけしゃあしゃあと言い放った。
「それ、どうする気だったのよ?」
ジト目で問いかければ、
「個人的に家宝にするつもりでしたが」
と、恭しく胸に手を置いて跪く美しい僕が、コレまたいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「……ま、まあ、目的は果たせるからいっか。コレ、何処かの番組で、覆面新人歌手の歌として捻じ込んで世間に流せるかな?」
「……一体、何を考えておいでで?」
「『声』のみの力が発揮されるのかを知りたい。君らが惹かれるのは知ってる。だけどそれは実像を伴うもの?それとも声だけでヒュータイプと判別しちゃうレベル?或いはそれのみにも単体の力があるの?」
「それは、今まで考えてみた事もございませんでした…。此度の実験の経緯を鑑みるに、お声のみでは貴きお血筋までは判別付かないようです。唯、獣種の心を虜にするにはそれだけで充分の様ですね」
そう言って、近衛の権限で公共の電波に乗せてくれる事を約束してくれた。
どういう伝手を使ったのか、公開生放送で使用する一曲に滑り込ませてくれた様で、その様子が3Dのホログラフィーとして、自室で見守るあたしの目の前で今や遅しと展開されていた。
「楽しみィ〜〜どれくらいフツーの人達に影響あるかな?」
「……僅かに私にも良心の呵責が」
人の悪い笑みを浮かべているであろう、ソファーで寛ぐ舞子の傍に、立って控える近衛の眉根は不機嫌に寄っている。
『さあ、始まりました。お昼のメディアアーカイブのお時間です。
司会はお馴染み貴方のイタチッ子、ヒデュア・マーズ。アシスタントは新進気鋭の若手アイドル、アーティア・メルたんです。
メルたーん、初登場おめでとう!ランチゴールデンタイムでレギュラーの気分はどう?』
『もう、サイッコーですッ!今日は特別に曲を紹介して貰えるってお話ですし‼︎ファンのみんな〜メルやったよう〜応援宜しくねぇー‼︎』
元気一杯のやり取りに、気高い筈のフィメールが『けっ!』と吐き捨てた。品が無い。
カインがこめかみを揉みながら、お茶の用意をする。
『ではでは、ユグドラシルでお仕事中の総ての人々に楽しい一時を過ごして戴く為に今週のベスト・テンを紹介していこう。
─────と、その前にメルたんの新曲ともう一人、謎の声だけ新人さんの歌をご紹介するね〜。まあ、お伝えする長さは僕のご機嫌具合に掛かっているけどねー』
イタチ獣人は戯けた風にウインクを飛ばした。
慌てた演技の猫種のメルたんが大袈裟に跪いて、自分の曲を長めに流してくれる様に頼んでいる。
うけけけけけ!
既に人種の主人は妖怪じみた声を発し、近衛の後悔を煽っている。
メルたんの新曲は、アレだ。
ちょっと昭和のテイストと、五人以上の素人寄せ集めの歌の雰囲気、満載☆だった。
フラワー!初めて会った日が恋の始まり
ブラボー!素敵な貴方と恋に落ちたの
手を触れて絡ませたら、二人抱き合う
ラブラブキャットランデブー☆
「死ねや」
端的な精神熟女の単的な感想に、最早額まで曲げた人差し指で揉むカインは言葉も無い。
どうやら、出来が良かったらエンディングに使う約束になっていたらしいが、イタチッコは苦笑いで手を叩くのみだった。
『では、ご機嫌なメルたんの新曲の後は、名前も秘密の、秘密の新人さんのバラードだよ。
─────────キュー!』
開始5秒、イタチの口が閉まらなかった。
20秒、合図も無いので曲が流れ続け、舞子の歌が番組を席巻した。メルたんがなんか焦っている。
短い、五分足らずの曲が異例にも最後まで流れきり、スタジオが静寂に包まれたのち、観覧していたギャラリーのスタンディングオベーションが始まった。
皆、立ちながら猛拍手で泣いていた。
「──────よし、満足」
結果に頷いている舞子はカインに尋ねる。
アレのオリジナルデータは手元に残っているか、と。
「勿論です。あの局に渡したのは3回流せばデータが消去されるタイプのキューブですから」
オリジナルはちゃんと、舞子に渡せと言われる事を見越してコピーまで取って保管してある。
舞子は微笑むと、
「じゃあ、アレ、カインにあげるからさ。いざという時に売りなよ」
いいお金になるんじゃない?と続けるフィメールにカインはぺたり、と床にへたり込んだ。
「─────私などに、本当に無償で、御身の歌を下さるのですか?」
「いいよう。あたしは結果が分かればそれで良いんだ」
欲しいなら取っといて〜〜引退したら、老後の資金に売ると良いよう、と宣う舞子に、泣き笑いのカインが首を横に振った。
「家宝にします」
キューブを握り込んだカインに今度は舞子が苦笑いして手を振る。
この時の二人は知らない。
決して売らない、と固く誓った筈の僕か凍った表情で、この家宝を追跡の為の資金にする事を。
いざという時は覆面歌手として金を稼ごうと画策していた舞子が、思わぬルートで己の歌が伝説級の普及を成した事に、全身を掻き毟る程の恥ずかしさを覚え、断念する事を。
有名歌手に依るカバーが巷に溢れかえるその時まで、舞子はホクホクと計画の成功を夢見てほくそ笑むのであった。
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次話から本編に戻ります。8/20修正。




