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18.世界における『はぐれ』の立ち位置

18.



 情報は光の速さで瞬く間に何処までも広まっていった。

 新しいフィメールは世にも珍しい『はぐれ』と呼ばれる、前世紀の生き残りであらせられ、ふわふわ黒髪の神秘的なアジア系。

 そして、身体はお小さく、何と獣種・虫種に対しても心からお優しい。

 しかし逆に同族は好まれず、先のフィメールとは湯殿も住まいも異なるフロアにする様に申し付けられた、と。

 少なからず新しい同胞に興味を寄せていたキャサリンは、その噂を耳にして眉を顰めたが、当然新参者の彼女がその内挨拶に来るものと信じていたので、殊更文句を言いに出向く事は無かった。

 それを幸いに勿論、舞子は徹底的に彼女を避けた。以後、両者の亀裂は決定的なものとなる。


 都市ユグドラシルはヒュータイプを三人も抱く初めての都市。

 誰もがそう信じ、それを心から誇りに思った。

 実際、犬種による協議院のみで統治されている都市すら存在する、冬の時代。

 この奇跡は世界に遍く伝わり、各都市は躍起になって未確認地域の探索に乗り出した。

 その上でセントラルには公式・非公式に打診が絶えない。

『三人目のフィメール』を自らの都市に賜われないだろうか、と。

 当然、この要請は即座にヴィンスと犬種の各長官によって突っぱねられた。

 すると、今度は見合い写真が腰まで堆く積み上がる。降る様な縁談と、どの様な不利な条件でも飲む代わりに、何とか彼女の尊い卵子だけでも譲って貰えないだろうか、などという非常識で非公式な申し出すら行われる始末だ。


 現在、各都市の象徴であり、支配者である人種ヒュータイプは年々数を減少させ、遺伝子強化にどの都市のタワーも専門の部署を構えた。

 だが、先の大戦によって獣種や虫種と違い、手を一切加えぬそれは種族的にかなりな打撃を被っており、存続は長く暗礁に乗り上げていた。

 当然彼らの中には性欲の減退した者も多く、益々自然分娩が難しくなりつつある折、体外受精により次代を繋ぐ都市も少なくは無かったのだ。

 よって、卵子提供の不躾な申し出もそう想定外な事態では無かった。だが、それは必ずしも実を結ぶ方法では無く、やはり先細りな策である事は否めない。


 そんな情勢の中、『舞子』は世界の厳しい環境から切り離されて生きてきた、と信じられている故にその健やかな身体と遺伝子にかなりの期待を寄せられている。

 そういった意味でも彼女は既に伝説のフィメールとして世に名を馳せつつあったのだ。


 過去、彼女が忽然と下町に姿を現した時に居合わせた者達は、それを自らの僥倖と信じ、立派な尾鰭を付けて吹聴した。

 その奇跡の存在が動いて踊るエルモの店先には、以前から常に獣種や虫種の子供達が憧れを抱いて毎日押し掛けていたのだが、噂を聞き付けて来た他の地域・都市からの客が店に殺到し、連日長蛇の列が出来た結果、彼等の細やかな楽しみは永久に失われた。


