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23.二人のフィメール

23.



「う、嘘よッ⁉︎お兄様はトールを私に下さるって仰ったもの!」


 その彼女の必死な様子を舞子は意地悪くせせら笑った。


「ああ、『お兄様』ね?虎の威を借る…ってヤツか。全く一々いけ好かない女だなアンタは。

 いいか?その偉い『お兄様』はあたしを餌にレイクを呼び寄せようとしてる。確かにアンタの為にね、キャシーちゃん。でも、未だ来てないよね?よっぽどイヤなんじゃない?馬鹿なに仕えんの」


 腰に手を当て、首を傾げて上体を馬鹿にした顔で突き出した黒髪のフィメールは嘲った。


「さ、言いつけに行きな。『えーん、お兄様ァマイコなんて追い出してェ』ってさ。

 そうすればあたしは万々歳だし?今まで通り、レイクと暮らすから心配いらないよ?」


 舞子は楯の青年ごと彼女をどんっ、とドアに向かって押した。


「嫌よッ‼︎行かないっ!─はい───貴女も出さないわッ、誰かそのコを止めてよ‼︎酷い、意地悪なコよ!懲らしめてやってッ‼︎」


 癇癪を起こして初めて近衛の腕の中で泣くキャサリンを困惑の体で見守る面々は、それでも主人の命にどう従ったものか迷った。


 これはどう見てもキャサリンに非がある。

 黒髪のフィメールは真っ当な事を言っているに過ぎず、また幾らヴィンスの中で妹の方にウエイトが掛かっていようが、ここまでタワーに執着の無いフィメールが万が一にも自分達の非礼によって出て行く羽目になってしまえば、メールの叱責程度で済むなら儲けもの。周囲と近隣都市の猛烈な非難を受ける事など火を見るよりも明らかだ。

 それ程気さくで可愛い、小さいフィメールの人気は高まっているのだ。

 自分達だって出来れば嫌われたく、ない。

 キャサリンの元では諂い、言いなりの彼等とて激戦のポジション争いに勝ち抜いてきた強者達だ。人種を敬うが故の奴隷根性であったし、確かにこうして殿上人に泣きついてこられれば、その感動もまたひとしおであった。


 だが、目の前に立つ白い炎の塊は、自分達が敢えて目を背け続けていたものを突き付けてくる。


 それが情けなくは無いのか、と。


 こちらの主人とは違い、背後に控える茶髪の近衛に一つも甘えた処を見せない。

 だから彼は自分達を牽制するに留めて、彼女の前には決して出て来ないのだ。

 それが、彼女の持つ『矜持』。

 ここまで格の違いを見せつけられては、元々の畑違いと自らを慰める事も出来ない。


 好かれたい。あの目に軽蔑されたくない。


 せめて部屋を出られぬよう、軽く貴い肩に触れるに止めよう。そう彼等が決めた、その時。



「全員、叩き出せッ‼︎」



 舞子の鋭い檄が飛んだ瞬間、カインと立ち位置が入れ替わる。

 のろのろと迷いに動きが鈍る者達など、元メール付き武官であるカインの敵では無い。

 フィメールの命令を待ち兼ねたかの如く、近衛は機敏にロッドを振るうと次々に同僚を部屋の外に放り出した。

 最後に残ったキャサリンに対しても、気を失い転がる軽めの『楯』を選んで、無理やり胸倉を掴んで起こし、近衛それ越しに押し出すという荒技に出た。


「お・お前、私にこんな事をして…」


 震えるキャサリンを前に跪きもせず、カインは今度こそ主の楯となる。


「私の主人はマイコ様でございます。どうか『賢く、賢明な』フィメールに置かれましては、速やかにお引き取り下さいますよう」


 言葉自体は柔らかだが、きっぱりと言い渡す声音には全く媚びや阿る色などが見られない。

 主従共に苛烈な視線を浴びせられ、キャサリンはおずおずと後退りした。

 彼女が漸く部屋を出た処でカインは素早くドアを閉め、しっかりとロックを掛ける。


「あれが典型的な支配階級のお姫様…か。……世も末だな」


 大きく溜息を吐き、肩を竦めると、舞子は別のリビングに移ってカウチに腰を下ろす。

 そこには先程までの、リュシオンの死を嘆く嫋やかで儚い姿は無い。


「まあ、執政は兄と執政官が携わっているようだし…。所謂象徴?的なモノとして教育したか。基本、子孫を残す上でも本人は住んでる都市を動かないから通い婚らしいしな…。なるほど、嫁ぐ習慣が無いから、そうした教育は一切しないか。産んでも犬種が育児もするんだろう。それにしても真っさら過ぎだろ。他都市のヒュータイプと妻わせるんだろ?上手くいきっこ無いわ。…ああそれで出生率低下…まあ、当然だな。あんなん量産されたら堪らんしな」


 ブツブツとそう呟くと、カウチに丸く収まった。

「やっぱ、出て行きてぇ〜…」

 だらしなく凭れる主人の居住まいを直そうと、櫛を手にしたカインはその小さな呟きを聞き逃さなかった。


「──────マイコ様」

「うおっ、何ッ⁉︎」


 気を抜き切った処に背後から声を掛けられ、ズッコケ掛けた舞子は僕の腕一本にしがみ付く。ひょい、とそのままカウチに戻された。


「逃がしませんよ、何処にも」

「…………」


 振り向かずともそっと優しく髪を梳いて結び直す近衛が、どんな顔をしているかが手に取るように分かる。脂汗が全身の毛穴から吹き出しそうだ。


「貴女様が何を企んでおられるか、この側仕えに分からぬとでもお思いか?」

「………肩のマッサージは優しくやっておクレヨ〜」


 たっぷり時間を止めたクセに、舞子は呑気な声を出す。

「ヤだなー、『企む』なんて人聞きの悪い。あたしはタワー見学に勤しんでいるだけで…」

「ここ連日のお部屋脱走が関連しているとは、私は一言も申し上げておりませんが?」


 語るにオチた。


「いや、チョット聞けよ。おかしくねぇ?あのヴィンス君て」

 慌てて仰け反ると、下からカインを見上げる。僕は苦し紛れの話題変換と思ったのか、不機嫌そのものの顔だ。

 それでも主の問い掛けを無視できず、渋々返答する。

「…メールの統治は理知的で、比較的穏やかだと評判ですが?」

「別に人格云々をとやかく言ってんじゃないって」

 身を起こした舞子はカインの袖を引っ張ると、耳元で何やら呟いた。

 一瞬、目を見張った彼は小さく頷いて腰のロッドを再び引き抜くと、壁の一角を壊し、この部屋の電気系統を黙らせた。辺りが暗闇に支配される。


「よし。今はこれでいい。カメラと盗聴器、後で調べといてくれ」

「御意」


 まるで闇の中でも目が見えるかの様に真っ直ぐ傍に来た彼に手を引かれ、念の為浴室まで移動する。


 …まあ、ここの安全はヴィンス君の良識に期待して。

「手短かにいくよ?何であいつは士官連中の精子・卵子まで管理してやがるんだ?」


.

キリよくしたので、チョット短めです。8/20修正。

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