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20.証の接吻

20.



 深水ふかみ舞子まいこは長女である。


 元の世界には年の離れた姉妹が二人。

 一人は美人過ぎて厄介な男ばかり好きになり、独身街道突っ走り、

 一人は凡庸故に恋しい男と都会に出て、挙句その男と別れる仲介をしてくれた公務員とくっついた。


 舞子、はと言えば、妹達がその様に気ままに生きていたツケを払わされる様に、20歳の頃からずっと親から依存されて搾取されていた。

 彼女は必要とされる事に喜びを感じ、頼られる事を嬉しく思って歳を重ねていた。



【どうして】



 だが、少しずつ鬱憤は募っていく。

 とうとう付き合っていた男にまで『お前は一人で大丈夫』的な扱いをされた時、少し壊れ掛けた。

 その上、彼女に助けられた父親が三十路の娘に『お前はまだ結婚しないのか』と尋ね、母親が『今はいいけど、将来妹と二人でこのマンションのローンを払ってね』と言い放った時、今度は完璧に何処か壊れた。



【どうして、あたしだけ】



 麻痺だ。と、今なら思う。

 家を出たい。自由にしたい。むしろ誰かに、あたしこそが依存したい。

 一度でいい。甘やかされて、お前の為になら何でもしてみせる、と。跪かれてみたい。

 勝手な癖にこちらを羨む妹も、『幸せになれ」と言う同じ口で自分の結婚を疎む親も、勝手にこちらを姐さん扱いする男達にも、絶望していた。

 そうして二十代はあっという間に間違ったまま過ぎ去ってしまい、周囲の変化に望みはやがて諦めに移り、何にも感じない、と言い聞かせ、

 この歳まできてしまった。



【しあわせになってはイケナイノ?】



 あの──────事故で吹っ飛ばされた時、『これでこの生が終わる』と自分は何処か喜んではいなかったか?

 この世界に来た舞子は絶望的な状況にも拘らず、気が楽だった。

 死にそうな熱風の中、ホバーが映画の様に現れて、駆けてきた姿の良いレイクに何かが始まる予感がして、久しく動かなかった感情が、胸がときめいていた。

 

 あんなに美しいものを舞子は初めて見たのだ。



【あなたは】



 そして、その美しいものが自分を拒絶しないばかりか若く美しくなった自分を見て、そのままでも良かったのに、と、傍に居るのが自分でいいのか?と初めて逆に阿ってくれた。



【あたしがツヨクなくても】



 名前の如く舞い上がった感は否めない。

 年甲斐も無い、と分かってる。

 はしゃいでいた。だって、この世界には何の枷も無いのだ。

『頼りになるお姉ちゃん』でも『しっかり者の長女』でも無い。

 誰と恋をしても、誰も咎めない。

 誰かを庇護する為に自分を諦めないでいい。

 おずおずと自由に振る舞いだした舞子は、自分を何処までも肯定するこの世界に、レイクに、歓喜を覚えて己が解放されていくのを自覚していった。



【たとえ、ヨワくなっていても】



 だが、緩められる感情はやがて剥き出しになり、ちょっとの刺激で暴走する。

 泣いて笑って、此処でもこの存在に依存されるのか、と絶望した。

 それぐらいなら元の世界に戻りたい。だけど帰りたくとも帰れない、帰る術が無い。



【ヒツヨウとしてくれるの?】



 遅かった。もう、一度外した鎧は身を護ってはくれない。

 拒絶するには細やかに彼女を支えるレイクを舞子は愛し過ぎてしまった。

 自分の世界から切り離されてしまった一人ぼっちの舞子をレイクは「おはよう」「おやすみ」と繰り返し優しく包み込み、「どうした」「大丈夫だ」と彼女を支え、『何も出来なくても愛される』存在にすっかり塗り替えてしまった。


 心の中で叫ぶのは、ただ一つだけ。

 愛されたい、愛されたい、愛されたい。

 この心の『鎧』では無い自分を。

 大人で誰をも鷹揚に受け止める、そんな作り物の自分でない。

 過去に置いてけぼりを食らった『少女』の自分を。



【うけとめてほしいの】



 この世界に於いて下僕を受け入れられず、支配を許せぬ理由わけを漸く舞子は悟った。

 己の為に滅ぼした一人の犬種の命を持ってして。

 自分が、それでも醜くもこの世界で足掻いて生きていくのだと、理解してしまった。



 ────ああ、また…溢れる感情が抑えきれない。


「カイン。…カインは絶対に死んじゃダメだよ?」


 ─────自分が言おうと、そしてしようとしている事こそカインへの『裏切り』を孕んでいると言うのに。


「絶対、あたしより先に死なないで‼︎ねぇ、約束してよ。お願いだから」


 舞子の涙をカインはそっと指の腹で拭った。

 初めて自分に向かって懇願する彼女は、彼にとって目眩がする程愛しかった。

 恐らく、嘆き混乱する彼女は自分とリュシオンを重ねて、すっかり混同してしまっている。


 それでも彼は死んで二度と彼女にまみえず、自分こそがこの主を腕に抱いていた。


「では、証を下さい。約束と仰るなら、その証を」


 え?と、濡れた黒い瞳が見開いた。

 返事を待たずに接吻をした。初めは優しく。そして、頸に手を当てて顎を反らせると自然に唇が綻び、するりとカインの舌を受け入れてしまう。

 主人の腰が抜ける程、激しく淫らな技術は親衛隊以上の者であれば、誰もが習得するスキルの一つだ。

 勿論、交わりを持つ事などは決してあり得ないが、都市で人種ヒュータイプが一人のみというのも当たり前の昨今、望まれれば傍仕えはその満足の為に全てを捧げねばならない。

 だが、今、カインが舞子の脳を痺れさせて思考すら奪うのは、

 悩ましげな声を微笑みすら浮かべて愉しむのは、彼女の望みの果てでは無かった。


「ありがとうございます」

 唇が漸く離れると、指先まで赤くなった主は悔しそうにソファの端まで這って移動した。

 どうやら、腰が抜けたらしい。

 端っこまで行った彼女はクッション下に潜り込んで叫んだ。

「や、約束ッ!絶対、守んなさいよ─────ッ、カイン‼︎」

「御意のままに」


そう、貴女の恋しい男(レイクラス)さえも贄にして私が【唯一人】に成り代わる為にも。


.

8/20修正。

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