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22/33

22.ストレスは骨頂に

結構間が空いてしまいました…。

お待ち戴いていた少数の皆様方には心からお詫び致します。

22,




 泣き顔をうつ伏せてごまかして、舞子は自分の背中を勢いよくバンバン叩いてマッサージの続きを促した。

 それに澄ました顔で近衛は素直に従う。

 内心はあのまま自分に奉仕の続きをさせてくれればいいのに、と黒い思いを抱きながら。


「ところでマイコ様。御身を囮に使われるのはもうおやめ下さい」

「……何のコトよ」

「士官食堂の一連のやり取りは私の為ですね?」


 ぎくり。一瞬だけ、身体が再び固まる。

 正直な身体だなぁ、と感心した。


「違いまス。部屋に閉篭もるのが退屈で、人の多い所でゴハン食べたい気分だったんデース。…後、皆と仲良くなりたかったしね」


 もそもそと小さな貴人は起きてきてお茶を啜る。

 カインは茶菓子の乗ったワゴンを用意していた。

「いえ、貴女は人の目にあまり留まりたくないのでしょう?本当はその前の脱走もおかしいんです。なのにその貴女がああも簡単に大勢の前に姿を現し、上手く私に絡んでいた者達を釣り上げた。出来過ぎですね」


 追求しながら、カインの目は何処までも優しげで嬉しそうだった。

 このフィメールは頭の回転がいい。怪我を見抜かれたのは不徳の致す処だが、彼女にこうした形で庇われ、護られるのはとても気分が良かった。

 彼は益々この主が誇らしい。


「決定的なのは最後の台詞です。私を蔑ろにすれば、貴女との繋ぎが取れないと思い込ませた。私の口からは漏れないものも、下手すれば誰かから密告されて貴女の勘気を買う。私への手出しは一切止むでしょう。──────お見事です」


 舞子はドンッ!とテーブルを叩くと、明後日の方向を向く。

「偶然と気の所為だッ‼︎」


 何処までもツンデレな主を宥めようとした、その時──────

 シュン‼︎とドアが開き、金の娘が近衛を数人従え、無断で部屋に入って来た。


「貴女がマイコ、ね。私はキャサリン・セイラム。そちらを保護して差し上げたヴィンス・セイラムの妹よ」


 居丈高なその物言いに、舞子は全ての表情を消すと完全無視を決め込んだ。

「カイン、鍵は掛けとけよー」

「はい。まさかフィメールの居室に、取り次ぎもなく押し込む者が居るとは夢にも思いませず」


 居心地の悪い顔をしている取り巻きを氷の様な視線で一瞥し、カップにお代わりを注ぐ下僕は、申し訳無さそうに頭を垂れる。


「聞こえないの?マイコ。幾ら待っても貴女が挨拶に来ないから、態々私が出向いてあげたのに。返事くらいしたらどうなの?」


 つかつかと歩み寄り、彼女の肩を掴もうとした華奢な手は同じく貴人の手によって勢いよく払われた。

 ピシリ、と小気味良い音が響く。


「何、するのよッ⁉︎」


 キャサリンは怒気を露わに叫び、ようよう舞子も立ち上がった。

 二人の相対するフィメールは何処から何処までも違っていた。並ぶと相違が目立ち、近衛の面々はつい、互いの主を見比べてしまう。


 キャサリンは欧米娘に有りがちな、良く育った白く豊満な身体を目にも鮮やかなブルーのドレスで包んでいた。だが、ソバカスの浮いた顔立ちは未だあどけなく、首から下を裏切っている。