 奇跡のフィメールは一枚の写真さえ許さず、未だブロマイドすら出回っていない。


 拠ってエルモは通常客の他に、絶え間なく訪れる映像への売却希望の客の対応にまで追われる羽目になった。

 闇のマーケットに出回れば、驚く程高値で取引されるであろう彼女の3Dムービー。

 とうとうソレは盗難にまで発展しそうになり、店主は翌日店を休む際にブラックボックスに封印して何処かに持って行ってしまう。

 そしてこの先、『箱』の行方は専ら無口になってしまった店主の口から語られる事は決して無かった。



 さて、一方。そんな世界の奇跡はといえば──────



「まさか…今日もお見えになるなんて事は、無いよな……?」

「有り得ねーよ、絶対…」

「ででででも、俺、カンテビラ通りの【ミュー】からお薦めケーキ買ってきちゃったぞ」


 タワーの防衛庁に属するモニタールーム。今週の日勤勤務である五人は朝からそわそわしていた。

 視線は気が付くと扉に注がれていて、全く仕事に身が入っていない。


「昨日は幸せ骨頂だったよな……」「まあ奇跡とかそうそう続くもんじゃねぇよ」「つか、続いたら奇跡じゃねえだろ…」

 口々に諦め掛けた、その時───────





  ばんッ‼︎





「匿ってェ────────ッ‼︎」

 その『奇跡』転がらんばかりに飛び込んで来た。


「「「「「はイぃ──────ッ‼︎」」」」」

 椅子から跳び落ち、裏返った声で唱和した彼等を押し退け、黒髪の貴人はデスクの下にいそいそと潜り込んだ。

 ほぼ同時に再びドアが開き、すらりとした近衛服に身を包んだ美青年が入って来る。

「職務中済まない。今、此方にフィメールが

 御出でにならなかっただろうか?」

 全員、ブルブルと首を横に振る。

 茶髪の青年はその澄んだ緑の瞳で辺りを鋭く一瞥すると、「そうか、失礼した」と、出て行った。

 だが、それを確認して駆け寄ろうとした全員は、しゃがんだままの彼女に牽制される。可愛い唇に指を当て、次に彼女は扉をちょいと指し示した。


 どうやって安全装置を黙らせたのか、爪先分程の隙間が出来ている。


「…あー吃驚したなー。まあそうそう毎日イイコトなんて起きないよナー」「アリエナイヨー」

 必死に気を利かせた彼等のアドリブにより、やがて扉はきちんと閉まった。

 それでもきっちり五十数えて、外見少女はよいしょ、と姿を現わす。

「ありがとー‼︎日々カインの監視が厳しくなっててねー。脱走も一苦労だよー」

 満面の笑みを浮かべた彼女にうっとりと見惚れていた面々は、慌ててふかふかの毛皮(やはり昨日の内に全員カンパで購入)を敷いた椅子を勧め、跪いた。

「フィメール、喉は渇いていらっしゃいませんか?」と、用意していたティーワゴンを回して来る者、「都市ユグドラシルで一番美味しいと評判の店なんですよ。ここのケーキ」と、いそいそと職務を放棄する者。五人の全てが天より高く舞い上がっていた。

 この下にも置かぬ扱いの中、娘は子鹿の様な黒い瞳をくるくると巡らせ、可愛らしく小首を傾げる。


「イヤァ、か・可愛いイィー‼︎」「しヌぅ!…つか俺今、この可愛さに撃たれて死んでも悔い無しィー⁉︎」

 コンソールや床の上で指先まで赤く染まり悶絶して更に赤いものを吹く面々に、舞子は内心でニヤリだ。

 全員がその中身が大年増だという事を忘れている。いや、たとえ覚えていたとしても大した違いは無かったろうが、小娘のフリも結構イケると実験台にされている事は気取られていない様だった。そして、部屋の中を昨日と同じく、物珍しげにぐるりと見回した計算娘は何かに気づいて立ち上がり、目に留まったデスクに飾られたその写真立てを手に取った。


「あっ、そ・それはっ‼︎」


 持ち主の顔色が蒼白になった『ソレ』は、金髪娘が澄まして写っているブロマイドだ。

 一瞬にして舞子の豊かな表情が抜け落ち、次に手を伸ばしたまま固まる彼を不機嫌そうに一瞥した。

 凍りつく雰囲気の中、憧れたフィメールはくるりと椅子ごとターンすると、背後に居たソバカスが浮いた童顔の青年に歩み寄った。

 そして、ぽんっ、とケーキとフォークを持たせると、あ〜ん、と口を開けて彼にねだる。


「え⁉︎あっ、ああっ─────は、はいッ‼︎」


 まむっ、と差し出された甘い欠片を含んだ、そのピンクの唇に白いクリームが付いた。それをペロッと舌で舐め取ると、舞子は彼ににっこりと微笑む。


「はうっ‼︎」

 あまりの幸せに彼はフォークを持ったまま、受け身も取れずに倒れた。

「わあああああっ、心底おれの馬鹿ァ‼︎」「「「まったくだァッ‼︎」」」

 キャサリンのブロマイドの持ち主が泣きながら床を叩くと、ぴくぴくと痙攣けいれんして倒れたままの青年を除く全員が、そう唱和して彼を殴る蹴るの大騒ぎになった。

 すると、そのリンチが佳境を迎えるとほぼ同時にドアが再び開き、たった一人きりの舞子付きであるカインが飛び込んで来る。

 主はもぐもぐと、乱闘の横でケーキを貪っている最中だった。


「また、お部屋を抜け出されましたね?」

 殺気を抑えた低い声で、指に付いたクリームを舐める主人を窘めると、

「いや、もお君もよくやるよね?あれフェイント?」

 クスクスと笑いながら、宣言通りに彼を振り回す毎日を送る舞子は、近衛の前に回り込むと小首を傾げ、左手で彼の袖を軽く引いてみせる。

「そんなに可愛くして見せても無駄ですよ、マイコ様。私には貴女が可愛いのなんて当たり前なんですから」

「へぇ、そうなんだ?」

 どう聞いても恋人同士の惚気にしか聞こえない会話だが、カインは真面目そのもので口にしている内容も自分で分かっているのかどうかも怪しい。

 奇跡のフィメールは苦笑しながら、困惑する僕の腕を引いて、更に何処かへと向かう。


.



ぶ、ブックマークが減っていませんでした…。

良かった…。皆様方の広い御心のおかげでハムの心が折れずに済みました。ありがとうございます。

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