2.魅惑の若返り
本日2回目の投稿です。暫くは読み応えを増す為に連続で投稿する事になるかと思います。よろしくお願いします。
2.
彼女は明るい街の中を最早歩いてはいない。
小走りに人混みを駆け抜け、必ずと言ってもいい程、すれ違った『人々』に振り返られ、目を見張られる。
だが、その反応にそうしている訳では無かった。
『人々』────そう表現していいのなら。
出会った彼が知りうる限りの『人』に近かった為、特異さはその辺りに留まるのだろうとの予測が全くのハズレで。
むしろ彼の方が希少種に属するらしい。
猫の細長い瞳。昆虫の頭部と触角を持つ者。爬虫類の皮膚がテラリと街灯に光る。
指を指され、彼女の後を追う者すら居た。いや、その数が次第に増してくる。
『貴女は直ぐある連中に保護される。同じ制服を纏っている筈だから、見間違える事は無いだろう。だから、あまり動かない方がいい』
彼の言葉が耳に蘇る。
───────無理だああぁっー‼︎
何で三十代後半になってまで、こう走らねばならんのか。
つぅか、怖いから!怖いから追って来んなよっ!
その腕が突然『ぱしっ‼︎』と、捕らわれる。
柔らかく毛むくじゃらなソレに、彼女は『ぎィやああァァァあぁ!』と叫んだ。
「待て、まてまてまてってば」
半狂乱になった彼女をマフッとした手で掴んでいたのは、なんと不思議の国のアリスにでも出てきそうな等身大の兎だった。
「な・な・な・なっ、ウサギぃー!」
「ウサギ言うな!俺はエルモ。そこで店も営業してる立派な二級市民だ」
引き摺る様に後ろ手を引っ張る彼に振り向く。もう動けない程の人だかりが出来ていて彼女は引きつった。
「驚いたな、何でこんなトコにヒュータイプが居るんだ?あんた、まさかまさかのはぐれなのか?」
ぱふぱふ、ふさふさした手で叩かれていた彼女はぷん、とそっぽを向いた。
「あたしは『はぐれ』なんて名前じゃないわよ、深水舞子、マイコよ」
精一杯虚勢を張ってそう言うと、ウサギは『フカミ・マイコ』と首を傾げながら、モゴモゴと言った。
「ファミリーネームが先なのか…都市タカマガハラの様な名乗りだな…あいつと同じか。
それで?フカミ・マイコはこんな所でどうしたんだ?お忍びなのか?御付きの者はどうしたんだ?」
御付き〜何の事だよ〜。
舞子は唇を尖らせた。
そんな身分に見えんだろうがヨォ、どう見ても。
「唯の舞子で結構よ。御付きって何さ?何で皆、あたしに付いて来んのよ⁉︎」
エルモは目を見張って、次に徐に深く嘆息した。
「間違いなく、はぐれだな。しかし、そんな存在がホントに居たとはな…。しかも俺がお目に掛かるなんぞ、百万に一つも怪しい可能性だぜ。…まあ、それでも」
彼は赤い円らな瞳を巡らせて舞子の全身をチェックする。
「な・何よ……」
その見掛けにそぐわぬ鋭い視線に、思わず二・三歩後退る。
「あんた、俺ン店で若返り、受けねぇか?」
「は?」
ポン、と肩を叩かれ、拳を握って熱くそう言うウサギに、舞子の目がテンになる。
「無論、お代なんか要らねぇ!肌なんかピッカピカになるしよ。
俺の腕はタワーのメディカルセンターなんぞよりよっぽど確かだぜ?保証する!
身体上の多少の問題点だって、あんたが望むなら多少の融通は利く。ああ、心配しなくていい。俺は遺伝子異常なんざ、一遍も起こした事はねぇし、これからも起こす事は絶対無い。つまり、安全確実。
────つぅか、頼む!やらせてくれェ〜完全体の若返りィ〜誠心誠意、真心込めてやっからよぉ」
若返り─────舞子の心がグラグラ音を立てて揺れた。
「う…知らんウサギに自分の身体なんか任せられないでしょう」
辛うじて理性が勝った。
「俺の店にはクレームなんか来ねえ!何ならあんたの身体に莫大な保険掛けたっていい。永久保証も付けたるし、年一でメンテナンスも俺自らやる‼︎」
う。舞子の心に今度は震度7の直下型地震が見舞った。
「あ、あたし文無しだも。そんなにオプション付けられても、追加料金なんて何も払えないもの」
「だから、金なんざ要らねえって!」
眉根を寄せて苦悩する舞子を見てもう一押しと見たか、ウサギは鼓舞する様に自分の胸をドン!と叩いた。
「俺はなァ〜」
そして柔らかな手の甲で、舞子の肩、腰、脚を連続で軽く叩く。
「若くてピッカピカの完全体のヒュータイプを生で見てぇだけなんだよォ〜」
舞子の裏拳がエルモの腹を見舞った。
「若くなくて悪かったわねェ〜〜!」
カッ飛んだエルモを周りの人垣が見事にキャッチし、きっちり押し返した。
「やんなよ、はぐれのヒュータイプさん」
「そうだよ、あたしらだって見たいよ。完全体なんてモニター越しにしかお目に掛かった事無いしさ」
「大丈夫。形は頼りないけど、コイツの腕は確かだぜ。見掛けがこうでなきゃ、間違いなくタワーのお抱えになってた筈だからな。俺らが保証してやるぜ?」
「今も充分綺麗だけど、若さ溢れるアンタは物凄くイイ感じだろうな〜」
と、お世辞まで飛び交う始末で、どうにも『やりません』と言える雰囲気では無くなってきた。
「どっちかつーと職人肌だからアンタを騙そうなんて出来るヤツじゃねぇしな」
周囲がドッと涌く。
「俺はそんな事はしねぇ‼︎」
エルモは舞子の手を押し抱いた。真剣な目で見上げてくる。
「文無し、って言ってたな」
「言ったよ」
即答した。明日の寝場所にも困る有様なのだから。
「んじゃ、礼金を払う。あんたはキレイになったら、3D映写機の前で広告を撮らせてくれりゃいい。どうだ?これなら、俺も責任持ってやるって理解出来るだろうが。
なんせ、俺の店の看板にするんだからな?」
徒や疎かに出来ないと言っているワケだ。舞子も今度は思案を巡らせる。
「やんなよ、何ならヘタ打たれないよう、アタシが付き添ってやるから」
ライオンヘアの美女がシナを作りながらウインクした。
「おカマには立ち合わせられねぇよ」
エルモが毒づいた。なによぉ、と美女が野太い声で詰め寄った。
そういや、ライオンってタテガミがあるのはオスだけだ。
不穏な空気を読み取って、舞子は手を上げた。
「はいはいはいはいっ!あたし、やります!」
にこっ、と笑うとエルモの手をきゅっ、と握り、赤くなった彼に彼女は……
「礼金の件、よろしくね?」
現実の異世界放浪者の現実は厳しいのだ。
早速感想戴きました〜〜読んで下さりありがとうございます!
8/28修正