24.謎
最近、ちょっと体調が悪くて更新がまちまちになっております。
お誕生日なのにケーキを買ってくるのが面倒くて、白玉粉で梅ヶ枝餅を焼きました。
それを食べながらの打ち込みです。(笑)
24.
立ち込める湯気の中で、舞子は靴下を脱いでしゃがみ込む。
「‥誰からお聞きになりました?」
第一級の機密事項をさらりと口にされ、カインは眉を顰めた。
「毎日あたしの後を追って来た君に、分からんとは言わせんよ」
「───────メディカル・センターですか?…あり得ない…」
センターの中でも特別に設けられた一角は限られた者にのみが委ねられ、また携わっている。
これはメールの新たな個人的な研究の一環だと告げられ、厳しい箝口令が敷かれている筈だ。口外したのがバレたら、唯では済まない。
ケッケッケ、と笑う主人は若干妖怪じみていて、カインは暗闇に初めて感謝した。
「そんなモン、あたしが後ろから抱きついて、ニッコリ笑顔で下から見上げりゃあ、一発でゲロだ。
何とか一分でも長く『フィメール』を引き留めたい、気を惹きたいって一心で、何でもペロッと喋ってくれたぜぇ?」
悪魔ですか貴女は。内心、そう突っ込みながら、
「メールは以前より、ヒト遺伝子と出生関係には御関心を示しておいででした。この都市と世界の行く末を御心配召されて。採取も、比較的獣相の少ない我々のものが好ましいとの仰せでした。
ですが、些か他都市に御坐す貴い方々よりはその方面への傾倒がお強いとは申せ、この御時世には至極当たり前の事かと」
そう、僕が畏まって答えると、
「そうだな。在り来たりな事だよな?んじゃあ、何で箝口令なんざ敷いてる?」
バシャバシャ、と湯殿の表面を指で弾く。
「研究ならセンターにやらせりゃあいい。専門部署だ、信頼してんでしょ?あたしなら『こーゆー事考えてんだけど、どっかな?』って言うだけ。態々誰も入れない部屋なんか用意しない。ってか、中で秘密にしなきゃならない何、やってるワケ?」
「──────マイコ様」
「いや、あたしは大丈夫だろ。寧ろ、危ないのはカイン、君だ。ここまで言っててなんだけど、いざとなったらしらばっくれろ。…巻き込んで、ゴメン」
湯殿は高層にある為、本来は景観が良い様にガラス張りだ。暗闇なのは電源が落ちたのでシャッターで覆われていたから。それが徐々に開き出した。
復旧し始めたのだ。
明るい陽射しが差し込み、女神の名を冠した者をキラキラと照らし出していく。
「知ってた?他都市の人種と婚わせる予定もないのに、そこに毎月キャサリンの卵子が運ばれる事を。じゃあ、ヴィンス君の精子は何と結ばされているんだろうな?…なあ、幾ら何でも一例くらい成果があって然るべきじゃないの?」
眩しげに細められた目は厳しい追及の色を浮かべていた。
「その部屋が作られたのは約四年前だという。何らかの成果が出るには充分だ。さて、それは何処に行った?…ふふ、交渉材料に使えるかと思って調べ始めたんだが、ヴィンス君も馬鹿じゃなかったよ」
舞子はカインの逞しい胸にそっと額を当てた。
この気丈な人が微かに震えている。
「あたしにも卵子提供の申し出があった。下手に嗅ぎ回られるよりマシだというコトかな?…最悪、眠らされて帰って来れない。そして、そこには君は付いては来れない」
ドン、と身体が押された。白い指が浴室のドアを指した。
「あたしは殺されない。いいな?────追うなよ?」
笑顔で別れに似た言葉を紡ぐ舞子を、カインはその腕を引いて手繰り寄せる。
「怖いんでしょう。何をされるのかと。…こんなに震えて、なのに強がって」
黒髪を撫でて、手首を持ち上げると指先が定まらなかった。
「私は貴女様だけのものなのに、今更お傍を離れてどう生きて行け、と?」
震える指先を軽く含んで、甘く噛んだ。
「さっき、約束…した」
「ええ。私は貴女より先には決して死なない。けれど、貴女がそこに居なければ、私はどうしてそれを知る事が出来ると言うんです」
立ち込める湯気に逆上せる様に赤く染まっていく彼女は、唇を噛んで見上げた。
「ああ、馬鹿か⁉︎分かっているんだろう、あたしは卑怯者だッ‼︎」
「こんな言い方をすれば、私が貴女をお助けしようと命を賭けるのを、ですか?ええ、当たり前でしょう。レイクラスは此処に居ないのですよ?ですが、代わりにこのカイン・ヴァンクールがおりましょう?」
羞恥に顔を伏せる主をそっと撫ぜる。
何ともまあ人の良いヒュータイプであらせられるか。あの様な手段で人の魂を堕としておきながら、此処一番という時に幼子の様に迷うとは。
「存じ上げておりますとも。貴女様は打てる手は全て打っておこうとなさる御方だと。
そして、それを総て秘しておける程に悪人にはおなりになれない。そのお優しさ故に御自分を見捨てろ、と仰ったのも御本心。だが、それは心弱さに相手に選択させ、罪悪感を少しでもお減らしになりたい御心の現れでもありましょう」
胸元から取り出した一本のリボンで、舞子の髪を高い位置に纏め、するりとワンピースを脱がせると、それを持って浴室のドアに手を掛ける。
「──────ですが、それがどうかしましたか?」
手に持った主人の服に接吻するその仕草で、分かってしまった。
『ごゆっくり』と、まるで何事も無かった様に下がる彼の表情は。
『その甘えこそが嬉しいのですよ』そう、雄弁に物語っていた。
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8/20修正。