 一方、滑らかな薄い肌色の舞子は『若い・痩せてる・小柄・雰囲気清楚』を最大限利用した白いワンピース姿だ。

 こちらは鏡の前でカインと相談し合って決めた服だけあって、男心をバッチリ掴むは計算尽く。白いカチューシャも黒髪に良く映えていた。


「誰が入室を許可したのかしら?ここはあたしの部屋だと思っていたのだけれど」


 不穏な空気を纏い、そう言い放つ主人の後ろにロッドを手にしたカインがそっと控えた。


「お兄様に助けて貰った『はぐれ』の分際で、偉そうにするのはよしてよッ‼︎」





 ぼんっ!───────舞子は足で側のダストボックスを蹴り上げた。




 ひっ、と思わず彼女は身を竦める。

 我が儘を通すのには慣れていても、兄にも滅多に叱責される事の無い彼女にとって、彼以外は自分の前にへつらい、膝をつく存在でしか有りえない。

 故に人の激しい勘気に触れるのは殆ど初めての体験であった。


 舞子といえば、逆にこの世界に来るまではそれなりに苦労した、酸いも甘いと噛み締めた大年増である。

 何のしがらみの無い、やっと自分を解放できると思っていたここでも勝手に負わされる様々なモノ、愛しい男と会えないストレス、逃げ出す為に巡らす性格に合わない小芝居。それら全てがマックスに限界を迎えていた。

 故に時には男達とも対等に渡り合ってきた彼女にとって、この礼儀知らずの小娘は我慢ならない存在だった。


「────偉そうにしているのは一体、どっちなの?小娘」


 軽く凄んで見せると、キャサリンを隠す様に二人の近衛が前に出て庇った。

「どうかお鎮まりを。この御方はか弱く、また他者よりの強い物言いにお慣れになってはおりませぬ」

「美しきフィメールにその様な険しいお顔は似合いませぬぞ。どうかここは一つ穏便に」

 他の数名が更に言い募った。



 ぶちん、と舞子の方から何かがキレた音がする。




  「下がれ、下郎ッ‼︎」




 今度投げられたのは、椅子だった。

 それは壁で凄い激突音を起こし、すっかり壊れた。軽めのそれをカインが選んで彼女に手渡している。


「あんた達が寄って集ってチヤホヤした結果がその我儘娘でしょーがッ⁉︎ええっ‼︎ちったあソレを恥ずかしいとは思わんのか?あ?この、─────ド阿呆共めが!」


 怒りの余り、舞子は自分の室内履きを脱ぎ、先頭の二名の頭に投げ付けた。ペンペン、と再び当たったそれが乾いた音を立てた。


「アッたまキタわー。久しぶりに怒髪、天を衝くわー。おう、そこをどけお前達!

 あたしはなあ、人の部屋に断りもなくズカズカ大勢・・で押し掛けておいて、礼儀云々を説く馬鹿娘なんぞに気を遣って下手に出なきゃならんくらいなら、喜んで!こんなトコ、出て行ったるわー‼︎」


 奇跡のフィメールの爆弾発言に、近衛の面々どころか当のキャサリンも顔面蒼白になって慌てた。

 きっと彼女は兄に保護され、周りに優しくされて『いい気』になっているだけだと思っていた。だが、当然兄の妹である自分の方が格上なのだし、余裕を見せて叱ってやれば直ぐに反省するだろうと考えた。

 まあ、素直に謝ってくる様なら仲良くしてあげてもいいと意気揚々と乗り込んで来たのに。

 マイコは謝るくらいなら出て行くという。


「ど、どうか、思い止まり下さいッ‼︎フィメール‼︎」「我らと主人の非礼なら、この私が伏してお詫び致します故にどうか、その段は平に、平にご容赦をっー‼︎」


 行く手を遮る犬種の若者に、身軽な舞子の回し蹴りが勢いよく炸裂する。

 不意打ちのそれに、どおっ、と倒れた。



「人の指図は受けん。どけ、と言っている」



 怒りのオーラを纏い低くそう言い放つと、蹴り倒された美々しい近衛が小さく『何と‥お、男前な』と、戦慄する。



 どうしよう。行かせたらお兄様に叱られてしまうかもしれない。



 あくまでそのレベルの発想ではあったが、キャサリンは生まれて初めて焦りというものを知った。彼女とて人種ヒュータイプ。同族が貴重なのは身に染みて識っている。


「な・何よッ、ヒュータイプがここを出て何処に行くっていうのよッ?」


 近衛の一人を盾にして、その後ろからキャサリンがそう叫ぶと、舞子は不敵に笑い出した。



「知らないのか?あたしはあんたが執心しているレイクの唯一人の主だ」

.

8/20修正。

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