21.二度めの初恋
な、難産…お待たせしました。
21.
目を閉じた黒髪の青年が手に一丁ずつ銃を下げ、自然体で構えている。
そこに僅かな空気を切る音がした。
青年は目も開かずに背後に迫る礫を撃ち落とした。
ビシ!ビシビシッ!ザザッ!ピュ、シュパンっ‼︎
それを皮切りに舞う様に身体を捻り、次々に飛来する全てのそれを地に落としてゆく。
撃ち尽くして銃を落とすといつの間にか握られた双剣が直に襲って来る相手を次々と切り裂いた。
「─────何処で何を嗅ぎ付けたか知らないが、主なら今、俺の傍には居ない」
漸く開いたブルーアイは静かな狂気に満ち溢れている。
「何処かで彼女を見初めたか?誰かが俺が邪魔だと思い、それで遣わされたか?俺はお前らに構う程暇では無いと言うのに、随分と鬱陶しい事だ」
それを聞く相手は大地の上に立ってはいない。
レイクは胸元から薄いカード型の端末を取り出し、死体を照合していった。
表層だけでは無く骨格まで透かして『読み取る』事の出来るそれに幾人かがヒットした。
「流石に全員が全員、骨まで削って顔を変えて来るワケじゃ無い様だねぇ」
死体の上に身軽に乗って、シルバドは微笑った。
つまりは、何割かはそうまでして来る手練れもいると言う事だ。
「俺の存在はヴィンスによって知らしめられている。捕らえてマイコ自身とその過去の情報を引き出したいんだろう」
「─────難儀だねぇ」
「そうだな。殺す気で来なければ、俺の身に刃も弾は掠りもしない。唯、有益な情報として屍を晒すだけだ」
淡々と処理を施す黒いシェパードは一見穏やかにすら見えた。
だが、シルバドには触れれば切れる程の闘気が目の前の男から立ち昇っているのが分かる。
「お嬢な〜今、【奇跡の女神】とか呼ばれて大勢の僕に額ずかれてんぞ?」
「──────」
「まさか、あのフレンドリーな嬢ちゃんがはぐれフィメールとはね。ホントかよ?お子様達すんごい触りまくっていたけどね?
どう見てもあの娘顔の筋肉一つ引き攣っている様には見えなかったし、笑顔も自然で作っている風も無かったし、何なのあのイヌゴロシ。関わった獣種と虫種がメロメロで総コロリなんですけど。
俺、野良犬街の各地区で3Dプリンター持って『モンタージュフィギュア作れ!』て追いかけて来る代表達躱すのしんどくなってきたんですけど」
ピッ!
「あぶ!やめてよ、弾丸爪で弾くの‼︎アタシの玉の肌が、おう今の…に、二発弾いてたの?レイクさんお洋服、小脇破けて表皮切れてるんですけどぉ!」
「黙れ、エセオカマ。舞子の姿を世間に晒した瞬間その命は無いと知れ」
「マジで?その場合、殺すの世間?お前?つか、ナニ今の。────お嬢の名前、ニュアンス違わんかった?それが真名なのか」
シルバドは台詞の前半と後半の間でチャラさを納めた。
レイクの方を見れば沈黙を守り、是とも否とも返さない。則ち、それが答えであった。
「知っていて、呼ばないのか?─────そうなんだな?タワーに出向かないのもその一環か?」
「行った所でいいとこキャサリン付きの近衛だ。俺はそんなものに成り下がる気は無い。
あくまで俺の主は一人だけ。この灼けつく様な焦燥感に煽られて、顔を見たさだけに出頭し、その辺の有象無象に成り下がる気は毛頭無い」
パチン、と音を立てて端末機を畳むと、スタスタと隠れ家に足を向けるレイクを指を咥えた白髪の青年が死体を避けながら追う。
「お前、タワー勤めのエリートを捕まえて有象無象て…。それになりたくて毎年、どれだけのワカモノが涙を飲んでいる事か。
野良の元期待の星としては何でも無い事なんでしょうが。いつか、背中からヤられるよ」
「─────俺がそんなヘマを踏むと?」
「お嬢をまんまとカッ拐われた」
「……二度と、あんな油断はしない」
建物の扉のノブに手を掛けた所で、室内がレイクの指紋を認証。メタリックな色彩に変化して中央にユグドラシル・セントラル・タワーの構造図が3D化して現れる。
「タワー技師をどうやって捕まえた?」
「企業秘密だ」
シルバドの掴んだ情報より、より正確なモノを青年は持っていた。
『大勢の僕』なぞ持っていたらこんなに心配していない。彼女のチョイスでは無いのが丸分かりだからだ。
それより寧ろその場合、長時間集団の中で注目される事に慣れていない彼女の精神状態に不安が募る。
だが、舞子の近衛は一人だけ。ヴィンス付きの武官、カイン・ヴァンクール。おそらく、ランダムな選択だろうが、彼女が選んだのだ。
舞う子供─────舞子。
娘の様な軽やかな彼女にはこれ以上無いくらい似合いの名前。
囚われず、飛翔する。この手の檻をするりと抜け出して貴女は自由になる。
あの性格を、気性を鑑みれば、この事態が《何らかの彼女の策》である事は分かっている。
大人しく救出を待つお姫様であってくれない事など、とっくに。
だが、だからと言って簡単に割り切れぬこの忸怩たる思い。
逃げるなら、捕らえよう。他を選ぶなら、それを一閃しよう。そう、心を決めた筈なのに。
あの時彼女があの男に揺れたのは自分の所為だと理解している。
それでも、貴女の瞳に映る【唯一】でありたいと望む己の何と醜いことか。
レイクはその美貌に新たなる影を落とし、ゆっくりと3Dのタワー設計図に重なっていった。
途端、物凄い情報量が脳内に流れ込み、眉間に痛みが走る。
「ば、お前!脳神経にダイレクトだと?」
慌てたシルバドが駆け寄るも予め施しておいたと見られるシールドに弾かれて近寄れない。
「五分が限度だ、馬鹿!早く出て来い‼︎」
それでもたっぷりと十分は経ってから出てくると、己の限界に達して崩れ落ちた。
「おい!レイク‼︎…息は、あるな。馬鹿めこんな所で果てたら彼女はどうする。こんな悶絶もんの手段を取って最短を謀る程恋しいか」
シールドの切れた装置を黙らせて、レイクを肩口に担ぎ上げると、やれやれとシルバドは笑う。
「自覚は無かろうが、お前の『二度めの』初恋が実る事を心から祈るよ」
意識が解けると同時に普通の室内に塗り替わる部屋のベッドに寝かせると、彼は隠れ家を後にした。
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